両者17歳、羽生善治五段と森内俊之四段が対戦した1988年早指し新鋭戦決勝

(記事中の画像作成:筆者)

 先日アンコール放映された1988年度のNHK杯▲羽生善治五段(18歳)-△加藤一二三九段(49歳)戦。筆者がネット上で目にした限りでも、大変な反響が見られました。

 当時の羽生少年のあまりの強さに、改めて目をみはった方も多いのではないでしょうか。

 さて、将棋界における多くの栄冠を勝ち取ってきた羽生善治現九段(49歳)ですが、わずかに取り逃した勲章もいくつかあります。そのうちの一つが早指し新鋭戦の優勝です。

 かつてテレビ東京では、2つのテレビ棋戦が放映されていました。

 1つは1972年度から2002年度まで開催された早指し将棋選手権。全棋士が参加し、上位のシード勢と予選を勝ち抜いた棋士が本戦に出場する形式でした。羽生九段は1992年度、1995年度、2002年度(最終回)の3回優勝を飾っています。

 もう1つは1982年度から2002年度まで開催された早指し新鋭戦。参加するのは成績優秀な若手棋士でした。

 本記事冒頭に掲げた1988年度の早指し新鋭戦のトーナメント表を見ると、なるほど当時の若手精鋭の名がつらなっています。

 左端シードの島朗六段は若手の代表格。この年度、第1期竜王戦を勝ち上がって竜王位に就いています。

 その島六段を降して決勝戦に勝ち上がったのは森内俊之四段でした。森内四段は前年の1987年度新人王戦において17歳0か月で優勝。これは後まで長く続いた最年少記録でした。その記録を2018年度に更新したのが、16歳2か月で優勝した藤井聡太七段です。

 右端の羽生五段は2回戦で櫛田陽一四段と対戦。櫛田四段もまた大物新人で、1987年度全日本プロトーナメントでは快進撃を続け、最後は谷川浩司王位に優勝を阻まれたものの、四段ながら決勝三番勝負に進出しています。

 櫛田四段得意の四間飛車に対して、羽生五段は早仕掛けで臨みます。櫛田四段はうまく指し、終盤では勝勢を築いていました。

 そして最終盤、羽生玉には13手詰みが生じます。しかし櫛田四段は詰みを逃して大逆転。若き日の羽生五段は、こうした逆転劇を毎度のように演じていました。

 羽生五段にとってはこの櫛田四段戦の勝利は、ちょうど節目の100勝目にも当たりました。

 準決勝は中田宏樹四段との対戦。今度は羽生五段が四間飛車を採用しています。どんな戦型でも指しこなすのが羽生五段のスタイルで、それは現在に至るまで変わっていないようです。

 終盤は中田四段が指せそうにも見えました。しかし羽生五段に鋭い寄せが出て、羽生五段の勝ちとなりました。

 決勝に勝ち進んだ羽生五段と森内四段。公式戦ではこれが2回目の対戦でした。初手合(1988年天王戦四段戦)では羽生勝ちとなっています。

 先手番の森内四段は、角換わりから棒銀に出ます。

 棒銀を受けて立った側の羽生五段。この年度、後にNHK杯で加藤一二三九段を相手に逆に棒銀に出ました。そして歴史的な妙手▲5二銀を指し、快勝を収めています。

 森内戦での羽生九段の棒銀対策は、筋違い角でした。終戦後から何度も指されてきた、古くて新しい形です。

 40手目。羽生五段は△5四歩と突きました。5五にいる銀を追う強気の受けの手です。しかしそれは羽生五段には珍しい大ポカでした。天才羽生少年もまた人間ですので、ごくまれに、そうしたミスも生まれます。

 対して森内四段はチャンスを見逃しませんでした。銀を逃げず、空いた空間に▲5三銀と打ち込みます。

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 41手目にして、形勢は森内四段大優勢となりました。居玉の真上に銀を打たれた羽生五段はしびれています。

 (1)△5五歩と銀を取れば、▲2五飛(△同飛ならば▲4二銀まで)という気持ちのいい手があります。

 羽生五段は(2)△6二金と急場をしのぎました。しかしそこで▲4四銀上という、これもまた気持ちのいい手が生じています。

 筆者手元のソフト(水匠2)ではこの時点で評価値にして2000点近いほどの差がついていると判定します。

 いかに天才羽生五段をもってしても、どうしようもないのではないか。そんな局面から羽生五段はあの手この手で手段を尽くし、勝負を捨てません。

 そして森内四段がはっきりとした悪手を指したわけでもないのに、盤上には次第に怪しい雰囲気が漂ってきます。

 63手目。森内四段は飛車取りに角を打ち込みます。水匠2が示す評価値は、この時点ではゼロに近く、逆転模様であることを物語っています。ソフトは飛車を逃げずに角を取り、攻防に端角を打てば形勢はほぼ互角であると判定します。

 猛烈に追い上げた羽生五段でしたが、そこからはまた最善を逃したようです。最後は森内四段が再び突き放して、ゴールへとこぎつけました。

 総手数は93手。森内四段が前年の新人王戦に続いて、若手棋戦での優勝を飾りました。

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 この年度の新人王戦でも羽生五段と森内四段は勝ち上がって決勝三番勝負で対戦。そこでは羽生五段が2連勝し、新人王戦初優勝を達成するとともに、森内四段の2連覇を阻止しました。

 翌1989年度早指し新鋭戦でも、またまた両者は対戦。そこでは森内勝ちで、こちらでは2連覇を達成しています。

 その1989年度。将棋史的には、19歳の羽生竜王が誕生した年として位置づけられるでしょう。羽生竜王はその後、早指し新鋭戦には参加することなく、優勝なしでの卒業となりました。