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成れる飛車をあえて成らない、将棋の実戦で現れた激レアな妙手! 打ち歩詰回避の飛車不成(ならず)

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 あえて成れる飛車を成らない。そんな飛車の不成は、時間という盤外の要素によっても、ごくまれに指されます。

 一方で、盤上の最善手としても、飛車の不成は現れます。なぜそんな不思議なことがあるかというと、将棋には「打ち歩詰め」というルールがあるからです。

詰将棋における打ち歩詰めと飛車不成

 図は昔から多くのバリエーションを生んできた詰将棋の基本的な形です。

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 さて、どうしましょうか。最初は飛車で歩を取って王手をするよりなさそうです。

 まず常識的なのは▲3一飛成です。詰将棋では、残った駒はすべて玉側(玉方)が使うことができます。▲3一飛成の王手には駒を打って「合駒」をするよりなさそうです。△2一銀と打たれてみると、どうでしょうか。

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 次に▲1二歩と打てば詰んでいるようにも見えます。しかし、そうではありません。これは最後に歩を打って詰ませる「打ち歩詰め」の禁じ手というレアケースに陥っていて、失敗となります。

 最初の図に戻りましょう。初手は▲3一飛不成が正解でした。

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 成れる飛車を成らない方がいい。それが正解となるのが、将棋の不思議なところです。飛車をわざとパワーアップさせないことによって、今度△2一銀合には▲1二歩と打つことができます。

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 3一にいる駒が龍ではなく飛車であるために、相手玉は「打ち歩詰め」ではなく、△2二玉と逃げることができます。以下▲3二桂成△同銀▲1一飛成までで、ぴったり詰みとなります。

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 飛車、角、歩の不成と打ち歩詰めをテーマにした詰将棋は古来、多く創作されてきました。

 ちなみに天才・藤井聡太七段は、9歳の時に打ち歩詰めをテーマとした素晴らしい詰将棋を作っています。

黒沢四段の飛車不成

 詰将棋と違って、実戦で飛車、角の不成が妙手として現れた例は、数えるほどしかありません。歩の不成が最善手だったという例は、寡聞にして筆者は知りません。もしどなたかご存知であれば、教えていただきたいところです。

 角の不成は、有名なところでは1983年の王位戦リーグ▲谷川浩司名人-△大山康晴15世名人戦で現れた▲4三角引不成という例があります。実戦における打ち歩詰めをめぐっての角不成の例は他にもいくつか例があって、いずれまたまとめてみたいと思います。

 実戦で現れるレア度としては、歩不成>>飛不成>角不成というところでしょうか。

 さて、1図は▲富岡英作八段-△黒沢怜生四段(現五段)戦(2015年1月・棋王戦予選)で現れた終盤の局面の部分図。後手の黒沢四段(現五段)は角をただで捨て、次に飛車を切って捨てるという華麗な収束を見せている途中です。

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 ここでは△5九飛成とする一手のようにも見えます。しかしそれに対しては合駒を打つのではなく、▲4九金引という、うまい受けがあります。

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 この変化図は△3八歩が打ち歩詰めとなります。これは詰みません。

 戻って1図では妙手があります。それが△5九飛不成(2図)です。

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 2図で▲4九金と引いても△3八歩が打ち歩詰めになりません。

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 以下は▲4八玉△5七飛成までです。

 実戦は2図で▲4九歩合として△3八歩までで投了となりました。以下は▲3八同金△同銀成▲同玉△2七金打▲4八玉△5七飛成▲3九玉(3図)と進みます。

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 またもや打ち歩詰めが登場しました。ここでも△3八歩とは打てません。しかし△3八金と捨てる好手があります。以下▲同玉△4七龍(4図)と進みます。

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 ここから▲3九玉と逃げると、金を捨てた効果で△3八歩が打ち歩詰めにならず、以下▲2八玉△2七金までで詰みます。戻って▲4九歩合ではなく▲4九香合とすることができれば詰みませんが、実戦では持ち駒に香がありませんでした。

橋本八段の幻の飛車不成

 A図は▲八代弥五段(現七段)-△橋本崇載八段戦(2016年12月、朝日杯二次予選)の部分図です。

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 八代五段が攻めの手を指して、次に後手の橋本八段がどう指すか。実戦では橋本八段は受けにまわり、結果は橋本八段の勝ちとなりました。ただし図では先手玉に詰みがありました。

 まずは△5九飛不成(B図)から入ります。

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 不成の効果は後に現れます。B図からは▲4九銀合△2八銀(C図)と進みます。

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 C図から▲4八玉は△4九飛成▲同玉△5八銀▲4八玉△5九銀不成▲4九玉△4八歩という順で詰みます。

 C図で▲2八同金と取れば、△同香成▲同玉△2七金▲3九玉(D図)と進みます。

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 ここまで進むと、飛車不成の効果がおわかりいただけるかと思います。D図でもし5九にいるのが飛車ではなく龍ならば△3八歩は打ち歩詰めとなります。D図からは△3八歩▲4八玉△5八と▲同銀△3九飛成(E図)という習いある筋で詰みとなります。

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東五段の飛車不成

 春図は▲福崎文吾五段(現九段)-△東和男五段(現八段)戦(1980年王座戦一次予選)の部分図です。後手の東五段が飛車を1枚捨て、鮮やかな詰み手順に入りました。現在は△6六歩の王手に▲同玉と応じたところです。

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 春図で△6八飛成はどうでしょうか。▲6七歩合は△5七龍▲同玉△5八金▲6六玉△6五歩という筋で詰みます。

 しかしたとえば▲6七銀合とされると、△6五歩が打ち歩詰めとなって詰みません。

 春図では△6八飛不成(夏図)という妙手がありました。

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 実戦はここで終局となっています。今度▲6七銀合には△6五歩(秋図)と打つことができます。

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 6八にいる駒が龍ではなく飛車なので、△6五歩が打ち歩詰めになりません。以下は▲7七玉△8八飛成(冬図)で詰みです。

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無限に近い将棋の可能性

 以上、実戦で現れた、打ち歩詰めに関連する飛車不成がらみの妙手をご紹介しました。

 これらの局面をコンピュータ将棋で、詰み探索モードで読ませると、瞬時に正解を出します。飛角歩の不成を含め、コンピュータは人間の盲点となりそうな手をもらさず読みます。それは既に四半世紀近く前から変わりません。

 一方で、現代のおそろしく強くなったコンピュータ将棋の実戦モードで、たとえば春図の実戦の局面を読ませると、どうでしょうか。筆者の手元のソフトでは、実は後手の勝ち筋を発見できず、後手の負けと判定します。実戦モードでは、飛角歩の不成を含む詰み手順は検知しないからです。

 ▲清水上徹アマ-△早咲誠和アマ(朝日アマチュア名人戦三番勝負第3局、2010年)戦では、受ける方が飛車を不成で動かして、打ち歩詰めを打開させないという筋が現れました。

 図面が多くなったので本稿では詳しくは触れませんが、そちらもまた、奇跡的な順でした。

 飛車の不成の筋が出てくるのは、打ち歩詰めがらみだけではありません。都成竜馬現六段が出題した以下の問題は「連続王手の千日手」の禁じ手をテーマに、飛車不成の変化が出てくる傑作です。

 自力で問題の趣旨を理解して、すべての変化を読み切ることができれば、都成六段の言う通り、プロ級の実力者かもしれません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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