羽生善治九段、藤井聡太七段・・・これからの将棋界における「ゴールデンカード」といえば誰と誰の対戦か?

平成将棋界の覇者、羽生善治九段(記事中の写真撮影、画像作成:筆者)

「本当にゴールデンカードの対戦となりました」

 第3回AbemaTVトーナメント、予選Dリーグ第2試合大将戦。司会の鈴木環那女流二段が番組冒頭で「ゴールデンカード」と紹介したのは、羽生善治九段-藤井聡太七段戦でした。

 なるほど、これは「ゴールデンカード」と言われて納得感があります。

 かたやタイトル通算99期、永世七冠を達成した将棋界のレジェンドです。

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 かたや史上最年少四段として鳴り物入りでデビュー、史上最高のハイペースで勝ち続け、史上最年少タイトル獲得の可能性がある新時代の覇者候補。

 両者ともに現代将棋界を代表する大スターです。何をおいても、まず羽生九段-藤井七段戦を一番見たいという方は多いでしょう。

 一方で羽生九段、藤井七段は現在ともに現役タイトルホルダーではありません。校正者的な観点からすれば、これは「ゴールデンカード」と言い切っていいものか、という疑問が呈されるのかもしれません。

 将棋界では厳密に定義される言葉と、そうでない言葉があります。

 たとえば実社会で比較的ゆるく使われる「名人」は定義が狭い。将棋界において単に「名人」といえば、同時代に1人しか存在しない、現段階における名人戦の覇者を差します。

 名人位通算9期、19世名人資格者を「羽生名人」と呼んでも違和感はほとんどありません。しかし現在、その表記が校正段階で見つかれば「羽生九段」と直されます。

 一方で「トップ棋士」という言葉であれば、それは定義されていません。広ければ実力ベスト20位プラス過去に大きな実績のあるベテラン、ぐらいのイメージでざっくり使われているようです。

 同様に「ゴールデンカード」の定義もありません。同時代に「ゴールデンカード」と呼ばれる組み合わせが何組あるのかも、おそらくははっきりしません。

 たとえば「ゴールデンカードとは現段階に序列1位と2位の棋士の対戦のみ」と定義してしまえばそれは簡明に、1組だけになります。ただ、それではちょっと素っ気なさすぎるような気もします。

 辞書を引いてみましょう。

ゴールデン【golden】

「黄金製の」「金色の」、また、「すばらしい」「最高の」の意。

カード【card】

(1)厚紙を小形の四角形に切ったもの。紙票。「単語―」「クリスマス‐―」

(2)カルタ。トランプ。

(3)プリペイド‐カード・クレジット‐カードなどの総称。

(4)(スポーツ試合の)組合せ。「好―」

出典:『広辞苑』第7版

 ちなみにいまYahoo!で検索してみたところ、「ゴールデンカード」とはグレードの高いクレジットカード(ゴールドカード)、カードゲームにおけるカードなどが出てきました。

 将棋界の「ゴールデンカード」は辞書的な定義からすれば「素晴らしい、最高の組み合わせの対局」ということになりそうです。

 対戦カード別の対局数歴代上位は以下の通りです。

記事中の画像作成:筆者
記事中の画像作成:筆者

 大山康晴15世名人-升田幸三九段。中原誠16世名人-米長邦雄永世棋聖。羽生善治九段-谷川浩司九段。これらはまさに、その時代ごとの最高の組み合わせです。

 ではこれらのカードはいつ頃から「ゴールデンカード」と称されるようになったのでしょうか。

 その初出をいま筆者は知りません。手元で利用できる新聞データベースで「将棋 ゴールデンカード」で検索すると、まずヒットするのが以下の記事です。

 平成の名勝負と呼ばれるゴールデンカードのこの対決。一昨年は将棋界初の一億円プレーヤー、昨年は名人位獲得、史上初の六冠達成と将棋界の話題を集めてきた羽生が、王将戦の挑戦者に初めて名乗りを上げた。

出典:「毎日新聞」1995年1月26日夕刊

 これは谷川浩司王将に羽生善治六冠が挑む歴史的な王将戦七番勝負でした。筆者の記憶では「ゴールデンカード」とは主に羽生-谷川戦をさす言葉として、この頃から使われてきたように思われます。

 2000年度の棋聖戦五番勝負第1局、谷川浩司棋聖-羽生善治四冠戦は両者にとっては通算100局目となる対局でした。当時の展望記事には島朗八段(現九段)の以下のコメントがあります。

「以前は二人の実力が突出していたが、今はライバルが増えて、お互いがお互いだけを見ていればいいという時代ではなくなった。そんななかでの最高のゴールデンカードで、華のある、見ていて本当に楽しい、手に汗握るカードだといえると思います」

出典:島朗『産経新聞』2000年6月6日朝刊

 2001年王将戦七番勝負に関する記事では次のような記述が見られます。

21世紀の将棋界はゴールデンカードの対決で幕を開けた。

出典:週刊将棋編『将棋タイトル戦30年史』(1998-2013年編)

 以上の通りで、平成前半に「ゴールデンカード」といえば、ほぼ羽生-谷川戦の同義として使われてきました。

 平成後半、西暦では2000年代半ばからは、羽生-谷川戦の他に、羽生九段が森内俊之九段、佐藤康光九段、渡辺明三冠ら(肩書は現在)を相手とすると「ゴールデンカード」と呼ばれるようになってきました。

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 2004年名人戦第1局、羽生善治名人-森内俊之挑戦者戦の前夜祭。当時の中原誠将棋連盟会長は以下のようなあいさつをしています。

「由緒ある新勝寺での対局。ともに2冠なので、勝てば第一人者となるゴールデンカード。ともに体調に気をつけて頑張ってほしい」

出典:「毎日新聞」2004年4月13日千葉地方版

 この時、羽生名人は王座をあわせ持つ二冠。また森内挑戦者は竜王・王将の二冠でした。

 2016年度A級順位戦、羽生善治三冠(王位・王座・棋聖)-渡辺明竜王(棋王)戦は次のように表現されています。

 本局は3冠と2冠の対戦で平成のゴールデンカードといえる羽生と渡辺の対戦である。

出典:椎名龍一観戦記「毎日新聞」2016年12月23日朝刊

 最近指された2019年度A級順位戦最終9回戦、羽生九段-佐藤康光九段戦の観戦記では、次のように書かれています。

タイトル戦で21回戦い、年に20局以上指したこともあるが、最近は1、2局程度。本局は前期順位戦以来の顔合わせだった。解説の阿部光瑠六段は、久しぶりのゴールデンカードを同門の香川愛生女流三段たちと熱心に検討していた。

出典:君島俊介観戦記「朝日新聞」2020年4月30日朝刊

 さて、調べてみて改めてわかったのは「ゴールデンカード」という言葉は平成に入って頻繁に使われ始めたものの、その組み合わせはごく限られていた、ということです。

 具体的には、平成前半では羽生-谷川戦。平成後半以後では羽生-佐藤康光、羽生-森内、羽生-渡辺戦ぐらいで、他ではあまり使われた例はないようです。

 以上の例を踏まえると「ゴールデンカード」とはまず片方の対局者が羽生九段であること、と言えそうです。

 それは冗談として(冗談でもないかもしれませんが)もっと一般的に定義すれば「タイトル永世資格獲得レベルの実績がある超一流同士で、多くの対局を重ねたカード」あたりになるのでしょうか。

 藤井聡太七段はまだ17歳。タイトル獲得などの実績では、以上名前が挙がったレジェンドクラスの棋士と比べれば、もちろんこれからです。また羽生九段-藤井七段戦は公式戦ではまだ3回しか対局がありません。

 にもかかわらず、羽生九段-藤井七段戦が「ゴールデンカード」と称されても、すでに違和感はほぼないと感じる人がほとんどかもしれません。

 もし今期竜王戦挑戦者決定戦三番勝負や、以後のタイトル戦番勝負で羽生九段-藤井七段戦が実現し、公式戦対局数が積み重なっていけば「令和のゴールデンカード」という表現も、自然と定着してきそうです。

 また今後、現役で複数のタイトルを持つ渡辺三冠、豊島将之竜王・名人、永瀬拓矢二冠などがさらにタイトルを積み重ねて、それらの棋士同士で対局を重ねていけば、もちろん自然と「ゴールデンカード」と呼ばれるようになるのでしょう。

 今から二十、三十年後、百局前後の対戦記録が残されるカードは誰と誰か。将棋界の未来を思い描きながら、予想しておくのも面白いかもしれません。