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天下の険、箱根で緊迫の序盤戦始まる 竜王戦七番勝負第5局▲羽生善治九段-△豊島将之竜王

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月5日9時。神奈川県箱根町・ホテル花月園において第33期竜王戦七番勝負第5局▲羽生善治九段(50歳)-△豊島将之竜王(30歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 前日のインタビューで、両対局者は次のように語っていました。

豊島竜王「4局戦って、2局目はけっこう一方的に負けてしまったりとかもありましたけど、全体で見たらまずまずの将棋で、ここまで来れているのかな、というふうに思います。王将戦のプレーオフ(永瀬拓矢王座戦)で負けてしまって、そのあとはちょっと時間があったので、本局に向けて取り組んでいました。体調は、対局が続いていますけど、わりといいコンディションで来れているかなとは思います。(第4局対局場の)指宿から大阪に戻って、だいぶ気温の差は感じて。ちょっと体調は、そういうのは気をつけないといけないのかな、と思ってました。(第5局は)変わらず、自分なりにせいいっぱい指していけたらと思います」

羽生九段「(ここまで)一局一局、自分なりには一生懸命やってきたつもりではありますが、残念ながら結果は出てないという状況だと思っています。(第4局から第5局まで)その間に対局はなかったので、調整して、この対局に向けて準備してきたというところです。(豊島竜王とは)2日制でのタイトル戦は今回が初めてだったので、読みの深さと言いますか、あと、安定感みたいなものは、一局一局対局をしながら、ひしひしと感じているというところです。(体調不良による延期のあと)対局そのもの(第4局)はそこで一局負けてしまいましたけど、他の棋戦とかもあったので、これ以上皆さんに迷惑をかけたくないという気持ちはありましたし。そこでやっぱり、将棋をきちんと指していくっていうことが、何よりも大事なことなんだなあ、っていうことは非常に痛感しました。(1勝3敗でカド番に追い込まれたが)スコアのことは気にせずに、目の前の一局といいますか、一手一手を大切に、向かっていけたらいいなと思っています。明日からの対局は私の方が先手番ということもあるので、積極的に主導権を取れるように、がんばっていきたいなと思っています」

 羽生九段は「カド番」に追い込まれて、もうあとがありません。

 将棋界で数々の輝かしい記録を残してきた羽生九段であっても、七番勝負で1勝3敗から逆転したことはありません。

 ただし大山康晴15世名人、米長邦雄永世棋聖、中原誠16世名人はキャリア後半に、歳下の若き強者を相手に、その偉業を達成しています。

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 羽生九段もその列につらなる可能性は、十分にあるでしょう。

 本局がおこなわれるのは箱根のホテル花月園。https://hotel.kagetsuen.net/将棋タイトル戦における「定宿」の一つです。前期王将戦七番勝負第4局も花月園での対局でした。

 8時49分頃、まずは挑戦者の羽生九段が対局室に姿を見せます。そして入口側の下座にすわりました。ゆったりと眼鏡をかけてる羽生九段。マスクの上に眼鏡が乗っているように見えます。

 続いて8時53分頃、豊島竜王が現れ、上座にすわります。

 立会人は中村修九段。

「ええ、それでは定刻となりましたので、羽生九段の先手番でお願いします」

 定刻9時に中村九段がそう告げて、両者「お願いします」と一礼。対局が始まりました。

 羽生九段は矢倉の作戦を取りました。

 対して豊島竜王は10手目、手早く攻めの桂を三段目に跳ね出します。第1局同様、いつでも速攻に出られる姿勢です。

 第1局は両者ともに妥協せず大決戦となり、竜王戦七番勝負史上最短手数の52手で終わりました。

 ただし本局、先に手を変えたのは、第1局勝者の豊島竜王でした。

 将棋の2日制のタイトル戦は、1日目午前は駒組段階で、比較的穏やかに過ぎることが多い。

 囲碁の藤沢秀行名誉棋聖は著書(1993年刊『碁打秀行』)に次にように記しています。

将棋好きの人なら、タイトル戦の衛星中継で、羽生善治君(現四冠王)が何度も大きな欠伸(あくび)をするところを見ているに違いない。脳味噌のエンジンが全開するには、やはり相当に時間がかかる。だから午前中くらいは、欠伸もすれば伸びもする。

出典:藤沢秀行『碁打秀行』

 しかしもちろん本局のように、午前中から緊迫感の漂う展開となることもあります。

 27手目。羽生九段は3筋から動いていきました。両手をついて、盤をにらんで前傾姿勢。早くも「エンジン全開」なのかもしれません。

 ところで秀行先生の本には、箱根での囲碁の2日制の対局について、次のようなエピソードも記されています。

打ち掛け(1日目の終わり)の局面では、はっきり私が優勢だった。好調なときは、勝ちを見極めるのも早い。不謹慎な話だが、このぶんなら、あしたは(小田原)競輪にいけそうだなと思った。(中略、軍資金を持ってきてもらおうと東京の競輪仲間に電話かけたところ)すでに小田原入りしている芹澤博文君(引用者注:将棋九段)から電話がかかってきた。「どうです、あしたは最終レースくらいには間に合いそうですか」というから、「向こうが投げるのを待つだけだ。1レースはむりだろうけれど、2レースには間に合うかもしれない」 いい気なものだが、じっさい、碁はそのとおりになった。2日目にはいって、相手はあっさり投了した。局後の検討をすませて駆けつけたら、予定通り2レースに間に合った。

出典:藤沢秀行『碁打秀行』

 以上は古い時代の、無頼で豪快な棋士たちのエピソードの一つでしょう。時代は移り変わり、現代の羽生九段や豊島竜王などは、そうした話とは無縁です。

 時刻は11時を過ぎました。現在は豊島竜王が32手目を考えています。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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