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決戦の秋(とき)来たる――豊島将之竜王(30)に羽生善治九段(50)が挑む竜王戦七番勝負開幕

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月9日9時。東京都渋谷区・セルリアンタワー能楽堂において第33期竜王戦七番勝負第1局▲羽生善治九段(50歳)-△豊島将之竜王(30歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 豊島現竜王は昨年2019年の七番勝負で広瀬章人竜王(当時)に挑戦。4勝1敗でシリーズを制し、初の竜王位に就いています。

 これまでに5つのタイトルを獲得しながら、なぜか1度も防衛がない豊島竜王。ファンからはタイトル初防衛の期待がかかります。

 一方、竜王位通算7期で永世竜王の資格も持つ羽生九段。一昨年2018年には竜王防衛を目指す立場で七番勝負に臨みました。しかし広瀬八段の挑戦の前に3勝4敗で竜王位を明け渡しました。

 以来、無冠となっての2年間。羽生九段はタイトル戦番勝負から遠ざかっていました。そして今回、多くのファンの大声援の中、再び竜王戦の大舞台に帰ってきたというわけです。

 羽生九段のタイトル通算獲得数は史上1位の99期。あともう1期で通算100期となります。

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 豊島竜王と羽生九段の過去の対戦成績は、豊島16勝、羽生17勝。非常に拮抗しています。タイトル戦では王座戦五番勝負で1回、棋聖戦五番勝負で2回対戦。七番勝負では今回が初めての対戦となります。

 2020年度の成績は豊島竜王は15勝10敗。直近の対局では藤井聡太二冠に勝っています。

 羽生九段は10勝8敗。直近のA級では斎藤慎太郎八段に敗れましたが、王将戦リーグでは豊島竜王と同様に、藤井二冠に勝っています。

 本局がおこなわれるのは都内、渋谷の能楽堂。

「渋い、渋谷の将棋指し」

 というのは豊川孝弘七段得意のフレーズですが、竜王戦第1局の渋谷対局は近年、恒例となっています。

 対局場は能楽堂。古い資料によれば2世名人大橋宗古(1576-1654)の祖父は能楽者・渋谷清庵で、1世名人大橋宗桂(1555-1634)とともに、能楽の関係者であったと推測されています。

 8時47分に羽生九段、49分に豊島竜王が登場。両者ともに駒を並べ終えました。

羽生九段、先手番を得る

 振り駒の結果、「歩」が1枚、「と」が4枚出て、羽生挑戦者の先手と決まりました。

 かつて羽生九段は「振り駒に強い」と言われたことがありました。

と金が3枚で挑戦者羽生の先手番と決まった。羽生が振り駒で先手になる率は不思議なことだが、きわめて高い。

出典:井口昭夫観戦記、1995年度王将戦七番勝負第1局▲羽生善治挑戦者-△谷川浩司王将戦

最終局なので、手番は改めて振り駒で決める。「歩」が三枚出た。またか、と思った。私は対羽生戦のタイトル戦最終局の振り駒で、先手番になったことがない。最終局に限らず、羽生棋聖のタイトル戦での振り駒の勝率は驚異的である。

出典:『谷川浩司全集 平成5年度版』1993年度後期棋聖戦▲羽生善治棋聖-△谷川浩司挑戦者戦

 羽生九段が初めてタイトル戦に出場したのは1989年、第2期竜王戦七番勝負。第1局に先立つ振り駒では島朗竜王(当時)の先手番となりましたが、3勝3敗1持将棋になったあとの最終第8局は羽生挑戦者先手でした。

 将棋は先手番がわずかに有利です。その傾向はタイトル戦など、トップ同士の対戦になるとさらに顕著になると言われています。

 ただし豊島竜王と羽生九段の対戦に限っては、33局のうち22局は後手番で勝っていて、現在は後手7連勝中というデータも指摘されています。

未来の矢倉!?

 対局開始前、盤側には森内俊之九段(立会人)と佐藤康光九段(将棋連盟会長)が座っていました。

 森内九段は竜王2期、佐藤九段は竜王1期の実績を残しています。

 誕生日は羽生九段が9月27日、佐藤九段が10月1日、森内九段が明日10月10日。年齢は羽生九段50歳、佐藤九段51歳で、森内九段は明日50歳となり、「黄金世代」も五十代を迎えることになります。

 19歳で竜王位に就いた羽生九段。十代での竜王獲得も偉業なら、五十代での竜王挑戦もまた大変な偉業でしょう。

 9時。

「定刻になりました。挑戦者・羽生九段の先手番で対局を開始してください」

 立会人の森内九段が時間になったことを告げて両者「お願いします」と一礼。1日目の対局が始まりました。

 羽生九段は初手、ゆったりとした手つきで7筋の歩を手にして、一つ前に進めます。どんな戦型でも指しこなせるオールラウンダーの羽生九段。まずは角筋を通す、もっともオーソドックスな一手から始まりました。

 対して豊島竜王は飛車先、8筋の歩を伸ばします。そして矢倉模様の立ち上がりとなりました。

 2日制のタイトル戦での1日目というのは、かつては比較的穏やかな段階で終わることがほとんどでした。ただし最近では早い段階で駒がぶつかって激しい展開となったり、終盤の様相を呈したような局面まで進んだりすることもあります。

 本局10手目、豊島竜王は金銀を1手も動かさず、驚くような早いタイミングで攻めの桂を三段目に跳ねます。前例があるとはいえ、早くも盤上に嵐の気配が漂ってきました。

 14手目、豊島竜王は6筋の歩を突きます。いずれ桂を中段に跳ねた際にその土台となります。その桂跳ねは、はたしていつなのか。

 持ち時間は各8時間(60秒未満切り捨てのストップウォッチ方式)。14手目までの消費時間は豊島5分、羽生38分。豊島竜王の時間の使い方からは、事前準備の周到さがうかがえます。

 天気予報は現在、台風14号が近づきつつあることを伝えています。振り返れば昨年の竜王戦第1局は、台風19号の中でおこなわれました。

 16手目。豊島竜王は五段目へと桂を跳ね出しました。驚くような早い展開。未来の矢倉といってもよさそうな進行です。

 対して羽生九段はあたりとなっている銀を逃げず、飛車先から逆襲します。まだ前例があるとはいえ、これもまた驚きの一手。

 注目の竜王戦第1局は1日目午前から、目が覚めるような局面となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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