Yahoo!ニュース

藤井聡太七段(17)朝日杯3連覇ならず 準決勝で若手実力者・千田翔太七段(25)に敗れる

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月11日。東京・有楽町朝日ホールにおいて第13回朝日杯準決勝▲千田翔太七段(25歳)-△藤井聡太七段(17歳)戦がおこなわれました。10時31分に始まった対局は12時5分に終局。結果は115手で千田七段の勝ちとなりました。

 前期朝日杯ベスト4の千田七段は、初の決勝進出。

 一方で藤井七段の大会3連覇はなりませんでした。

千田七段、実力を発揮して決勝進出

 藤井七段は大会2連覇中。今期は菅井竜也七段、斎藤慎太郎七段を連破して、3連覇にあと2勝と迫っていました。

 反対の山からは阿久津主税八段と永瀬拓矢二冠(叡王・王座)が勝ち上がっています。

 注目の準決勝、決勝は公開対局でおこなわれます。

 10時22分、千田七段、藤井七段がともに舞台の上に登場。

 対局開始前には上位者が駒箱を手にして駒箱を開け、駒袋を取り出してひもをほどいて、盤上に駒を開きます。それを両者が譲り合う場面が見られました。

 これはどちらが上位か、難しいところです。

 千田七段、藤井七段はともに同じ段位です。

 年齢は千田七段が年長です。四段に昇段して棋士となったのも、千田七段は2013年4月、藤井七段は2016年10月と、千田七段が先輩。棋士になった順に割り振られる「棋士番号」は千田七段が291、藤井七段が307です。

 七段に昇段したのは、藤井七段が2018年、千田七段が2019年と、藤井七段がわずかに先行しています。棋士の序列(席次)は伝統的に、同じ段位の場合には、先に昇段した方が上位です。これは江戸時代からの慣例のようです。

 ただし現代では現実的な運営として、同段の場合には、どちらが先に四段に昇段したか(どちらの棋士番号が小さいか)で上位を決めています。

 またこの棋戦、朝日杯では、藤井七段は2連覇中の選手権者です。そういった意味では、藤井七段が上位と言えるかもしれません。

 どちらが事前に駒箱を手にするか。運営側が事前に決めて、両対局者に了解を得ていれば、譲り合いは起こりません。しかしこうしたところは対局者同士の判断にゆだねるところが、将棋界の慣例でもあります。

 少しのやり取りの後で、藤井七段が駒箱を手にしました。そして駒を盤上に開いて、上位者が手にする「王将」を所定の位置に並べました。対して千田七段は「玉将」。両者大橋流で駒を並べていきます。

 対局少し前、千田七段が運営側に何かを指摘していました。時間を表示するタブレットが動いていないのではないか、ということだったようです。千田七段は将棋界屈指のデジタル派です。IT機器にも詳しい。また、こうした目配りができるあたりに、千田七段に落着きが見られる、とも言えるでしょうか。

 本局、世間は圧倒的に藤井七段を応援する声が多いと思われます。一方で千田七段となじみの深いコンピュータ将棋の関係者からは、千田七段に対する声援が見られました。

 定刻の10時30分から1分ほど遅れて、対局が開始されました。

 振り駒の結果、先手は千田七段。初手は飛車先の歩を伸ばしました。対して藤井七段も同様に進めます。そして戦型は大方の予想通り、角換わり腰掛銀となりました。

 朝日杯の持ち時間は40分。序盤から中盤の半ばまでは、事前の研究で進めていき、中盤で未知の進行となった後の奥深いところ、そして終盤戦に時間を残して戦うのが一般的なペース配分です。特に角換わり腰掛銀は現代の最前線で、どれだけ用意をしてきたのかが勝敗に大きく影響します。

「今は角換わりで『前例を知らない』は許されない」

 解説の佐々木勇気七段はそう語っていました。

 戦いが始まり、華々しくも前例のある進行の後、千田七段が新工夫を見せます。

佐々木「まったく知らない手が飛んできました。千田さん独自の研究が出ました。千田さんが温めていた構想なんでしょうね」

 局後の千田七段のコメントでは、秘策というわけでもなかったようですが、それはおそらく謙遜で、実際には相当な準備があったものと推測されます。

 形勢はほぼ互角です。しかし研究勝負という点では、千田七段がまずは一本を取ったのかもしれません。時間は大差で千田七段が優位に立ちます。

 65手目の段階で、千田七段の消費時間がわずかに4分。対して藤井七段は40分を使い切って、ここからは一手60秒未満で指す「一分将棋」となりました。これだけ相対的に時間に差がついたのは、記録的なことでしょう。

 藤井七段が秒を読まれ、60秒未満ギリギリで指すのに対して、時間がある千田七段の方はほとんど時間を使わずに、すぐに指します。藤井七段は盤上とともに、時間においてもシビアな戦いを迫られました。

「千田七段はこのあたりまで考えてるんでしょうから、恐ろしい時代ですよね」

 と解説の郷田真隆九段。

 藤井七段の攻めに応じる形で、千田七段は自陣をしっかりと補強した後、満を持して反撃に転じました。

 椅子に座っている藤井七段、前のめりになって、天井のカメラには頭が映ります。形勢は差がついて千田七段優勢。しかし藤井七段は最善を尽くして、そう簡単に土俵は割りません。

 千田七段の方も、やや攻めあぐねている気配がありました。形勢はいつしか不明にまで巻き戻っていたかもしれません。

 しかし藤井七段はずっと時間がありません。秒に読まれながら馬取りに打った銀が、おそらくは敗着となりました。千田七段はそこで初めて勝勢を意識したそうです。

 千田七段は馬を切って、着実に寄せていきます。そしてもう逃しません。藤井七段は自玉が受けなしに追い込まれたのを見て「負けました」と頭を下げました。

 千田七段はこの後、決勝で▲永瀬拓矢二冠-△阿久津主税八段戦の勝者と対戦します。(本局が終わった後もまだ対戦中です)

【追記】12時31分、永瀬二冠が勝って決勝進出を決めました。

千田「藤井さんを破って決勝に進みましたので、決勝もいい将棋を指したいと思います」

藤井「今日はご観戦いただきまして、ありがとうございました。粘り強く指すことができなかったのは残念なところですが、決勝戦を見てまた勉強したいと思います」

 藤井七段、そして藤井ファンにとっては残念な結果となりましたが、現代将棋の最前線ともいうべき好局でした。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事