桐谷広人七段、波乱の将棋界と株式市場の暴落を語る

10月27日、講演の後で指導対局に臨む桐谷七段(撮影筆者)

大人気で大忙しの桐谷七段

――先生が都内を自転車で疾走しながら、期限が切れる直前に、大量の優待券を使って回る生活は、日本テレビ「月曜から夜ふかし」で取り上げられ、いつも反響を呼んでいます。先ほどの(東京都内での)講演は多くの立ち見が出るほどの大盛況でした。

桐谷  この後11月は7日に大阪の茨木、10日が広島、11日が岡山、15日が福岡、17日が仙台で講演します。(メモなしでもすらすらとデータが返ってくるのが桐谷流)

――相変わらずの超ハードスケジュールですね。それだけお仕事をされていると、お金が貯まる一方では?

桐谷  そうですね。使う暇がないですし。私は普段、優待券を使っていますが、それを使い切るのも大変なぐらいで。

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(ドロップなど関連グッズも多数作られる大人気の桐谷七段:撮影筆者)

将棋に「待った」はない

桐谷  最近、将棋界のことはあまり知らないんですけど、反則が続いているというニュースは見ました。

――角が相手の駒を飛び越してしまう、という反則が1度。二歩を打ってしまうという反則が2度。驚くべきことが、短期間のうちに立て続けに起こりましたね。

桐谷  棋士が反則をしてしまうことは、昔から時々ありました。私は(プロ棋士の資格を得る)四段になってからは、反則をしたことはないと思います。しかし(棋士の養成機関である)奨励会の時に2手指しをしたことがありました。序盤で早指ししてる時に、うっかり続けて指してしまった。

――ここ最近のニュースが伝えられる中で、「将棋は1手反則をしただけで、いきなり負けにしてしまうのは厳し過ぎないか」という一般の方の意見も目にしました。

桐谷  将棋は反則をしたら負けで仕方がないと思います。私は先輩棋士に「待った」をされたことが何度かありました。先輩が指した手(駒)を思わず元に戻そうとした時に「今度は絶対に許さないぞ」と思って、手首をつかんで「ダメです!」と言ったことがあります。

――先生が若手だった数十年前、昭和の半ばには、まだそういうことがあったのですね。

桐谷  だから反則をしたり、「待った」をしたり、ルール違反をした時に即負けにするのは当然だと思います。悪手というのはだいたい、指した瞬間に気づくものでね。そこで手をひっこめて、駒を戻して別の手を考えていい、ということにはなりません。

――厳しいですね。

桐谷  うっかり2手続けて指してしまう人を気の毒だな、と思うことはあります。しかし、ほとんどの棋士にとって、公式戦で反則をしてしまうというのは一生のうちに1回か2回、あるかないかでしょう。1回も反則をしない人の方が多いはずです。「反則は負けで当然だ」と考えている棋士がほとんどでしょう。

波乱万丈の師弟

――先生の門下の今泉健司さんは、2013年、プロ編入試験で合格して41歳でプロとなりました。史上最年少の14歳でプロ入りした藤井聡太さんとは対照的な、異例の遅咲きのルーキーです。そして今年2018年のNHK杯では、その藤井七段に勝つなど、盤上の活躍でも注目を集めています。先生の人生も劇的ですが、弟子の今泉さんも波乱万丈ですね。

桐谷  私が(地元広島県の)福山支部の師範をやっている関係で、今泉君は小学生の頃から教えていました。「プロになりたい」という年賀状をもらったことがあります。今泉君は最初、小林健二九段門下で奨励会に入りましたが、ずっと気にはかけていました。彼は(難関の)三段リーグでは2回次点を取った。今ならそれでプロになれますが、当時はその制度がありませんでした。それで気の毒だけど、奨励会を辞めてね。

――26歳の年齢制限までに奨励会を抜けることができなければ、当時はもうそこでプロ入りの道が絶たれることになりました。しかしその後、瀬川晶司アマ(現五段)のプロ編入試験実施をきっかけとして、再チャレンジの道が開かれました。

桐谷  彼がもう1度プロを目指すという時に、小林健二九段に頼まれて、私が師匠になりました。今泉君はまた三段リーグに編入して4期やったんだけれど、その時もまたダメでね。最後に一緒に食事をした時、今度は畠山鎮七段の紹介で証券会社に勤めるという。その時に今泉君から「株って何ですか?」と聞かれてね。「これはダメかな」と思いました。

――今泉さんは一時期、証券会社で株のトレードをしていた頃もあったんですね。

桐谷  元奨励会員っていうのは勝負勘はあるんでね。株で成功した人もいる。私は東京証券協和会将棋部に稽古に行っていましたが、将棋が強い人も多かった。株と将棋は共通しているところもあるんでね。普通は向いている人が多いと思うんです。

――しかし今泉さんは・・・。

桐谷  今泉君は株は全然ダメでね(苦笑)。デイトレーダーをやったら、成績はずっとマイナスだった。彼が上がると思った株は下がるし、下がると思った株は上がる。株も向き、不向きがあります。彼はまったく向いていなかった(苦笑)。

――今泉さんは証券会社を辞めた後、介護の仕事をしながら、そこからまたプロを目指します。そして編入試験に合格し、幼い頃からの夢をかなえました。もし今泉さんが株で成功していたら、今頃は違う人生を送っていたのかもしれませんね。

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(今泉四段の著書:撮影筆者)

暴落はチャンス?

――日経平均株価は10月2日に2万4448円という年初来高値をつけました。しかし、そこをピークとして、この1か月の間に、3000円以上も下げています。先生の現状はいかがでしょうか?

桐谷  昔みたいに(証券会社から投資の資金を借りる)信用取引をしていたら、損失が出ると憂鬱で、だいぶ気分が悪くなっているところでしょうね。今は信用取引はやっていません。余裕があるんで「バーゲンセールをやってくれてるんで嬉しいな」ぐらいに感じています。どんどん買っています。

――なるほど、それを聞いて安心しました。

桐谷  株の世界では「いくら儲けた」とかウソばかりついて、高額なセミナーをやってる人たちがいます。私は売買帳をつけていて、取材の時、必要があれば全部見せています。

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(ノートの記録を見ながら最近の株の売買を語る桐谷七段:撮影筆者)

桐谷  資産は今年の1月か2月がピークで、そこから比べれば5千万円以上は減っていると思います。この他には普通預金で何千万円かありますので、資金的には全然大丈夫です。

――信用取引や、ハイリスク・ハイリターンで積極的に値上がり益を狙う「猛獣狩り型」の投資はやめて、配当と優待がつく現物株を長期に渡って持ち続ける「農耕型」の投資が、現在の先生のスタイルですね。

桐谷  信用取引だと、損失が出ると(建玉を維持できなくなって)安くなってるところで投げるしかないんですね。私の場合は信用取引をやめてるから(現物株を抱えて)辛抱ができる。もちろん、このまま株価が下がって二度と上がらないって可能性もありますけど、とにかく下がっても、金策する必要がないから楽なんです。下がったら、今持ってる現金を株に変えればいい。株に変えれば、(優待と配当を合わせて年間の)利回りが4%以上の優待株がゴロゴロしてますから。

――まさに先生が以前から言われている通り「暴落はチャンス」なんですね。

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(桐谷七段関連グッズのキーストラップ:撮影筆者)

桐谷  (信用取引していた昔は)暴落した時にパソコンの画面が追証(おいしょう、証券口座に追加資金を入れなければならないこと)を知らせるサインで真っ赤に染まって、建玉1億でマイナス5千万って出てきた時には参りました。当時は現金がないから、証券会社から金を借りて信用取引をやっているんです。そこで「追証を払え」ってやられると、損をしてでも株券を現金に代えて払うよりない。そうすると、一番安い時で叩き売らなければならない。そこで損失が確定してしまう。

――損をしてでも手仕舞い売りをしなければいけない人がたくさん出てくると、売りが売りを呼んで、また株価が下がってしまう、というサイクルになってしまうんですね。

桐谷  そうです。それでまた暴落する。最近はこの下げなんでね、しょうがなく手仕舞いしている人が結構いる。身近で「1億ぐらいやられました」という声を聞いたりします。

未来は誰にもわからない

――株価はここまで下がりました。ではこれからは、上がる可能性の方が高いんですか?

桐谷  わかりません(きっぱり)。

―― 先生は一貫して、わからないことはわからないと、はっきり言われますね。「将棋の棋士だから株の値動きまで先の先が読める」と主張されて、「この先、株価はこうなる!」と講演したり、本を書いたりすれば、「なるほど、そうなんだ」と、なんとなく納得する人がいるかもしれません。でもそういうことは一切しない。

桐谷  ブックオフにいけば、ここ十数年の経済や株に関する本が108円とか、200円とかで並んでます。それを見てみれば、ほとんどが間違いですよね。「これからの経済はこう動く」というような本はだいたいはずれます。ある経済評論家は、サブプライムローンの影響で株が大暴落する直前に、「サブプライム問題はアメリカではもう終わった話だ。今一番いいのは、固定金利で銀行からカネを借りて株を買うことだ」なんて書いていた。いやあ・・・。そんなことをしてたらもう、死んでますよ。

――プロを名乗る人たちが断言しても、当たり前のようにはずれてしまう世界なんですね。当面の可能性としてはどうでしょう。

桐谷  この先(株を持ち続けることを)耐えきれない人がもうちょっと出るかもしれませんね。トランプの七並べと同じでね。スリーパスして我慢してたんだけれど、耐えきれなくなって試合放棄しちゃう人が出ると、大量の売り物が出るわけですからね。

――そうするとまた下がってしまうんですね。

桐谷  アメリカの大統領なんかもう、むちゃくちゃだしね(苦笑)

――Twitterのツイートひとつで、相場が乱高下しますからね。先生は「アベノミクスは劇薬だ」と言われていましたが。

桐谷  アベノミクスはもう失敗してますからね(きっぱり)。確かに配当をたくさん出している企業はたくさんあります。業績のいい企業は多い。でもこんなに株が上がってきたのは、それだけじゃないんです。政府の政策で、年間6兆円ほど日銀が株を買ってるからです。日銀がそんなに買ってなかったら、(日経平均は)2万円台になってないはずなんです。だから「景気がいいから株が高いんだ」って言ってる経済評論家は、ウソを言ってるようにしか思えないですね。

――なるほど。

桐谷  株の買い手を見たら、日銀ばっかりが買っている。筆頭株主が日銀になっているような企業が多い。だから、アベノミクスというのはおかしい。バランスを崩しているだけです。それを言う人はあまりいないんですよね。買い上げているだけで終わるわけがない。どこかで放出しなければならないわけですから。

――暴落で損失を出している人に、もし言葉をかけるとすれば、何かあるでしょうか。

桐谷  信用取引している人はもうしょうがない。現物で持ってる人はやっぱり「辛抱」だと思うんですね。(2008年の)リーマンショックの時、有名な学者の先生や評論家が「資本主義は終わりだ」と言っていた。株券はもう紙くずになるからと、投げ売りを薦めたコンサルタントもいた。後から見れば、底値の時に叩き売りした人が多くいたわけです。

――先生はそこで現物をじっと抱えて、辛抱する中で、優待券で生活するようになったわけですね。そして株価が上がって、辛抱が実りました。

桐谷  企業の業績がよくて何をするかというと、株式の配当を増やすんですよね。従業員の給料はそんなに上げてないですよ。給料を上げると、下げられないから。株の配当は景気がよければ増やして、赤字になれば減らせばいいんでね。後は内部留保も増えてますけれども。一昨日(10月25日)暴落があって、久々の安値をつけて。そこで配当4%以上の企業を検索してみたら、それまでは多くても40社から50社しかなかったのが、なんと150社以上もあるんですね。びっくりしました。配当を増やしたところに株価が暴落したから、利回りがよくなったんですね。

――まさに今はチャンスかもしれないなんですね。もちろん、まだまだピンチは続く可能性もあるのでしょうが・・・。ありがとうございました。

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(10月27日、桐谷広人七段:撮影筆者)