Yahoo!ニュース

アマチュア第一人者の早咲誠和さん、将棋上達法と将棋界を語る

松本博文将棋ライター
2011年、早咲誠和さん(撮影筆者)

 2018年11月10日、11日。第55回しんぶん赤旗全国将棋大会(通称:赤旗名人戦)の全国大会が東京でおこなわれた。ハイレベルの激戦を制し頂点に立ったのは、大分県代表の早咲誠和(はやさき・まさかず)さん。5年ぶり2回目の優勝だった。

 1973年生まれの早咲さんは、現在45歳。赤旗名人戦2回の優勝以外にも、アマ名人戦4回、アマ竜王戦3回、支部名人戦3回、アマ王将戦1回など、数多くのアマタイトルを獲得してきた。長きに渡ってアマ棋界のトップで活躍し続ける、第一人者とも言える存在である。

 プロアマ問わず若手の活躍が目立つ将棋界で、なぜ四十代になっても勝ち続けられるのか。赤旗名人戦終了後の夜、早咲さんに尋ねてみた。

将棋は動体視力のゲーム

――赤旗名人戦、優勝おめでとうございます。全国大会なので当然ですが、相手は各都道府県を代表する強豪ばかりです。そして早咲さんが対戦したみなさんは、早咲さんより歳下なんですかね。

早咲  そうですね。中には将棋ウォーズ(将棋界でメジャーな対戦アプリ)の九段もいたみたいです。

――九段! 将棋ウォーズの段位ですけれど、それは棋神(コンピュータ将棋ソフト)クラスじゃないですか。人間界だったら、間違いなくトップクラスですね。そんな恐ろしく強い若手を相手に、勝ち続けられる秘訣は何ですか?

早咲  秘訣は特にないです(笑)。ただ、先輩が指している姿を見ると、考えるところはありますね。今回も英春(えいしゅん)さんとか来られてましたし。

――鈴木英春さん(68歳、石川県代表)はアマ棋界のレジェンドですね。奨励会出身でNHKドラマ「煙が目にしみる」のモデルにもなり、アマとしては「英春流」と呼ばれる独創的な戦法を開発してトップに立ちました。最近では英春流の後継者である野原未蘭さん(15歳、富山県在住)が、女子として初めて中学生名人戦で優勝したことから、改めて脚光を浴びました。

早咲  そういう先輩たちの姿を見ると、自分たちが歳のことを言っても仕方がないですからね。もっと頑張ろうと思いました。(赤旗名人戦全国大会の)囲碁の方なんて、80代の方もおられましたし。

――(出場者一覧を見ながら)本当ですね。驚きました。岐阜県代表は85歳、熊本県代表は83歳の方なんですね。

早咲  70代、60代の方も何人もおられますし。

――赤旗名人戦代表の平均年齢は、囲碁38歳、将棋33歳となっていますね。囲碁と将棋、どちらも優れた面白いゲームという点では変わりがないと思います。ただし、将棋に比べると囲碁の方が、高齢になっても息長く活躍できるというイメージがあります。

早咲  そうですね。将棋は動体視力のゲームですから。将棋は(駒が元の位置から動いて)局面がどんどん変わっていきますから。囲碁は(置かれている石は動かず)変わっていかないじゃないですか。そこが大きな違いだと思います。将棋で若手が強いのは、動体視力のゲームだからだと思います。

――なるほど。

早咲  私は普段、地元で若手や子どもたちの指導をしながら、若さをもらっているという感じです。

――現在は藤井聡太七段(16歳)の活躍などで、空前の将棋ブームと言われています。大分県はどうでしょう。将棋を指すお子さんは増えていますか?

早咲  増えてますね! 特に藤井世代。高校1年生がむちゃくちゃ多いですね。高校生から大学生あたりが、すごく増えてます。やっぱり(将棋ブームの)影響はあるみたいですね。

2005年、アマ竜王戦全国大会で対局中の早咲さん:撮影筆者
2005年、アマ竜王戦全国大会で対局中の早咲さん:撮影筆者

アマトップの心構え

――早咲さんはこれまでに数々のアマチュア全国タイトルを獲得しています。アマ名人戦などに臨むにあたっての心構えなどはあるんでしょうか?

早咲  これは毎回、いつも通りなんですけれど、アマ名人戦だったら(自分以外の出場者全員である)63人全員の対策を立てていきます。

――以前から言われている通りですね。毎度、絶句するよりないですが。

早咲  ここ数ヶ月はかなり仕上がっている状態でした。アマ名人戦も自信があったんですが、準決勝で負けてしまいました。だからアマ名人は取りそこなったという感じです(笑)。

――そこでもまた、名だたる若手をなぎ倒していましたね。私も最終日は観戦に行きました。準決勝は、

早咲誠和(大分、44歳)-小林知直(東京、33歳)

遠藤正樹(埼玉、51歳)-鈴木肇(神奈川、30歳)

という対戦。そこはいずれも、若い小林さん、鈴木さんが勝っていました。決勝は鈴木さんが勝って初優勝。それでも遠藤さん、早咲さんお二人の活躍は素晴らしいと思いました。

早咲  まあやっぱり、勝つのは大変ですね。将棋の質も変わってきてますしね。でも、何が変わったんでしょうね(笑)。

――人間を超えるほどに強くなったコンピュータの影響だと、よく言われますが。

早咲  ああ、なるほど、AIか。その影響はあるんですかね。と言っても、四十代の僕らはちゃんとAIを使っているわけではないですからね(笑)。

――コンピュータ将棋ソフトは普段の研究には使ってないんですか?

早咲  気になった点は添削してみる、というぐらいですね。(コンピュータが示した手順や構想を見て)「でもこれちょっと、できないよね」というのがほとんどですけど(笑)。ちょっと参考にするぐらいですかね。

アマトップとして

――早咲さんはもうずいぶんキャリアが長くて、平成の間中、ずっと活躍されています。その中でも印象深い勝負などありますか?

早咲  いろんなタイトル戦とかありますけど、よく覚えてるのは、最初のアマ名人戦ですね。

――1992年、18歳の時に、史上最年少でアマチュア名人戦全国大会に優勝した時ですね。以後も多くの強豪と戦ってきて、その中にはプロ編入試験に合格してプロになった瀬川晶司さん(現棋士六段、48歳)や、今泉健司さん(現棋士四段、45歳)もいます。

早咲  そうですね。

――アマ王将戦全国大会決勝では、瀬川-早咲戦が2回実現していますね。1999年は早咲さん勝ちで、2002年は瀬川さん勝ち。両者の対戦は、当時のアマ棋界の頂上決戦という感じがしました。

早咲  ネットでも当たってましたしね(笑)

――そうでした。「将棋倶楽部24」(メジャーな対戦サイト)のタイトル戦でも、いつも両者は当たってた。2人ともハンドルネームなんだけれど、公然の秘密というか、もうそれが瀬川-早咲戦だと多くの人が知ってて観てました。

早咲  瀬川さんとはいつも角換わりだったという印象があります。お互いに相手の得意形を避けるんです。私が横歩取りを避けて、瀬川さんが矢倉を避ける。そして落とし所は角換わりっていうね。

――瀬川さんはその後の2005年、編入試験に合格してプロになりました。勝率は5割3分以上で勝ち越していて、先日、六段に昇段しました。

早咲  瀬川さんはプロになって、一段と緻密になったかな、と思いますね。アマチュアの時はもうちょっと大らかでね。それは持ち時間が短いから、という関係もあるんでしょうけど。

――今泉さんとも、何度も指したことが。

早咲  ええ。最初は私の方が勝ってたんですが、だんだん手の内を覚えられて、勝てなくなりましたね。私の方が負け越していると思います。強いな、と思いました。特に今泉さんは闘志の塊というかね、そのあたりが前面に出てくるので。自分にはそういう闘志とかはないのでね(笑)。そのあたりがだいぶ違うな、と思いました。

――早咲さんはアマプロ戦でもずいぶんと指していますが、印象深い勝負はありますか?

早咲  対プロ戦だと、豊島さんですね。

――「週刊将棋」アマプロ平手戦の企画ですね。いま王位と棋聖を併せ持つ豊島将之二冠は、2008年当時は17歳の新鋭四段でした。

早咲  豊島さんに勝てたのは、今にして思うと奇跡的です(笑)。あの将棋はやっぱり忘れられないですね。他のアマがボロ負けだったんで、自分が志願して手を上げました。だから、そう簡単には負けられなかった。ずいぶんと研究し、対策を立てて臨みました。

――藤井聡太七段についてはどう思いますか?

早咲  私はもう以前から、3、4年も前から子どもたちに「藤井聡太を目指せ」と話していました。

――2016年、14歳で四段に昇段する前から注目していたんですね。

早咲  「藤井君に追いつき追い越せ」と子どもたちに言ってました。今の藤井さんの将棋を見ると「基本に忠実に指しているな」と思います。あまり奇抜な手はなく、淡々と指している。

――それで勝てるということは、技術的に図抜けている、ということでしょうか。

早咲  (実力にそんなに差がなければ)普通は易しく勝てたりはしないわけです。それがそういう風に指せる、実現させる力があるということは、図抜けているのかもしれませんね。

楽しいから強くなれる

――アマ棋界のトップで活躍している人は、当然ながら、元奨励会の人が多いですよね。早咲さんはずっとアマですが、早咲さんから見て、元奨励会の人というのは、どのあたりが違うと思いますか?

早咲  やっぱり、最後まで勝負をあきらめないってことですかね。将棋の怖さを知ってるからだと思います。今日の(赤旗名人戦の)決勝戦もそうですね。

――決勝の相手は元奨励会三段の小泉祐さん(青森県代表、29歳)でしたね。

早咲  こちらがいいな、という局面から、いろんな手を使って粘られるわけです。(持ち時間を使い切った中終盤は)一手30秒の秒読みですからね。そこで勝ち切るのは簡単ではないと、わかっているわけです。

――元奨励会の皆さんは、当然ながら盤上の技術が優れているわけですが、それ以上に勝負に対する執念を感じるということでしょうか。

早咲  そうそう。そうなんです。

――早咲さんは大分県出身。高校卒業後に就職されて、社会人となってからもずっと地元在住です。将棋のアマトップは元奨励会か、大学将棋部出身者が多い。社会人となってからは、強い相手に不足しない大都市圏で腕を磨く人が多い。そうした中で、早咲さんはどうしてそれだけ強くなって、その力を維持できるんでしょうか。

早咲  うーん、秘訣はないんですが・・・。将棋を楽しんできたからですかね。

――なるほど。

早咲  最初にアマ名人になった時は(全国大会で)7局指してるんですけど、7つの戦法を使いました。地元(大分)でそう宣言して、全部違う戦法で戦ったんです。

――戦法をいろいろやってるというのは、勝負という点に関して言えば、損ということはないんですか?

早咲  そういう感じはないですね。楽しいだけです。ワクワクするというか。それはずっと変わってないですね。今回(2018年の赤旗名人戦)もいろんな戦法で指しました。とにかく楽しもう、と思っています。結果とかは、あまり考えずにね。

――なるほど。

早咲  もちろん、実際には技術が一番重要です。じゃあ技術はどうやって磨くのかというと・・・。

――ぜひ聞かせてください。

早咲  それはですね、たぶん皆さんが絶対やらないような勉強法をやってて・・・。

――ほお。

早咲  言っても、たぶん誰も、絶対にやらないんです。言ってもね、「なるほど」と思って、結局誰もやらないやつなんです。だからね・・・。

――教えていただけると。

早咲  たぶん誰もやらない(笑)

――わかりました。じゃあそれは秘密ということで(笑)。早咲さんは現在45歳ですが、何歳ぐらいまで活躍できそうだと、ご自身で思われてますか?

早咲  うーん、何歳までというのは、あまり考えたことがないです(笑)。年齢は気にしないようにして頑張ります。

――たとえば奈良県代表の古作登さん(55歳)は、五十代になってから2年連続でアマ竜王戦ベスト4に残ってますね。古作さんはいち早くコンピュータ将棋ソフトを研究に取り入れたことによって、強くなっているそうです。

早咲  古作さんはすごいですよね。いつも尊敬してます。

――歳を取ってみて、自分の衰えを感じたりすることはありますか?

早咲  確かにちょっと感じたことはありましたけど・・・。でも今回(2018年の赤旗名人戦)戦ってみて、内容を見てもそんなにわるくはなかったですからね。まだやれるのかな、とは思います。

――改めて優勝おめでとうございます。本日はありがとうございました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『あなたに指さる将棋の言葉』(セブン&アイ出版)など。

松本博文の最近の記事