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ラスボス豊島将之竜王(30)藤井聡太二冠(18)に圧巻6連勝 王将戦リーグ2回戦で大逆転勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月5日。大阪・関西将棋会館において▲豊島将之竜王(30歳)-△藤井聡太二冠(18歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は20時56分に終局。結果は171手で豊島竜王の勝ちとなりました。

 これでリーグ成績は豊島2勝0敗、藤井0勝2敗となりました。

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 また両者の対戦成績は豊島竜王の6連勝無敗となりました。

豊島竜王、ドラマチックな大逆転勝利

 豊島竜王先手で戦型は相掛かり。午前中に9分しか使わなかったことからも深い事前研究があることをうかがわせました。

 昼食休憩が終わって再開後、藤井二冠が8筋に歩を垂らしたのに対して、豊島竜王は一転、長考に沈みます。

 そして1時間16分を使い、飛の横筋をいかした受けの歩を打ちました。以下は双方ともに時間を使い合って、中段での押し合いが続きました。

 豊島竜王はワイシャツの袖をまくって盤上を見つめます。対して藤井二冠は少し身体をゆらしながら、扇子を片手でくるくるとさせてリズムを取りながら読みを進めます。

 次第にペースをつかんだのは藤井二冠でした。

藤井「最初の方は苦しい展開だったんですけど、途中からはチャンスが出てきたのかと」

 59手目。豊島竜王はじっと自陣に歩を打ちます。これが「おしん」(豊川孝弘七段)という辛抱。トップクラスの棋士は、こうしたやや苦しい場面でその真価を見せるようです。

 対して藤井二冠はノータイムでばっさり、飛車を切り捨てて角と交換し、決めに行きました。驚くべきことに、これで豊島陣は受けが困難のようです。

 この時点で残りは豊島51分、藤井26分。藤井二冠の時間は切迫しつつあるものの、相手との比較で見れば、いつもと比べると、比較的時間を残せている方なのかもしれません。

 盤面中央で戦いが続く中、64手目。藤井二冠は端9筋の歩を突きます。

「盤面が広く見えてますよね」

 将棋プレミアム解説の深浦康市九段が感嘆の声をあげました。盤面を広く見て、ここから攻めるのが早いと見た判断が正確でした。

 将棋の強い人は歩の使い方が上手い。当然のことではあるのですが、上級者同士の対局を見ていると、そうした事実を再認識させられるようです。

 74手目。藤井二冠は豊島陣一段目に角を打ち込みます。これもまた意外な指し方でした。

「はー・・・。また見えない手で来ましたね。なんですか、これは? やっぱりちょっと見えるところが違うんでしょうね。へえー・・・」

 また深浦九段の感嘆の声。最善の寄せ方かどうかの判断は、にわかにはわかりません。

 豊島竜王は反撃に出ます。77手目。豊島竜王は龍を二段目に引き藤井玉に照準を合わせます。残りは豊島6分、藤井11分。時間は逆転して、豊島竜王の方が少なくなりました。

 両者秒読みの中で最終盤。観戦者の目には、豊島竜王がさすがの追い込みを見せているようにも思われました。しかし藤井二冠は正確に応対してなかなか誤りません。

 89手目。豊島竜王が自陣に銀を入れて受けたところで藤井二冠は残り5分のうち2分を投資しました。そしてズバリ角で切り捨てて寄せに出ます。これで豊島玉は寄り筋。ただし藤井二冠は読み切れてはいませんでした。

 95手目。豊島竜王はついに一分将棋に。

「50秒、1、2・・・」

 そして8まで読まれたところで、藤井勢の攻めの拠点となっている桂を取りました。将棋は最後まで何が起こるかわかりません。対して角を打ってきれいに決めようとするとすっぽ抜ける罠が隠されています。

 藤井二冠は着実に2本目の香を打って、確実に寄せていきます。

「これはまいったか。まいってるジャクソン」(豊川七段)

 そんな声まで聞かれていました。

 藤井二冠は残り3分。ここでわずかに時間を残しておくのも、いつもながらの藤井二冠の勝ちパターンに見えました。

 藤井二冠の2枚の香がどちらも成香に昇格し、豊島玉を追い詰めていきます。

豊島「最後の方は寄せられてもしょうがないと思っていました」

 豊島竜王もそう観念する中、観戦者も「いよいよ終局近しか」と見ていた最終盤。

 しかしそこから、信じられないようなドラマが起こります。

 102手目。もうどうやっても豊島玉は寄りそうというところで、藤井二冠は金を打って王手をします。王手飛車取り。しかしこれがまさかの寄せ間違いでした。藤井二冠が飛車を取っている間、豊島陣に置かれていたはたらきのない桂が端の歩を取り、豊島玉には上部に逃げ道が開けています。

豊島「2七から1六に逃げて、一回後手の攻めが落ち着く形になったので」

 豊島玉は絶体絶命の大ピンチを脱しました。

 勝負はまったくわからなくなりました。両者時間がない中、一手指すたびに、評価値はジェットコースターのように揺れ動きます。これぞまさに人間同士の将棋という感があります。

 残り3分を残していた藤井二冠。2分を使っていよいよ一分将棋に。飛車を取った金で、端の香を取ります。しかしこれもまた疑問だったようです。

 藤井二冠も人の子。間違えることはあります。それにしても終盤でこれほどのミスはいつ以来のことでしょうか。もちろん、藤井二冠にミスが生じたのは、豊島竜王がそれを呼び寄せたからでもあるでしょう。

 将棋とは本来、こうしたものかもしれません。しかしことさらに藤井二冠がらしからぬミスが重なったように見えるのは、これまでいつもいつも、あまりに鮮やかに決めてきたからでしょう。

「いやあドラマですよ、すごいですよこれ」(豊川七段)

 思い起こせば先日のJT杯の両者の対戦も、終盤は評価値ジェットコースターでした。

 流れはもう豊島勝ちでもおかしくないところ。しかし藤井二冠も懸命に立て直しをはかります。

 両者一分将棋の中、最後は「指運」(ゆびうん)と思われる勝負になりました。

豊島「形勢はわからないですけど、私も最善の手が指せてない感触があったので」

豊島玉の周辺は江戸時代の詰将棋のようにごちゃごちゃと駒が入り組んで、何がどうなっているのか。

「げげっ?! 鬼太郎!(目玉おやじの声色)アイドンノウですよ。なんなんですか、これ。わけわかめ」

「意味がわからない。違いのわからないいい男」

「これはもう両対局者、鼻血ブー、高木ブーですよ。今日はこれ生で見れてラッキー池田です」

「コマネチ! これ迷う!」

 豊川七段のそんな叫びが聞かれる中、攻守はくるくる入れ替わり、形勢は七転八転していたかもしれません。

豊島「△1四歩(136手目)に▲同桂と取ったところはどうされるかわからなかったので・・・」

 どうされるかわからなかった、というのは、相手からの明快な寄せの手順が見えなかった、ということです。その見方は正確で、豊島玉は次第に寄せが難しくなっていきます。

 豊島竜王は龍で藤井玉に王手をかけ、銀合をさせてからまた龍を逃げます。

豊島「△6三銀と使わせて▲2四龍と回って、勝っているような気がしたんですけど」

 形勢はついに豊島勝勢ではっきりしてきました。

 156手目。横から飛車を打たれて王手をされた藤井二冠は、金を上がって受けます。しかしその手つきには力がありません。背が丸くなり、うつむき、信じられないような逆転を嘆く様子がモニターを通して伝わってきます。

 豊島玉への寄せがなくなった一方で、藤井玉は受けが難しい。

 勝ち目がほぼない中、藤井二冠は指し続けました。そして171手目、豊島竜王が銀を打って寄せの網をしぼったところで投了を告げました。

藤井「やはり実力が足りないのかなと思っています」

 豊島竜王への6連敗について問われ、藤井二冠はそう答えていました。対戦成績から見て、藤井聡太二冠にとっての「ラスボス」とも言われる豊島竜王の壁は、今回も高く厚かったようです。

 リーグ成績もまた2連敗。

藤井「けっこう厳しいスコアになってしまいましたけど、最後までがんばりたいと思います」

 藤井二冠の年度内三冠達成が厳しくなる一方で、豊島竜王は3度目の王将位挑戦、そして初の王将位獲得に向けて大きく前進しました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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