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渡辺明挑戦者(36)形勢リードで悲願の名人位獲得に近づいた? 名人戦七番勝負第6局2日目対局中

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月15日。第78期名人戦七番勝負第6局▲渡辺明二冠(36歳)-△豊島将之名人(30歳)戦、2日目の対局が始まりました。

 対局がおこなわれるのは大阪・関西将棋会館4階、御上段(おんじょうだん)の間。江戸時代に「御城将棋」が指された江戸城・黒書院を模して作られた部屋です。

 8時43分頃。渡辺挑戦者入室。江戸時代、将軍の前で将棋を披露する将棋指しは、剃髪していました。短く刈り込んだ渡辺挑戦者の近年の髪型は、その古いスタイルに近いのかもしれません。

 対局開始の時刻からはかなり余裕をもって、挑戦者、タイトル保持者の順に入室するという慣例は、比較的近年に確立されたようです。かなり昔の名人戦の観戦記を読むと、対局者が遅刻し、定刻からはかなり遅れて始まったりする例なども見られます。

 全般的に、昔が諸事おおらかだったのは、対局が密室でおこなわれていたからでもあるでしょう。近年は対局室の様子は公開され、多くのファンからリアルタイムで見られるようになりました。

 8時51分頃、タイトル保持者の豊島名人入室。今日はわずかにゆっくりめの登場のようです。

 渡辺挑戦者、豊島名人はともに、タイトル戦における和服という慣習を受け継いでいます。

 タイトル戦では和服を着なければならない、というルールはありません。名人戦でも対局者がスーツで登場した例はあります。1973年の加藤一二三挑戦者がその最初の例のようです。加藤挑戦者は2度目の七番勝負登場。中原誠名人を相手に第4局が始まる時点でカド番に追い込まれていました。観戦記者の東公平さん(ペンネーム:紅)は次のように記しています。

9時7分前に、和服の中原名人がはいって来た。すぐに続いて加藤八段。おや、と目を見張る。紺の背広姿なのだ。ネクタイと胸ポケットのハンカチーフも同系色。これは順位戦を勝抜いてきた服装である。名人戦を洋装で戦うのは今日の加藤八段が初めてだろう。

出典:紅観戦記、1973年(第32期)名人戦第4局▲加藤一二三八段-△中原誠名人戦

 現在では叡王戦七番勝負で永瀬拓矢叡王(王座)が最初は和服、途中からはすぐにスーツに着替えるという手筋を見せています。スーツの方が戦いやすいと感じる対局者にとっては、そちらの方が合理的です。

 先日の名人戦第5局で解説していた広瀬章人八段は、タイトル戦、対局開始前の朝について、自身の経験を次のように語っています。

広瀬「和服を着て微妙に崩れたりとかしているうちに、対局室入るのが遅くなったということが2、3回あってですね。渡辺さんとのタイトル戦のことが多いんですけど、(タイトル保持者の)渡辺さんがたぶん8時50分ぐらいに入ってるのに。それまでは全部(挑戦者の)自分の方が先に入ってるのに、なかなか現れないってことが何回かあったです(苦笑)。その時は着物を着ているのに苦戦してるんだなと思っていただけると(苦笑)。それ以外の時にはだいたい8時45分にたぶん入っていることが多いです」

 タイトル戦での和服という慣習は、谷川九段、羽生善治九段、渡辺二冠、豊島名人らによって引き継がれてきました。若き藤井聡太棋聖もまた、それに続きそうな気配です。

 8時54分頃、豊島名人、渡辺挑戦者ともに、駒を初期位置に並べ終わります。

「それでは1日目の指し手を読み上げます」

 立会人の谷川浩司九段(17世名人資格者)が声を発し、記録係の井田明宏三段が棋譜を読み上げます。

「先手、渡辺明二冠▲7六歩。後手、豊島将之名人△8四歩。先手、▲6八銀。・・・」

 両対局者は記録係の声に従って、前日の指し手を再現していきます。戦型は相矢倉。早い段階で難しい戦いに入りました。

 最近は定刻の前に指し手再現まで終わることが多くなりました。しかし今日は、ほんのわずかに9時を過ぎました。

 昨日は65手目、渡辺挑戦者が歩を取りながら玉を上がったところまで進みました。

「それでは封じ手を開封いたします」

 盤側の谷川九段が2つの封筒とはさみを手にして席を立ち、机とは反対側に移動します。そのポジションで立会人が封じ手を開封すると、撮影する側にとってもいい写真を撮ることができます。

「封じ手は△6三金です」

 谷川九段は両対局者に2枚の紙を示しながら、豊島名人の66手目を読み上げました。

 豊島名人は玉に近い金を三段目に上がります。玉の守りは薄くなりますが、陣形のバランスを取り、攻めに厚みを加えています。

「それでは時間になっていますので、対局を再開します」

 9時2分頃、谷川九段の声を聞いて、両対局者は改めて一礼しました。

 ほんの一呼吸をおいて、渡辺挑戦者は左側の銀を中央三段目に進めます。この早さを見れば、豊島名人の封じ手は予想通りだったとうかがえます。

 前日は渡辺挑戦者が1筋の端から攻めていきました。今日は豊島名人が9筋の端から突き捨てを入れます。渡辺挑戦者は相手の動きを見てカウンター気味に5筋や7筋に歩を打って反撃。2日目早々から、激しい戦いとなりました。

 76手目。豊島名人は渡辺玉すぐ近くの桂を歩で取るという大きな戦果を得ます。しかしながら局面全体を見渡せば、桂得だけでは名人よしと言えないようです。形勢はむしろ、やや挑戦者に傾いているのかもしれません。

 77手目。渡辺挑戦者がと金の王手を払った時点で、持ち時間9時間のうち、残り時間は渡辺4時間4分、豊島4時間20分。時間はほぼ互角です。

 豊島名人は名人はマスクをはずし、渡辺挑戦者は白いマスクをつけています。七番勝負序盤で話題となった渡辺挑戦者の黒いランニング用マスク(バフ)は、途中からは見られなくなりました。

 78手目。豊島名人は桂取りの歩を金で取ります。名人の金は三段目から四段目にまで上ずる形となりました。豊島陣にスキが生じたのを見て、渡辺挑戦者は角交換をねらいにいきます。

 84手目。豊島名人は玉を3筋に寄せ、渡辺挑戦者の飛車成と角打ちを同時に受けようとします。きわどい受けの勝負手です。

 時刻は11時半を過ぎました。形勢は渡辺挑戦者よしと言ってよさそうです。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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