将棋の棋士は何歳ぐらいまでを「若手」と呼べるのか?

2011年王将戦七番勝負で豊島将之六段(20歳)が携えていた信玄袋(撮影:筆者)

 先日放映された「情熱大陸」では、20歳の若さで囲碁界のトップクラスで活躍する芝野虎丸二冠(名人・王座)が取材されていました。

 番組のナレーション上、日本囲碁界の第一人者の井山裕太三冠(30歳)は「ベテラン」と紹介されていました。これには正直なところ、筆者はやや驚きました。同様に違和感を覚えた人もいたようです。

 しかし考え直してみれば、井山現三冠は中学1年、12歳の時に囲碁棋士としてデビュー。十代の早い段階で頭角を現し、二十代の間ずっとトップクラスで、活躍を続け、囲碁史上初の七冠同時制覇も達成しています。そのキャリアの長さと圧倒的な実績を考えれば「ベテラン」という表現もおかしくはない、とも言えるのでしょうか。

 井山三冠自身も28歳の時には、既に自身を「ベテラン」と認識していました。

 将棋界では、羽生善治現九段は中学3年、15歳で棋士となり、25歳の時に、七冠同時制覇を達成しました。この時の羽生七冠は「若手」と呼べるでしょうか。年齢的には「若手」と呼んでも不思議はなさそうです。しかしそれが適切かどうかは、見解が分かれるところでしょう。

 「若手」「ベテラン」の区分はもちろん、相対的なものです。分野によっては、二十代でベテランということもあれば、六十代で若手ということもあるでしょう。

 では、将棋界ではどうでしょうか。たとえば「若手」という言葉には、定まった定義はありません。

 筆者はTwitterの個人アカウントでアンケートを取ってみたところ、おおよそ、次のような回答結果を得ました。

 上記の選択肢の中では、一般的には「二十代後半ぐらいまで」とイメージしている人が多いようです。

 将棋界では、史上最年少の14歳で四段に昇段した藤井聡太現七段のように、実力さえあれば、制度上はどれだけ若くとも棋士になることができます。

 羽生九段や藤井七段のように、中学卒業前に四段昇段を決めた特別に早熟な天才は、過去に5人存在します。そこまで早くなくとも、高校に通う年代で四段となった棋士はかなりいます。高校、大学を卒業してから就職という一般的な分野と比較すれば、将棋の棋士は、職業人として早めのスタートを切ることが可能です。

 一方で、現行の制度では多少の例外規定はあるものの、棋士となる年齢の上限については、26歳という制限があります。棋士の養成機関である奨励会で規定の成績を収め、26歳までに四段になれなければ、そのコースからの棋士への道は閉ざされます。

 また現在の新人王戦の参加資格は、基本的には「26歳以下」「六段以下」という線引が設けられています。規定という例を示せば、そのあたりが若手かどうかを分ける基準にもなるかもしれません。

棋士、女流棋士自身による「若手」「ベテラン」のイメージ

 1995年、「朝日新聞」紙上に掲載された第14回全日本プロ将棋トーナメント(現在の朝日杯の前身棋戦)の展望記事中において、以下の3者が出席しました。肩書、年齢は当時です。

関根茂九段(67歳)

佐藤康光前竜王(25歳)

清水市代女流三冠(25歳)

 以下はその時のやり取りです。(記事中に当時の段位、年齢を補いました)

関根 谷川王将(33歳)がシードで、脇さん(謙二七段、35歳)や塚田さん(泰明八段、30歳)も勝って、若手とベテランの中間が頑張っている。

――若手というのは、何歳までを言うんでしょう。

関根 少し前に、石田君(和雄九段)(48歳)のことを若手といったら笑われた。

佐藤 僕自身(25歳)はもう若手という意識はないですね。せいぜい22、3歳までという感じです。

清水 女流の若手といえば十代ですね。

出典:「朝日新聞」1995年9月10日朝刊

 清水市代女流三冠(当時)の「女流の若手といえば十代」という見方は、実感がこもったものなのでしょう。記事中には具体的に清水三冠門下の石橋幸緒(女流1級、14歳)、矢内理絵子(女流初段、15歳)の名が「若手」の例として挙げられています。後に両者はいずれも十代のうちにタイトルを取りました。林葉直子、中井広恵、里見香奈なども、十代のうちにタイトル保持者となり、トップに立っています。

 棋士の方では、佐藤康光前竜王(当時)が若手を「せいぜい22、3歳まで」としたのは、興味深いところです。同世代の羽生善治、森内俊之、郷田真隆、村山聖といった人々は、十代の頃から活躍をし、トップをうかがうほどの活躍をしていました。その世代は将棋史上、特別ともいえます。ただし佐藤前竜王のように、早くからトップを争うような棋士が持つ「若手」の年齢のイメージは、一般的なイメージよりもぐっと低い、とは言えるのかもしれません。

 筆者は以前、二十代半ばでC級1組に所属する有望棋士の名をあげ「若手」と表現したところ、当時二十代前半の渡辺明竜王に「いや(その人はもう)『若手』じゃないです」ときっぱり言われたことがありました。なるほど、そういうイメージなのかと、それは印象に残っています。

 六十代の関根九段から見れば、四十代の石田九段はまだ青年のように見えたのでしょう。また一般的に、年長者から見れば、年少者は何歳になってもずっと若いままのイメージが消えない、ということもあるでしょう。

 四十代後半の筆者から見れば、奨励会の頃から知っている三十代の棋士などは、どのような立場であっても、まだ前途洋々とした「若手」に見えます。そして「若手」と書こうとして「いやいや、もう『若手』じゃないのか」と思い返し、キーボードを打つ手が止まることがあります。

 29歳の豊島将之竜王・名人、27歳の永瀬拓矢叡王・王座も、その地位を考えれば、「若手」と表現するのは適切ではないのかもしれません。しかし年長の筆者のイメージとしては正直なところ、依然「若手」のままで変わりません。