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FW上尾野辺めぐみの色褪せない技巧。“新潟愛”と、14年目のエースナンバーへの思い

松原渓スポーツジャーナリスト
上尾野辺めぐみ(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

【国内随一のテクニシャン】

「本当にうまい!」 

「一流ですよね」 

「真似できない」

 対戦相手、元チームメート、解説者が声を揃える。

 アルビレックス新潟レディースの10番、FW上尾野辺(かみおのべ)めぐみのことだ。2006年に19歳で入団して16年間、新潟一筋を貫いてきた司令塔のプレーは、技術の“宝箱”だ。

 抜群のテクニックを持つレフティーで、ゲームを読む力も秀逸。FWからボランチ、サイドと、ピッチのあらゆる場所に顔を出して、攻撃のテンポを上げていく。

「相手の逆をとったり、股の間を抜いたり、守備で頑張ってくる選手をいなすようなプレーが好きです」

 その技術は、狭いスペースや密集で異彩を放つ。伸びてくる相手の足を鮮やかにかわし、アウトサイドやトー(つま先)キック、ヒール(かかと)キックなど、あらゆるポイントでイメージを形にできる。

 どうして、そんなことができるようになったのか。 率直な疑問を、上尾野辺にぶつけてみた。

「相手との距離の保ち方を大事にしています。(奪いにこない時は)自分から相手に寄っていって、食いつかせてからワンタッチで外せるかな?と。キックは、巻くような弧を描くボールを蹴ったり、ストレートで蹴ってみたり、いろんな蹴り方を練習で試しています。ジュニア年代は、『アウトサイドを使うのは(ケガのリスクがあるので)良くない』と言われますが、その頃からガンガン使っていましたね(笑)」

 生来のセンスに加えて、幼少期から基礎を自然と身につけていたのだろう。小柄で活発な少女は、ボールを肌身離さず、様々なキックを習得してプレーの選択肢を広げた。

 同じ神奈川県出身で、小学2年生から高校まで、ともにプレーしたMF川澄奈穂美(NJ/NY ゴッサムFC)は、彼女を誰よりも長く見てきた一人だ。

 2人は高校3年生の時に、フットサルの全国大会で優勝。卒業後は新潟と神戸に袂(たもと)を分かつこととなったが、それぞれの場所でステップアップ。なでしこジャパン入りを果たし、2011年にドイツW杯で優勝し、日本女子サッカーの黄金期を築いた。

「メグは昔から超上手くて、天才肌でした。ライバルとは思えなくて、上手い人と一緒にプレーすると楽しい!という感覚です。淡々としているけど、すごく負けず嫌いですね。ただ、メグはとにかく寒いのが嫌いだから、こんなに長く新潟でプレーするとは思いませんでした(笑)。小・中・高、大学で一回もやったことがないキャプテンを、新潟では何度もやっている。そういう姿やプレーを見ていると、責任感とか、若い頃は彼女の辞書になかったものが新潟では芽生えているんだろうな、と思います。他のチームからオファーもあっただろうし、監督が変わっても試合に出続けているというのは本当にすごいことですよ」(川澄)

 今月3日の相模原戦では、史上7人目となる国内リーグ通算300試合出場を達成することが濃厚。16年間、休みなしで駆け抜けてきた。上尾野辺は言う。

「新潟の冬の寒さは本当に苦手で、長くいても慣れません(苦笑)。でも、サッカー関係者やサポーターがとても温かくて、『人』への想い入れはすごく強いです。サッカーをする環境も恵まれているし、街中の雰囲気にも愛着があるからこそ、ここまで長くいるんだろうな、と思います」

試合後もチームメートとしっかりコミュニケーションを図る
試合後もチームメートとしっかりコミュニケーションを図る

【日本を沸かせたスーパープレー】

 上尾野辺の超絶技巧が全国区になったのは、2015年の皇后杯でのあるプレーだ。新潟は準々決勝で千葉と対戦し、1点リードで迎えた終盤だった。上尾野辺はゴール付近でボールを受けるや否や、ヒールリフト(かかとでボールを浮かせて相手の頭上を越す)で、千葉の守備の要だったDF櫻本尚子(水原WFC/韓国)をかわし、正確なラストパスで追加点をアシストした。

 Jリーグや、海外サッカーでもなかなかお目にかかれないスーパープレーで、SNSでも話題になった。

 川澄は、その試合が最近、仲間内で話題になったことを教えてくれた。

「(櫻本)尚子と一緒に当時の映像を見ていて、『こんな抜かれ方する人、なかなかいないよ?』と言ったら、尚子が『相手がメグさんだから仕方ないと思えるんだよ、あれは上手かった!』と。ああいうプレーをサラッとやりますけど、取られたらただの軽いプレーじゃないですか。でも、それをサラリと成功させるから天才的なんですよね」(川澄)

 上尾野辺自身も、当時のことを覚えている。

「ボールを受ける瞬間に『相手が来ているな』と感じて、咄嗟に出てきたのがあのプレー(ヒールリフト)でした。練習前や後によく、遊びでそういうボールタッチをしているんです」

 普段はクールでシャイ。ただ、時折見せる柔らかい表情からサッカーへの熱い思いが伝わってくる。

 大きなケガをせず、楽しくサッカーすることを心がけてきたからこそ、競技生活においてストレスを感じたことはほとんどないという。

 サッカー選手の肉体的なピークは20代中頃までに終わると言われるが、技術や思考力、洞察力、精神力、勝負強さなどは、30代からでも伸びる。東京五輪で、36歳のFWメーガン・ラピノー(アメリカ)や、38歳のFWクリスティン・シンクレア(カナダ)が活躍したのはいい例だ。

 上尾野辺も、20代の頃とは異なる輝きを見せている。さすがにスプリントを繰り返すことは難しいが、「自分がボールを持ったときにはリラックスして、呼吸を落ち着かせています」と言うように、ペース配分しながら、勝負どころで底力を見せつける。

 試合の楽しみの一つは、ともにW杯で優勝したメンバーとピッチ上で再会することだという。ベテランと言われる年齢になっても皆、第一線で活躍し続けている。

「大宮戦でサメちゃん(鮫島彩)とかキング(有吉佐織)に会えて、試合後には『しばらく会えないね』と残念がって。毎回、試合で会えるのが楽しみですし、すごく刺激にもなっています」

ともに世界を戦った選手たちとの戦いも楽しみの一つ(写真は2016年/右は有吉佐織)
ともに世界を戦った選手たちとの戦いも楽しみの一つ(写真は2016年/右は有吉佐織)写真:YUTAKA/アフロスポーツ

【背番号10の後継者へ】

 背番号10を背負って、今年で14シーズン目。これほど長くエースナンバーと向き合った選手は、世界を見渡しても珍しい。監督が変わり、選手が入れ替わっても、その「軸」は不動だった。一方で、上尾野辺の心には変化が生まれつつある。

「加入して2年目ぐらいに10番をいただいて、責任感や、行動で見せることの重みを感じて。自分なりの自覚は持っています。ただ、そろそろ(手放して)いいんじゃないかな?という思いも、去年ぐらいから持っているんです。クラブが10番に対して思い入れがあって、『この子』と決めた選手がいるのであればぜひつけてもらいたいし、引き継いでもらいたいな、という思いがあります」

 クラブを愛するがゆえの願いを、若い選手たちはどう受け止めるだろう。

 新潟は直近の3年で約半数の選手が入れ替わり、世代交代も進んだ。今季は村松大介監督の下、新たなチーム作りの真っ只中。上尾野辺とともに長くチームを支えてきたボランチのMF川村優理が長期離脱中で、その穴を埋めるのに苦労している。4月2日現在、11チーム中7位。内容面では前半戦の積み上げが形になりつつあり、きっかけを掴んで上位を目指したいところだが……。

「若い選手が多いので、細かく繋ぐというよりは、縦にどんどんいけるサッカーを目指しています。川村選手の穴は全員で埋めようとしていますが、いるのといないのとではやっぱり違う。この苦しい時期を乗り越えて、チームが成長してくれればと思っています」

 同じレフティーで、左サイドで攻撃の起点となるMF園田瑞貴は、「メグさんにボールが入ったらいいパスが来ると思える。左足の技術も、全部を参考にしています」と、尊敬の思いを口にした。一流のスキルを間近に見ることは、成長への一番の近道だろう。

 WEリーグは残り7節。優勝の行方は決まりつつあるが、新潟の新しいサッカーを積み上げるための大事なゲームが続く。次は4月3日(日)、ホームのデンカビッグスワンスタジアムにノジマステラ神奈川相模原を迎える。

 新潟の司令塔は、そのタクトでどんな音色を奏でるのか。想像力溢れるキラーパスやビューティフルゴールにも、期待が膨らむ。

エースナンバーの後継者は出てくるか
エースナンバーの後継者は出てくるか

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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