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藤井聡太現二冠、銀河戦決勝トーナメントで増田康宏六段、永瀬拓矢現王座を連破してベスト4進出

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 第28期銀河戦は現在、決勝トーナメントが放映されています。注目の藤井聡太現二冠は1回戦で増田康宏六段、2回戦で永瀬拓矢現王座に勝利。ベスト4に進出しました。

 準決勝の藤井二冠-木村一基九段戦は12月10日に放映されます。

1回戦、藤井棋聖-増田六段戦

 1回戦▲藤井棋聖-△増田六段は8月15日に収録、10月27日に放映されました。棋譜は公式ページで公開されています。

 藤井棋聖はCブロックの勝ち残り者です。

 一方の増田六段はGブロック最多連勝者(3連勝)です。

 収録されたのは夏の暑いさかり。藤井棋聖は半袖シャツ姿でした。

 藤井棋聖はこの対局まで、年度成績20勝3敗。コロナ禍で対局が中断され、6月に再開されてからはおそろしい勢いで勝ちまくり、ついに棋聖のタイトルを獲得しました。

 そして本局の次の対局となった王位戦七番勝負第4局にも勝ち、王位のタイトルまでも得ています。

 一方の増田六段はここまで9勝4敗。両者ともに高勝率です。

 藤井棋聖は2002年生まれで18歳。増田六段は1997年生まれで22歳(11月の誕生日を迎えて23歳)。どちらも非常に若い棋士です。

 両者のここまでの対戦成績は藤井2勝、増田1勝。2017年、藤井四段が将棋史上最高の29連勝を達成したときの相手が増田四段でした。(肩書はいずれも当時)

 本局は振り駒の結果、先手は藤井棋聖の先手。戦型は矢倉となりました。

 現代の矢倉は序盤の早い段階から駆け引きが始まります。かつては玉の堅さが重視されましたが、現代将棋界のトレンドはバランス重視。互いに整然と金銀3枚の矢倉囲いに玉が収まる、という進展は少なくなりました。

 進んで藤井陣は「土居矢倉」とよく呼ばれる形になります。これもやはりバランスを重視した構えです。

 戦端が開かれたあとは、矢倉らしく盤面全体で駒がぶつかります。矢倉は盤上ほぼすべての駒を使ってのぶつかり合いとなるため、実力が反映されやすいとも言われています。

 熱のこもった中盤戦を経て、終盤で優位に立っていたのは増田六段でした。増田玉は中段四段目まで引っ張り出されたものの、藤井二冠からの攻めをしのげば確実な反撃が見込まれ、そのまま勝ちになりそうです。

屋敷「とりあえず香車を打っときたいですね」

 98手目を前にして、解説の屋敷伸之九段はすぐにそう指摘しました。それがプロの第一感なのでしょう。自玉をケアしながら4筋に香を打てば、受けにも攻めにも利いています。

 増田六段は残りわずかな時間を割いて考えたあと、あえてその香を打ちませんでした。そして藤井陣一段目に飛車を打ち込みます。選択したのは攻防の香ではなく、攻防の飛車でした。

屋敷「へえー、強い受けですね、これは・・・。かなり攻め立てられるんですけど、大丈夫と見たんですね」

 結果的には、形勢はここで入れ替わったようです。藤井棋聖はいつも通り、わずかに時間を残していました。それをここで使って考えます。そして増田玉を下段に落としていきました。

 一手でも誤ればまた逆転という最終盤。藤井棋聖は間違えず、着実に寄せていきます。総手数は121手。鮮やかに増田玉を即詰みに討ち取ったところで終局となりました。

 勝った藤井棋聖は2回戦進出決定。

 両者の通算対戦成績は、これで藤井3勝、増田1勝となりました。

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 両者は第3回AbemaTVトーナメント(棋士3人ずつの団体戦)で永瀬拓矢二冠(当時)率いるチーム「バナナ」のチームメイト同士でした。銀河戦1回戦収録から1週間後、バナナは圧倒的な強さを見せて優勝を達成しています。

 奇しくも銀河戦2回戦では、永瀬-藤井戦が実現することになりました。

2回戦、藤井二冠-永瀬二冠戦

 ▲藤井聡太二冠(王位・棋聖)-△永瀬拓矢二冠(叡王・王座)戦は9月15日に収録。11月24日に放映されました。棋譜は公式ページで公開されています。

 藤井二冠は棋聖に次いで8月、王位も獲得。二冠同士の戦いとなりました。

 永瀬二冠はFブロック最終勝ち残り者。決勝トーナメント1回戦では松尾歩八段に勝っています。

 渡辺明名人、豊島将之竜王、藤井二冠と並んで現棋界「四強」の一角に数えられる永瀬二冠。勝ち続ける棋士の宿命ではありますが、今年度は過酷なまでのハードスケジュールが続いています。

 本局収録時、永瀬二冠は叡王戦七番勝負と王座戦五番勝負の防衛戦のさなかでした。

 その後、叡王戦は9月21日、最終第9局で豊島竜王に敗れて失冠。しかし王座は久保利明九段の挑戦を退けて防衛を果たしています。

 藤井二冠と永瀬二冠は今年度6月、棋聖戦、王位戦と挑戦者決定戦で立て続けに当たりました。そしていずれも藤井勝ちで二冠獲得へとつながったわけです。

 本局、振り駒の結果、先手は藤井二冠。後手番の永瀬二冠は横歩取りに誘導します。「先手有利」が定説の戦型で、現在はまた後手番から巻き返しが見られています。永瀬二冠もしばしば、後手番で横歩取りを誘っている棋士の一人です。

 どんな戦型でも高勝率の藤井二冠。ただし横歩取りの先手番を持って、しばしば黒星を喫する印象もあります。藤井二冠は特にこの戦型に苦手意識などないそうですが、ファンからすれば気になる傾向でもあります。

 29手目。手数的にはまだ序盤というところ。藤井二冠は時間を使って考え、飛車を中段に置いたまま、桂を跳ねて積極的に動いていきました。

佐々木「決断の一手でしたね」

 解説の佐々木勇気七段はそう語っていました。佐々木七段は藤井二冠を「受け将棋」と見ているそうです。

 対して永瀬二冠も時間を使って読みます。両者ともにジャケットを脱いでワイシャツ姿。永瀬二冠は半袖です。

 盤面を映すカメラには、両者ともにときおり、髪の毛が映ります。また永瀬二冠は座っている場所も盤面に近づくタイプで、両ひざまで映っています。

 永瀬二冠は踏み込んで、強く反発します。ここから局面は大きく動きました。

 永瀬二冠は金桂交換の駒得で角を成り込んで馬を作ります。一方、藤井二冠は永瀬玉すぐ近くに飛車を成り込んで龍を作りました。中盤を通り越し、あっという間に終盤に入ったかのような、攻め合いの乱戦です。

 コンピュータ将棋ソフトの示す評価値だけを見れば、形勢は永瀬二冠よし。ただし早指しという制約がある中、この乱戦において、正解手を指し続けることは難しい。本局はここから何度も形勢が入れ替わりました。

 永瀬二冠は得意の受けの方針で指せばいいと思われた局面で、強気に藤井陣の銀を取ります。

 永瀬二冠としては大丈夫と見ての見切りだったのかもしれません。しかし藤井二冠からの攻めも厳しかった。形勢は逆転で藤井よしと見られました。

 藤井二冠は攻防の角を打ち、一手の余裕を得て龍を切り、永瀬玉に迫ります。部分的には受けなし。対して永瀬二冠も手段を尽くして攻防手を返し、きわどくしのいで、白熱の最終盤となりました。

 流れは藤井二冠が勝ちそうにも見えます。しかし実は大変にきわどい。

 ほとんど駒音を立てずに指し進めるのが永瀬流。粘ってしのいで、勝機を待ちます。

佐々木「これは難しいですね」

 藤井二冠がすっきり勝ちに至る手順は、そう簡単ではありません。

 藤井二冠は銀を打って永瀬玉に詰めろをかけました。将棋は難しい。途端に勝率表示は藤井75パーセントから永瀬83パーセントへとひっくり返ります。

佐々木「逆転しましたね。そうかあ」

 永瀬二冠は角を捨てて王手をかけます。「ひえー」と言う佐々木七段。これが必殺手でした。永瀬二冠は飛と龍で藤井玉を追う形を作り、形勢逆転です。

 短手数ながら密度の濃い本局。そのクライマックスは60手目だったかもしれません。

 藤井玉への王手は2通りあります。8筋の飛車を成り込むか。それとも7筋の龍を入るか。

「25秒」

 秒を読まれながら、60手目。永瀬二冠は飛車を成り込みました。

佐々木「ああ、ここで二択を間違えた・・・ですね。本当に運命の二択でしたね」

 二択といっても、形はほんのわずかに違うだけです。そのわずかの違いで、藤井二冠は絶体絶命のピンチを逃れることになりました。

 藤井二冠は左辺から2枚の龍で攻め立てられながら、すぐに取られる角を合駒に打ち、右辺に逃げ出します。

 永瀬二冠は頭をかきながら王手をかけます。王手は続きます。しかし藤井玉は永瀬王座の大駒3枚から遠く逃げ去り、つかまりません。

 藤井玉が寄らないのを見て、永瀬二冠は自陣に手を戻します。しかし今度はもう、包囲網を解く手段がありません。

 75手目。藤井二冠は金を打って王手をかけます。以下、永瀬玉は即詰み。永瀬二冠はそこで頭を下げ、投了しました。永瀬二冠はしばらく、中空を見上げていました。

 藤井二冠はこれで銀河戦準決勝に進出。本棋戦初優勝まであと2勝としました。

 両者はその後、王将戦リーグで対戦。そちらでは永瀬勝ちとなりました。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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