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広瀬章人八段(33)終盤の逆転でブレイク 王将戦七番勝負第5局で渡辺明王将(35)を降して3勝2敗

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 3月5日、6日。大阪市・KKRホテル大阪において王将戦七番勝負第5局▲渡辺明王将(35歳)-△広瀬章人八段(33歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。5日9時に始まった対局は、6日19時36分に終局。結果は162手で挑戦者の広瀬八段勝ちとなりました。

 広瀬八段はこれで3勝2敗。初の王将位獲得に、あと1勝と迫りました。

 第6局は3月13日・14日、佐賀県上峰町・大幸園でおこなわれます。

終盤で逆転のドラマ

 両者ともに有利な先手番を「キープ」しての第5局。対局の舞台は大阪へと移りました。

 本局は渡辺王将の先手。序盤は矢倉模様となりました。近年はこの立ち上がりから、すぐに戦いが始まることが多くなりました。

 しかし本局は互いにしっかりと金銀3枚の矢倉を組み合います。そして先後同型の「脇システム」となりました。これは脇謙二八段(59歳)の名を冠した戦型で、藤井聡太七段も採用するなど、最近でもしばしば見られる形です。

 1日目午後。渡辺王将は、これまでに見られなかった指し方で先攻しました。戦いが起こり、59手目、渡辺王将が広瀬陣に角を打ち込んだ局面で、広瀬八段が60手目を封じて1日目が終了しました。

 2日目。広瀬八段の封じ手は渡辺玉の頭、飛車先の歩を突き捨てる手でした。形勢はほぼ互角のまま、中盤戦が進んでいきます。

 渡辺王将は角を成って馬を作り、広瀬八段の攻撃陣を攻めます。俗にこうした手段を将棋界では「B面攻撃」とも言ってきました。これはレコードのA面、B面に由来する言葉です。現代の若い皆さんに、すんなりイメージしていただけるものでしょうか。

 渡辺王将は広瀬玉からは遠いところに銀を打って桂香を取ります。駒は得をしても、持ち駒の銀を投資するリターンが十分に見込めるかは、ケースバイケースとも言えます。本局では、渡辺王将は取った桂を攻めの急所に据え、どうやらリードを奪ったようです。

 渡辺王将は広瀬陣の本丸攻略を目指し、馬を巧みに近くまで寄せます。終盤に入ったところでは、渡辺王将がはっきりと優勢を築きました。

 しかし強者は、ここからがしぶとい。終盤力に定評のある広瀬八段もまた、中段に玉を泳ぎだしてしぶとく粘ります。

 渡辺王将は、はっきりとした決め方を見出すことができません。8時間の持ち時間は残りわずかとなり、両者ともに切迫した状況の中で、難しい終盤戦を戦い続けました。そして形勢は次第に混沌としてきます。

 秒読みの中、厳しく攻め立てられていた広瀬玉に、ついにわずかに余裕が生まれました。一分将棋の中、広瀬八段は反撃に転じます。

 広瀬八段が渡辺玉をほぼ受けなしに追い込み、勝負は広瀬玉が詰むや詰まざるやの一点にしぼられました。

 渡辺王将は広瀬玉に王手をかけ続けます。しかし正確に受ければ、広瀬玉はきわどく詰みを逃れています。そして広瀬八段は間違えませんでした。

 広瀬玉は渡辺陣二段目まで逃げ込んできました。渡辺王将の方も途中からは、広瀬玉が詰まないことはわかっていたことでしょう。しかしそれでも追い続けます。

 渡辺王将が王手をかけ始めて26手目。観戦者にも広瀬玉が詰まないことがはっきりわかるまで指して、渡辺王将は投了しました。

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 挑戦者の広瀬八段はこれで七番勝負3勝2敗。後手番での勝利、つまり「ブレイク」を決めて、今シリーズ初めて白星が先行しました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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