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「鼻血ブー」の王将戦リーグ開幕 上座の藤井聡太二冠、レジェンド羽生善治九段相手に飛車をキリマンジャロ

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月22日10時。東京・将棋会館において第70期挑戦者決定リーグ▲藤井聡太二冠(18)-△羽生善治九段(49)戦が始まりました。

「鼻血ブーですよ、このメンバー」

 将棋プレミアム解説の豊川孝弘七段はそう語っていました。その言葉通り、リーグメンバーの7人いずれも、一騎当千の強豪ばかりです。

 そして開幕局は「ゴールデンカード」というべきか。「鼻血ブー」のメンバーの中でも特に注目の二人の対戦となりました。

 対局がおこなわれるのは将棋会館4階、特別対局室。前夜には叡王戦七番勝負第9局がおこなわれていたところです。

 前夜の対局の結果、豊島将之竜王が永瀬拓矢叡王から叡王位を奪取し、タイトルが移動しました。席次も少し変動があり、藤井二冠と永瀬王座(前叡王)が入れ替わって、藤井二冠が3位となりました。

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 将棋の公式戦対局では上座と下座が決められています。上座につくのは、原則としては、席次上位者です。

 ただし後輩が先輩に上座を譲るというシーンはよく見られます。「上座の譲り合い」で対局がなかなか始まらないという例も、かつてはしばしばありました。

 1993年3月12日、全日本プロトーナメント準決勝において、若き日の羽生竜王(三冠)も先輩の米長邦雄九段に上座を譲るという場面が見られました。

竜王と九段の対戦は、竜王が上座が原則。だが、羽生は先輩に敬意を表して、本局は下座につこうとした。その時の米長の対応が面白い。

「羽生先生、どうぞ。あと3ヵ月たったら、あっち(上座)に座らせてもらうから・・・」

じつに意味深な言葉である。羽生は思わず笑いがこぼれ、素直に指示に従って上座に就いた。

出典:『名人、米長邦雄のすべて。』246p

 この状況がすぐに把握できたら、将棋マニア上級者と思われます。補足すると、当時名人戦挑戦者になっていた米長九段は、名人位を獲得したらその時には羽生竜王と対局しても上座につくと、機転を利かせて言っているわけです。

 現在の藤井二冠と羽生九段。過去4回の対局ではいずれも羽生九段が席次上位でした。

 本局ではタイトルホルダーの藤井二冠が席次上位になります。

 9時40分。将棋プレミアムの放送が始まった時には、藤井二冠はすでに入室。床の間を背にして上座についていました。

 藤井二冠はルールにしたがったまでで、これはすっきりしています。もし藤井二冠が下座についていたとしたら、羽生九段は上座にすわるようにうながしたことでしょう。

 9時47分頃。羽生九段が入室。下座につきました。羽生九段のスーツは3日前と同じようです。

 羽生九段は3日前、やはり特別対局室で戦い、竜王挑戦権を獲得しています。

 羽生九段がもし10月に開幕する竜王戦七番勝負を制し、竜王位に復位すれば、序列は再び藤井二冠より上位となります。

 両者駒を並べ終えたあと、対局開始の10時を待ちます。

「それでは時間になりましたので、藤井先生の先手番でよろしくお願いいたします」

 両対局者は一礼して、対局が始まりました。

 藤井二冠はグラスを手にして、冷たいお茶を一口飲みます。そして初手は角道を開けました。

 オールラウンダーの羽生九段。2手目で角道を開けます。これは「おっ?」と思わせる立ち上がり。一手損角換わりか、それとも横歩取りか、あるいは振り飛車か。そんな可能性も考えられます。

 開始からほどなく、両者ともにスーツのジャケットを脱ぎます。夏場には半袖シャツ派の羽生九段は、依然半袖です。同じ半袖シャツ派の永瀬王座(前叡王)は、昨日の叡王戦では長袖に変わっていました。

 進んで、本局は羽生九段の誘導で横歩取りとなりました。

 横歩取りは、横歩を取る先手側がわずかに分がいい。それがここ九十年ぐらいの将棋界における一般的な認識です。

 ただし後手側が工夫し、新手法を打ち出すことで十分戦えるという状況もまた、何度も生まれています。現にごく最近でも、後手番で横歩を取らせる実戦例も再び増えつつあります。

 先日おこなわれた▲藤井二冠-△豊島竜王戦も横歩取りでした。そして後手番の豊島竜王が勝っています。

 本局もまた横歩取りの最新型。豊川七段の言葉を借りれば「ナウい」形です。

 藤井二冠は横歩を取った位置に飛車を置いたままの青野流。対して羽生九段は飛車取りに金を上がります。

 考えること19分。藤井二冠は飛車角交換に出ました。

「キリマンジャロ!」

 豊川七段はそう叫びました。

 大駒と飛車と角はほぼ同格です。それでもどちらかといえば、飛車を持つ方が一般的には有利とされています。そこであえて飛車を切る。キリマンジャロで踏み込んでいく藤井二冠。それはもちろん、成算あってのことなのでしょう。

豊川「午前中からいきなり勝負ですね」

 33手目、藤井二冠が桂を跳ねた局面で羽生九段が考え、昼食休憩に入りました。

豊川「未知との遭遇、スピルバーグですよ! このあと必見です!」

 すでに激しい流れですが、この先もさらに激しく進む可能性もあります。

 王将戦リーグの持ち時間は4時間。12時0分から40分までの昼食休憩をはさんだあと、通例では夕方から夜にかけて終局となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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