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A級順位戦3回戦▲羽生善治九段(49)-△糸谷哲郎八段(31)1勝1敗同士の対戦は横歩取りに

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月2日。大阪・関西将棋会館においてA級順位戦3回戦▲羽生善治九段(49歳)-△糸谷哲郎八段(31歳)戦が始まりました。

 両者の今期A級成績は1勝1敗。名人挑戦を目指す上では、ここで敗れると厳しくなりそうなところです。

 羽生九段は前節、佐藤天彦九段に敗れています。

 羽生九段は現在、竜王戦挑戦者決定戦三番勝負で丸山忠久九段との対戦も注目されています。

 羽生九段の2020年度成績は7勝5敗です。

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 一方の糸谷八段は5勝5敗です。

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 今期A級は糸谷八段の他、豊島将之竜王(前名人)、稲葉陽八段、そして新たにA級に昇級してきた菅井竜也八段、斎藤慎太郎八段の4人が関西所属。関西会館でA級の対局がたくさん見られることになります。

 糸谷八段は広島県出身。また現在は関東所属の佐藤天彦九段は福岡県出身で、かつては関西奨励会に所属。三十歳前後の関西で修行して強くなった世代が、A級の半数を占めるに至りました。糸谷八段の今年度対戦者を見ても明らかな通り、現在はこれらの棋士が上位でぶつかりあっています。

 先日おこなわれたA級・豊島竜王-稲葉八段戦は豊島竜王の勝ちとなりました。

 糸谷八段から見ても豊島、稲葉の両者は修行時代からしのぎを削り合ってきたライバルです。

 羽生九段、糸谷八段の過去の対戦成績は羽生11勝、糸谷8勝。

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 2009年度、10年度と2年連続でのNHK杯決勝はいずれも羽生勝ちで優勝。

 14年の竜王戦挑戦者決定戦三番勝負は糸谷2勝1敗で挑戦権獲得。

 16年の王座戦五番勝負は羽生王座が3連勝防衛。

 A級では18年度、19年度と2回対戦し、いずれも糸谷勝ちとなっています。

 両者の席次は羽生九段の方が上です。ただし本局がおこなわれるのは関西所属の糸谷八段のホームである関西将棋会館。順位戦の場合は席次に関係なく、移動が同じ数になるように調整されます。

「それでは時間になりましたので、羽生先生の先手番でお願いします」

「お願いします」

 記録係が定刻10時になったことを告げ、両対局者が一礼して、対局が始まりました。

 両者ともに最初は角道を開け、次に飛車先の歩を突いていきます。

 糸谷八段が4手目を指したあと、羽生九段は上着を脱ぎ、白い半袖シャツ姿となりました。

 続いて糸谷八段も上着を脱ぎます。こちらも半袖で、青いピンストライプに白いえりのクレリックシャツです。

 羽生九段が飛車先の歩を交換したあと、糸谷八段も同様に進めれば、比較的よく見られる横歩取りの進行となります。

 14手目。糸谷八段は飛車先の歩の交換ではなく、玉を上がりました。最近しばしば見られるようになった手法で、糸谷八段も過去に指しています。早い時間の使い方からして、これが予定だったのでしょう。

 対して羽生九段は10分を使って、横歩を取りました。相手が事前に準備しているところにかまわず応じていくのが、昔も今も変わらない王道の羽生流です。

 糸谷八段は正座がきゅうくつそうな感じで身体を揺らしています。先にひざを崩してあぐらとなったのは、羽生九段でした。

「いやー」「そっかー」「うーん」

 羽生九段が25手目を考慮中に、そんな声が聞かれました。この序盤の段階で、何が「そうか」なのか。それはまったく見当がつきません。

「将棋史上最強」の羽生九段は対局中、どんな場面で「そうか」とつぶやいているのか。筆者は過去の文献記録を参考に、まとめてみようと試みたことがあります。結果、羽生九段がなぜ「そうか」とつぶやいているのか、筆者レベルではまるで推測できず、ほとんどわからないということだけが、改めてわかりました。

 昼食の注文を聞かれたあと、羽生九段は席を立ちます。糸谷八段は注文を告げたあと、

「よいしょっと」

 と言いながら、正座を崩しました。

 34手目。糸谷八段は交換した飛車先の歩を打って合わせます。再度の歩交換がおこなわれたあと、再度飛車取りに歩が打たれたのを見て、飛車を同じ位置に引きます。そこにあるのは4手前とまったく同じ局面。しかし手番だけは相手に渡っています。将棋は「パス」のできないゲームです。しかし盤上で合法手をうまく組み合わせれば実質的にそれができるというわけで、つまりこれは最善形を崩さずに待つという高等戦術です。もし後手番で千日手になれば不満はありません。

 さて、途中までの手順は異なりますが、38手目の局面は以前指された王座戦本戦▲羽生九段-△飯島栄治七段戦とまったく同じです。

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 結果は大熱戦の末に飯島七段勝ちとなりました。

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 王座戦本戦を制し、挑戦権を獲得したのは久保利明九段でした。

 明日3日からは王座戦五番勝負・永瀬拓矢王座-久保利明九段戦が開幕します。

 羽生九段が39手目を考えているところで12時、昼食休憩に入りました。

 12時40分、再開。羽生九段は前例通り、自身の飛車筋の先、2筋に歩を打って、攻めの拠点とします。対して糸谷八段も前例通り、7筋の歩を突き捨ててから中段に桂を跳ね出し、すぐに反撃に移りました。

 その次、羽生九段は前例では角交換をしていたところ、戦場となっている7筋に飛車を回りました。

 A級順位戦の持ち時間は各6時間。ここまでの消費時間は羽生九段1時間29分、糸谷八段14分と差が開いています。棋界屈指の早指しの雄である糸谷八段の時間の使い方も注目されるところです。

 時刻は13時を過ぎました。ここは早くも勝負どころ。糸谷八段も熟慮に沈みそうなところです。

 順位戦は通例、夕食休憩のあと、夜遅くの決着となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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