大地震さなかのA級昇級決定戦 2011年3月11日、B級1組順位戦最終局・屋敷伸之九段-松尾歩七段戦

(記事中の画像作成:筆者)

 今から9年前の2011年3月11日。この日、将棋界ではB級1組順位戦最終局がおこなわれていました。全6局のうち、3局は東京、3局は大阪での対戦でした。

 昇級2枠のうち、1人は決定済み。佐藤康光九段が1月の11回戦終了次点で、A級復帰を決めていました。

 もう1人は最終戦の7勝4敗決戦、屋敷伸之九段-松尾歩七段(現八段)の勝者にしぼられました。両者ともに初のA級昇級をかけての戦いとなりました。

 先手は屋敷九段で戦型は横歩取り。当時の最先端の進行となりました。角交換の後、37手目、屋敷九段は自陣に角を打ちます。中盤の難所です。松尾七段は長考に沈みました。

 そして14時46分。あの大地震が起こりました。東京・将棋会館でのすべての対局は、そこでいったん中断されています。

 16時に対局はいったん再開。しかし16時10分に余震のため、再び対局は中断されます。

 対局は続けるべきかどうか。将棋連盟の執行部(理事会)は難しい判断を迫られました。翌日12日におこなわれる予定だった三段リーグ最終戦は23日に延期と決められています。

 お隣の囲碁界の例を見てみましょう。都内の日本棋院において、女流名人戦三番勝負第2局・謝依旻女流名人(21歳)-向井千瑛四段(23歳)という重要な対局が進行中でした。挑戦者の向井四段は第1局に勝利。ここで勝てばタイトル獲得という一番でした。

(前略)午後3時前に地震のために中断した。大きく揺れたため7階の対局者をはじめ、立会人の淡路修三九段ら関係者は階段で1階に避難。しばらくしておさまり、午後4時に対局再開のため戻ったが、再び大きな余震がおこり、淡路九段、日本棋院渉外部が話し合い「とても対局できる心理状態ではない」という判断で中断を決めた。白58手目で打ち掛け(一時中断)にし、黒59手目を謝女流名人が封じ手を行い、15日午後2時から再開することになった。

日本棋院によると地震で対局が打ち掛けになり、日を改めることになったのは例がないという。

出典:「産経新聞」2011年3月12日夕刊

 15日再開の予定もさらに延期され、23日にようやく再開。謝女流名人が勝って、1勝1敗のタイに追いつき、最終第3局も勝って逆転防衛を果たしています。

 東京・将棋会館で対局中だったB級1組順位戦は、18時に再開されました。屋敷九段、松尾七段、そして他の全ての対局者も、大地震という異常事態の中で、普段の通りの心境で対局に臨み続けるのは難しかったことでしょう。

 2度の中断をはさんで38手目。松尾七段もまた自陣角を打ちました。そして桂を跳ね出し、後に引けない決戦に出ます。

 屋敷九段は強気に迎え撃ちました。そこで松尾七段は角を切ってさらに踏み込むか、それともいったんは角を引いて撤退するかの二択を迫られました。

 松尾七段は長考で角を引きました。ここで形勢に優劣がついたようです。屋敷九段は松尾七段の攻めを受け止め、桂を得して優勢となりました。

 77手目。屋敷九段が反撃に転じたところで、松尾七段は投了しました。終局時間は23時34分でした。

 屋敷九段はこれで初のA級昇級を果たしました。新聞報道では次のように伝えられています。

電話がつながりにくくなっていたため、棋士の家族の安否確認などは、東京に代わって関西本部が行ったと言う。

(屋敷伸之九段は)最終戦は松尾歩七段との直接対決。勝った方が昇級するという大一番だった。東日本大震災の影響でたびたび対局が中断。妻子が無事と確認できてからは集中し、8勝目を挙げた。

出典:「朝日新聞」2011年3月17日夕刊

 屋敷九段は順位戦参加22期目でした。史上最年少でタイトル挑戦、獲得を果たした早熟の天才が、A級昇級を果たすのには、史上最長の期間を要したことになります。(下表参照)

 一方の松尾現八段にとっては、惜しみて余りある敗戦でした。松尾八段は現在もB級1組に在籍し続けています。一度はA級昇級を、というのが松尾ファンの切なる願いでしょう。

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