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規格外の天才・藤井聡太七段(17)棋聖戦に続き王位戦でもタイトル挑戦なるか? 王位戦挑戦者決定戦開始

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月23日。東京・将棋会館において第61期王位戦挑戦者決定戦▲藤井聡太七段(17歳)-△永瀬拓矢二冠(27歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 対局がおこなわれるのは将棋会館4階、特別対局室。将棋会館の対局室にはすべて格付けがされていて、特別対局室は最も格が高い部屋です。

 9時28分。藤井七段入室。ずいぶんと早い時間で部屋に入り、入口側に近い下座にすわりました。

 藤井七段の自宅は愛知県瀬戸市。所属は関西で、ホームは大阪・関西将棋会館。今日の対局はアウェイの東京・将棋会館。文字通り「東奔西走」の日々を送っています。

 9時38分。永瀬二冠入室。床の間を背にして、上座に着きました。

 9時42分。両者一礼。永瀬二冠が駒箱を手にして、中から駒袋を取り出し、ひもをほどき、袋の口を盤上に向け、さらさらと駒を出します。永瀬二冠が「王将」、藤井七段が「玉将」を自陣下段中央、所定の位置に置き、大橋流で駒を並べていきます。

 さてまず注目されるのは振り駒です。王位戦リーグではあらかじめすべて先後が決まっています。一方で挑戦者決定戦の一番勝負は振り駒で先後が決められます。

 6月4日に両者が戦った棋聖戦挑戦者決定戦も振り駒がおこなわれました。その時には「歩」が3枚、「と」が2枚出て、永瀬二冠が先手となりました。結果は後手番の藤井七段が勝っています。

 9時46分。記録係の広森航汰三段(中座真七段門下)が永瀬二冠側の歩を5枚取り、振り駒をします。

「永瀬先生の振り歩先です」

 広森三段が手の中で歩をよく振って、上に放り投げたところ、畳の上には表側の「歩」が2枚、裏の「と」が3枚出ました。

「と金が3枚です」

 本局では、先手は藤井七段と決まりました。

 将棋界では四段からプロの棋士として認められます。記録係の広森三段は19歳です。

 十代で三段は十分将来有望と感じられます。木村一基現王位は23歳で四段に昇段しました。

 一方で藤井七段は14歳2か月で四段。15歳9か月で七段。いずれも史上最年少のスピード昇段記録です。規格外と言うよりありません。

 藤井七段は7月19日に18歳の誕生日を迎えます。この夏から秋にかけて棋聖、王位と奪取すれば、タイトル2期獲得。昇段規定を満たして八段に昇段します。そうなれば加藤一二三現九段の持つ史上最年少八段昇段記録(18歳3か月)を抜くことになります。

 10時。

「それでは時間になりましたので、藤井先生の先手番でよろしくお願いいたします」

 広森三段が定刻になったことを告げて両者一礼。対局が始まりました。

 藤井七段はマスクを口元からずらし、ゆっくりとした動作で、グラスから冷たいお茶を飲みます。そして初手に飛車先の歩を突きました。

 対して2手目。後手番の永瀬二冠も飛車の上の歩を一つ前に進めました。

 3手目、藤井七段が角道を開けた後、報道陣は退出。カメラのシャッター音が止んで、対局室に静寂が戻りました。両対局者はほぼ同時にスーツの上着を脱ぎます。ワイシャツは、藤井七段は長袖。永瀬二冠は半袖派です。

 戦型は角換わりに進みました。

 13手目。藤井七段が早めに1筋の端歩を突いたのが比較的目新しい構想のようです。リーグ最終戦▲阿部健治郎七段-△藤井七段戦で指された手を、今度は藤井七段が先手番を持って採用したというわけです。

 端歩1つの手順の違い、形の違いで、後の展開が大きく変わることがあるのが、将棋の深いところです。加藤治郎名誉九段(1910-1996)の言葉を借りれば「端歩三十六景」。端歩の組み合わせパターンだけでも6×6で36通りの型があります。

 ▲阿部七段-△藤井七段戦はあまり類例のない乱戦になりました。

 本局▲藤井七段-△永瀬二冠戦は両者ともに早繰り銀に出ています。

 1筋の歩は両者が1つずつ突き合い、9筋の歩は永瀬二冠が2つ突いています。

 ABEMA解説の佐藤天彦九段と及川拓馬六段は次のように語っています。

佐藤「先手が9筋の位を取らせてその代わりに▲6八玉と上がるというのは、地味ながら、ちょっと少ない形ですかね」

及川「若干永瀬さんも研究範囲ではないような時間の使い方ではありますよね」

佐藤「微妙に経験したことのない形とは思うんですね。このへん、ちょっと違っただけで、細かい読みが違ってきますので」

 33手目。藤井七段は銀取りに歩を打ちます。

 11時55分。昼食休憩定刻の5分前、永瀬二冠は次の手をもう指さない旨を記録係に告げ、早めに休憩に入りました。

 王位戦挑決の持ち時間は各4時間。夕食休憩はなく、通例では夕方から夜に終局となります。昨年の挑決は20時15分。一昨年は19時59分に終わりました。

 本局の進行が気になって、仕事や学業が手につかない、という方も多いのではないかと思われます。早めに帰宅すれば、ちょうど中終盤の佳境が見られるあたりかもしれません。

 今年2020年は東京オリンピックが開催予定だったため、王位戦リーグも早めの開幕となりました。しかしコロナ禍でオリンピックは延期。王位戦の対局も延期され、途中からの進行は例年より遅くなりました。

 昨年2019年、王位戦挑決は6月6日におこなわれました。木村一基九段が羽生善治九段に勝ち、豊島将之王位への挑戦権を獲得しています。(肩書はいずれも当時)

 木村九段は史上最年長で初タイトル獲得を果たしました。

 木村王位は本日6月23日に誕生日を迎え、47歳となりました。

 昨年は木村王位の史上最年長での初タイトル獲得。そして今年は藤井聡太七段の史上最年少での初タイトル獲得の可能性が大きなトピックとなっています。なんとも運命的なめぐりあわせを感じずにはいられません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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