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皇后杯決勝の再戦で生まれた2つのゴール。値千金の先制弾を決めた18歳と新チームを繋ぐキャプテンの思い

松原渓スポーツジャーナリスト
上位対決にスタジアムが沸いた(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 女子サッカーに歓声が戻ってきた。

 WEリーグは、3月から声出し応援を全面的に解禁。Jリーグと同じくスタジアム来場可能上限が100パーセントになり、マスク着用も個人の判断に委ねられることになった。

 3月19日に行われたWEリーグ第11節・日テレ・東京ヴェルディベレーザ(3位)とINAC神戸レオネッサ(首位)の上位対決には、1,777名の観客が来場。さまざまなドラマを生んできた女子サッカーの聖地・味の素フィールド西が丘で、快晴の下、白熱した試合が繰り広げられた。

 国内女子リーグを牽引してきた両チームの対戦は、スペインの伝統の一戦になぞらえて「L・クラシコ」とも呼ばれる。

 直近の2シーズンはI神戸が勝ち越しているが、今年1月末の皇后杯決勝では東京NBが4-0と圧勝。東京NBは、皇后杯4試合で13ゴールを奪ったFW小林里歌子、FW植木理子、FW藤野あおばの代表トリオを中心に、攻撃パターンを増やして公式戦6連勝。一方のI神戸も、朴康造監督の下で攻撃的なサッカーへの転換を図り、リーグでは6連勝と快調だ。

守屋都弥と北村菜々美
守屋都弥と北村菜々美写真:森田直樹/アフロスポーツ

 共に代表選手も多い2チームによる“矛”と“矛”の戦いは、立ち上がりから激しい火花を散らした。

 東京NBが圧倒した皇后杯決勝と違っていたのは、I神戸のFW田中美南の存在だ。このカードで数多くのゴールを決めてきた田中は、力強いボールキープやシュートで前への推進力をもたらした。また、代表で負傷離脱していたMF守屋都弥もケガから復帰し、右サイドで存在感を示した。

 一方、東京NBは主軸のMF三浦成美が海外挑戦で抜け、20歳のMF木下桃香が中盤の底で攻守の繋ぎ役に。2列目では小林が力強いドリブルやパスで攻撃の起点になった。

阪口萌乃と西川彩華
阪口萌乃と西川彩華写真:森田直樹/アフロスポーツ

 前半5分、縦に速い攻撃からI神戸のFW阪口萌乃がファーストシュートを放つと、東京NBの藤野が俊足を生かしたドリブル突破で沸かせる。

 小林のカウンターパスに抜け出した北村のシュートで東京NBが決定機を作れば、I神戸の守護神GK山下杏也加が抜群の反射神経で止め、最終ラインのDF三宅史織とDF土光真代が抜け目なく相手の背後を狙った。

【値千金の先制弾を決めた18歳】

 一進一退の攻防が続く中、均衡が破れたのは67分。守屋のクロスに、ファーサイドで左サイドのDF小山史乃観が頭で合わせてゴールネットを揺らした。ウイングバック同士の連係から生まれたゴールは、まさにI神戸が意図していた形だ。値千金の先制弾を決めた小山の元に、次々に選手が駆け寄る。昨年夏のU-20W杯では飛び級で準優勝の原動力になった18歳の目に、光るものが見えた。

初ゴールを祝福された小山史乃観
初ゴールを祝福された小山史乃観写真:森田直樹/アフロスポーツ

 試合後、小山はスッキリとした表情でこう語った。

「WEリーグのトップレベルは一人ひとりが持ち味を出し合っていて、まだまだ自分のレベルは低いと感じます。(I神戸では)立ち位置や駆け引きとか、めちゃくちゃ細かいところまで教えてもらっているので、自分の武器とすり合わせて、もっとチームに貢献できるようになりたいです」

 なでしこリーグ(現在の女子サッカーのピラミッドで実質2部に当たる)でプレーしていた2021年に話を聞いた時、小山は「WEリーグでプレーすることが今の目標で、将来的には世界で活躍してバロンドールを獲りたいです」と言った。そのまっすぐな眼差しにワクワクさせられたのを覚えている。大志を抱くアタッカーにとって、WEリーグでの初ゴールは記憶に刻まれるものになったようだ。

【新チームを繋ぐキャプテン】

 一方、負ければ上位争いから一歩後退となる東京NBも意地を見せた。82分、右コーナーキックの場面でDF村松智子が後方から飛び込んでヘディング。1-1で試合を振り出しに戻した。

「気持ちで押し込んだ」というキャプテンの魂のこもったゴールと力強いガッツポーズに、西が丘はこの日一番の歓声に包まれた。

村松智子
村松智子写真:森田直樹/アフロスポーツ

 村松は、91分に訪れた大ピンチにも体を投げ出してゴールを死守。最後まで勝利を諦めない両チームの攻防が続いた後、長い笛が鳴った。

 試合後、悔しさを滲ませたのは東京NBだ。I神戸の連勝を止めたとはいえ、勝ち点差は「6」のまま変わらず、首位を入れ替わった浦和とは「7」に開いた。

 西が丘での勝率は1勝2分2敗。10月の開幕戦以来、ホームで勝利を届けることができていないもどかしさもある。

「ビハインドの(負けている)状況でセットプレーから追いつけたことはプラスですが、絶対に勝ちが必要だった試合で、最低限の結果だと思います」(村松)

 東京NBはプロ化を機に主力の移籍や海外挑戦が増えており、チームづくりのハードルは上がっている。だが、それは育成型クラブの宿命とも言える。生え抜き選手を即戦力として積極的に抜擢していく方針は変わらず、他チームからの獲得にも前向きだ。

 広島から1月に獲得したDF木﨑あおいはテクニック、クレバーさ、柔軟さを備え、すでに東京NBのスタイルに馴染んでいるように見えた。そのように試行錯誤しながら、新たなチームの土台を少しずつ固めている。

木﨑あおい
木﨑あおい写真:森田直樹/アフロスポーツ

 その中で、幅広い世代を繋ぐキーマンとなっているのが、新キャプテンの村松だ。28歳で年齢的にも中堅の村松は、試合に出ていない選手や歳の離れた選手にも目を配り、誰がピッチに立っても遜色ないような練習や雰囲気づくりを心がけている。竹本一彦監督も、その成長ぶりに目を細める。

「全体を見ながら守備と攻撃の繋ぎ役を果たしてくれているし、人がこんなに成長するのか!と驚くほど、リーダーとして存在感を高めてくれています。ベテランの先輩たちからも学びながら、チーム全体をまとめていってほしいと思います」

 この試合はDF岩清水梓とDF宇津木瑠美という2人の大黒柱を欠いていた。村松は「2人の存在の大きさを改めて実感して、頼り切っていたんだなと。もっと自分が引っ張っていきたい、という思いは強くなりました」と、頼もしい言葉を残した。

 折り返しを迎えたWEリーグは、ここから上位争いがさらに過熱しそうだ。浦和か、I神戸か、東京NBか。それとも、意外なダークホースの台頭が見られるのか。

 7月のW杯に向け、代表入りを目指す選手たちのアピールからも目が離せない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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