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渡辺明挑戦者、形勢二転三転の終盤戦で勝勢を確立 名人戦七番勝負第4局は夕方の休憩に入る

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月28日。東京都文京区・ホテル椿山荘東京において第78期名人戦七番勝負第4局▲渡辺明二冠(36歳)-△豊島将之名人(30歳)戦、2日目の対局がおこなわれています。

 80手目。豊島挑戦者は渡辺陣に角を打ち込みます。これは飛車取りです。ダイレクトに飛車を取られては厳しそうなので、どこかにいったん逃げることになるのか。渡辺挑戦者が考慮中に12時30分となり、昼食休憩に入りました。

 13時30分、対局再開。渡辺挑戦者は少し時間を置いたあと、飛車を一つ引いて逃げます。

 対して今度は豊島名人は考え始めます。その間、渡辺挑戦者は脇息(ひじ掛け)にもたれ、顔を伏せるような仕草をしました。形勢はほぼ互角か、わずかに豊島名人よしか、というところのようです。

 82手目。豊島名人は58分を使って、歩の拠点を支えに、渡辺陣に銀を打ち込みました。迫力十分な王手です。ただし玉金桂が利いているところで堅いところを攻めている印象があり、攻めがつながるのかどうか。コンピュータ将棋ソフトが示す評価値は巻き戻り、むしろ挑戦者有望の局面となったようです。

 残り時間は渡辺4時間1分。豊島1時間35分。時間は大差がついています。

 王手で打たれた銀は桂で取る一手なのではないか。そう思われたところで、渡辺挑戦者38分を使って次の手を指しました。盤上に示された次の手は、常識的な同桂ではなく、ほとんどの人が予想していなかったであろう、同金でした。

 これはどうしたことか――。

 守りの要である金は、これで取られてしまいます。挑戦者はあえて理外の理を求め、セオリーをはずした手を指したわけです。その効果は、はたしてどうだったのか。ソフトの評価は、一気に名人よしに傾きました。

 豊島名人は角取りにかまわずに、渡辺玉の上部の歩を突きます。この寄せが的確で、どうも名人の一手勝ちなのではないか。観戦者の目にはそう思われました。

 今度は渡辺挑戦者が歩の拠点を支えとして、豊島玉へ王手で金を打ちます。これは取る駒がなく、逃げるしかない。逃げる場所は2か所あります。

 名人の残り時間は1時間1分でした。そして22分考えて、一路横、三段目をスライドするように逃げます。

 そしてなんということか――。

 ソフトの評価値は、今度は一気に渡辺挑戦者勝勢へと傾きました。観戦者には、にわかにはその違いはよくわかりません。

 89手目。挑戦者は飛車で当たりになっていた相手の角を取ります。なるほど、この角を豊島陣一段目に王手で打ち込むと、豊島玉は一気に寄り形となります。してみると、豊島玉は横の三段目ではなく、斜め下の二段目に引いて逃げるのが正解だったようです。ただしその手は金で飛車を取った手が王手になるために指しづらいということもあります。

 形勢が揺れ動く中、抜け出したのは挑戦者でした。

 将棋はあとで悪手を指した方が罪が重いゲームです。本局では難解な終盤戦で、互いに悪手が出たようです。その悪手をあとで指したのは、名人の方だったか。

 名人はマスクをはずして考えます。89手目が指された時点で、残りは渡辺挑戦者3時間8分、豊島名人39分。

 90手目。名人は歩を成って王手をかけました。29分を使って、残りは19分です。対して時間に余裕のある挑戦者は、ノータイムで同玉と応じました。豊島名人は渡辺陣一段目に角を打ち込みます。これが王手飛車取りです。

 余人ならあわてそうなところ。しかし前傾の姿勢で考える渡辺挑戦者からは、間違える気配がありません。読み切るには十分すぎるほどに残り時間は残されています。それは偶然というわけではなく、プラン通りでもあったのでしょう。

 渡辺挑戦者は12分で盤上に手を伸ばし、飛車を逃げつつ王手を防ぎます。これがほぼ盤上この一手の正解手でした。

 豊島名人は歩を打って王手をします。

 ABEMA解説の横山泰明七段はこの手を、形作りではないかと表現しました。18時の休憩入りを前にして終局近しの気配です。

 渡辺挑戦者は時間を使って考えます。冷たいお茶を飲む際に白いマスクをはずし、以後はしばらく両者ともにマスクなしとなりました。

 17時40分頃。渡辺挑戦者は歩の王手をかわして斜めに逃げます。この先手玉の位置が、後手玉の詰みにもはたらいてきます。そしてまた渡辺挑戦者はマスクをつけました。

 残り時間が少ない豊島名人は一度席を立ちます。そして戻ってきて盤の前に座ったあと、マスクをつけました。

 やがて記録係が残り10分となったことを告げます。

 17時50分頃、「残り7分です」の声。そして残り6分となったあと、豊島名人は再び歩を打って王手をかけました。対して渡辺挑戦者はすぐに玉を引きます。

 98手目。名人が玉頭の歩を突いて逃げ道を開いたところで挑戦者は次の手を指さず、挑戦者の手番で18時となりました。挑戦者は席を立ちます。盤側の関係者も対局室を去ったあと、残り時間のほとんどない名人は盤の前を離れずに考え続けます。

 再開は18時30分。現在の形勢からかんがみれば、再開後ほどなくの終局もあるかもしれません。ただし、将棋は最後まで何があるのかわからないのは、言うまでもありません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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