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激闘で幕を閉じた東京五輪の女子サッカーは新時代を告げる大会に。新女王が誕生、欧州各国の発展も

松原渓スポーツジャーナリスト
カナダが初優勝を飾った(写真:ロイター/アフロ)

【カナダが初の五輪女王に】

 東京五輪の女子サッカーは、記憶に残る数々のプレーとともに、新たな女王が誕生。新時代の到来を予感させる大会となった。上位チームの戦いや、大会を通じて見られた傾向について振り返る。

 8月6日に行われた決勝戦は、2016年のリオデジャネイロ五輪銅メダルのカナダと、同大会銀メダルのスウェーデンが激突。21時から横浜国際総合競技場で行われた試合は1-1で延長戦に突入し、深夜に及ぶ熱戦の末、PK戦を制したカナダが初優勝を飾った。

 FIFAランク8位のカナダは、決勝トーナメントで同7位のブラジル、1位のアメリカ、5位のスウェーデンと、上位国を下して頂点に上り詰めた。6試合を振り返ると、際立った個の力と組織的で粘り強い守備、また過密日程を乗り切る上でターンオーバーを成功させた指揮官の手腕が光った。

 イングランド出身のベブ・プリーストマン監督は、今大会の全監督の中で最年少の35歳。イングランドやカナダの育成年代を指導してきた経験があり、昨年10月にカナダのA代表を率いることになった。下は20歳から、上は38歳まで、国内外から選手をピックアップし、1年足らずで優勝できるチームを作り上げた。

 カナダは5人に1人は移民が占めると言われる移民国家で、アメリカやジャマイカ、ドミニカ共和国、香港など外国にルーツを持つ選手がいる。守備陣はDFカデイシャ・ブキャナン(オリンピック・リヨン)が軸となり、GKステファニー・ラベ(FCローゼンゴード)が数々のファインセーブでゴールを死守。攻撃陣では、W杯5大会に出場し、五輪は4大会目となったFWクリスティン・シンクレア(ポートランド・ソーンズ)のほか、スピードとテクニックに秀でたFWジャニーン・ベッキー(マンチェスター・シティ)、快足と無尽蔵のスタミナで試合ごとに存在感を増したDFアシュリー・ローレンス(パリ・サンジェルマン)、優れた危機察知能力で中盤のスペースをコントロールしたMFデジレ・スコット(カンザスシティ)、準決勝と決勝では明暗を分けるPKを任されたMFジェシー・フレミング(チェルシー)らが大会を彩った。

 MVPを選ぶなら、シンクレアに一票。中2日での6連戦という過酷な日程にもかかわらず、38歳のレジェンドは全試合に出場した。決勝で同点につながるPKを獲得したように、駆け引きの巧さや勝負強さは健在で、その絶対的な背中が、強烈な個性の集合体に一体感をもたらしていたように思う。試合後のピッチでは、対戦相手の選手たちにリスペクトを示す姿も一貫していた。優勝が決まった後、シンクレアが歓喜の叫び声を響かせた。それはスタンドの最上階にまでしっかり届くほどの声量で、国際舞台で初の金メダルがいかに格別だったかが伝わってきた。

試合後は対戦相手に敬意を示し続けたシンクレア(左/右はブラジルのマルタ)
試合後は対戦相手に敬意を示し続けたシンクレア(左/右はブラジルのマルタ)写真:ロイター/アフロ

 記者会見の壇上に座る頃には深夜2時近くを回っていたが、「どんどん、メダルが綺麗になって(見えて)くる気がします。まだ信じられません」と、しみじみと語り、勝因をこう述べた。

「(ベスト16だった2019年の)W杯以降、どこかピンときていませんでしたが、昨年ベブ(監督の愛称)が就任して2回目のキャンプに初めて参加した時、チームが変わっていました。自信が生まれてみんなが勇敢になり、『必ず(優勝に向かって)いける』と。世界トップクラスのディフェンダー、スプリンターなど、強い選手たちが揃っていて、それぞれの選手が自分の仕事をしながらステップアップし続けました」

 決勝で、1点ビハインドの後半から、主軸に替えて若い選手を次々に投入したプリーストマン監督の采配は印象的だった。その選手たちが伸び伸びとプレーし、最後までチャレンジャーの姿勢を貫いて勝ったところに、カナダのさらなる可能性を見た気がした。

「最初から最後まで強いチームでありたい、と思っていましたが、試合を重ねるごとにその気持ちは強くなりました。この試合(決勝)は大会を通じて最も厚みのあるプレーをすることができて、全選手が十分に力を出せたと思います。一人一人が勇敢に戦い、力を出し切ってくれました。スタッフも、全員が素晴らしかったです」

 決勝戦の後、プリーストマン監督は金メダルを胸に、誇らしげに語った。

【スウェーデンが示した欧州勢の進化】

 決勝では敗れたものの、スウェーデンは最も組織的で、魅力的なチームだった。

 結果は16年の前大会と同じ銀メダルに終わったが、内容面には変化がある。ピア・スンダーゲ監督(現ブラジル女子代表監督)が率いた以前のチームは、高さとスピードを生かしたカウンターに強いチームという印象があったが、今大会は自陣からパスをつないで鮮やかに崩す攻撃も見られた。攻守において11人の選手が良いポジションに立ち、ボールを迎える体の向きやファーストタッチ、スペースの作り方など、細部にまでこだわりが見られた。パスコースが常に複数あって相手は的を絞りにくく、1対1の局面ではフィジカルの優位性を生かせるように計算されていた。

攻守に組織的な戦いを見せたスウェーデン
攻守に組織的な戦いを見せたスウェーデン写真:ロイター/アフロ

 同国の記者に聞いた話によると、17年以降、ペテル・ゲルハルドション監督の下でより攻撃的なチームづくりを進め、選手たちもステップアップを続けてきた中で自信をつけて、今大会に臨んでいたのだという。

 初戦で女王のアメリカを3-0で破る最高のスタートを切ったことで、その自信は深まり、決勝まで全勝で駆け上がった。

 核となっていたのは、攻守の起点となるMFコソヴァレ・アスラニ(レアル・マドリード)、ターゲットとなるFWスティナ・ブラックステニウス(BKヘッケン)、質の高いクロスで決定機を量産したFWフリドリナ・ロルフォ(ヴォルフスブルク)、圧倒的なスピードで相手の背後を狙い続けたFWソフィア・ヤコブソン(バイエルン・ミュンヘン)、GKへドヴィグ・リンダール(アトレティコ・マドリード)といった、欧州のビッグクラブで活躍する選手たち。一方、多くの試合で交代枠の5枚を使い切ったことからも分かるように、控え選手たちも実力者揃いで、過密日程を鮮やかに乗り切ったターンオーバーは見事だった。

 決勝戦は悪くない流れだったが、24本(カナダは14本)のシュートのうち、決まったのは1本のみ。ゲルハルドション監督は試合後、「サッカーというのは、運ではなく、あくまで技術です。チャンスはたくさん作りました。私たちにもっと(得点する)技術があれば勝てたと思います」と、決定力不足を嘆いた。

 今大会のスウェーデンの戦い方を見て、フィジカルの強い欧州各国は今後、技術に磨きをかけ、戦術を多様化させることでさらに組織的になるのではないかという予感を抱いた。それは19年のフランスW杯でも感じたことだが、今大会でさらにその思いを強くした。ゲルハルドション監督は、欧州各国の現状をこう語った。

「ヨーロッパには男子のビッグクラブがあり、(影響を受ける形で)女子サッカーのトレーニングの質が高まっています。チェルシーやバイエルン、バルセロナ、レアル・マドリードにも女子チームがあり、良い環境でプレーする選手たちがどんどん力を上げてきています。今後は(欧州)選手権などのレベルも上がると思いますし、2年後にはヨーロッパの他の国もさらにレベルが上がることが期待できます」

写真:ロイター/アフロ

 スウェーデンは優れた指導者も輩出している。今大会は、ゲルハルドション監督の他に、初のベスト4入りを果たしたオーストラリアのトニー・グスタフソン監督や、ブラジル(ベスト8)のスンダーゲ監督もスウェーデン出身で、12チーム中最多の3人だった。また、今季からFW岩渕真奈が所属するイングランドの強豪アーセナルも、スウェーデン人のジョナス・アイデヴァル監督を新監督に据え、3季ぶりの王座奪還を狙う。

【女子サッカーは新時代へ】

 W杯女王のアメリカが、初戦でスウェーデンに敗れ、準決勝で北中米カリブ海地域のライバルのカナダに敗れたことは、一つの時代の転換点と言える。

 長くFIFAランク1位の座を守ってきたアメリカは、数々の国際タイトルを獲得してきた選手たちを中心に、ここ10年以上不動の主軸がいて、個々のスキルと経験値、コンビネーションの良さは年々高まっているが、一方で世代交代の必要性も言われている。決勝でともに2ゴールを決めた39歳のFWカーリー・ロイド(NYゴッサムFC)と、36歳のMFメーガン・ラピノー(OLレイン)は、試合後の取材エリアで、代表でプレーすることのかけがえのない価値とともに、心身ともにトップレベルでプレーし続けることの難しさも口にし、今後については明言を避けた。主将のDFサワー・ベッキーブラン(ポートランド・ソーンズ)も含め、30代後半の選手たちの円熟味を増したプレーをもっと見たい気持ちもあるが、2年後のW杯に向けて、変化が必要な時に来ているのかもしれない。

アメリカを牽引してきたロイド(左)とラピノー(右)
アメリカを牽引してきたロイド(左)とラピノー(右)写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 2年前のW杯は4-3-3を採用したチームが上位を占めたが、今大会では、各国が採用するフォーメーションは多彩だった。ベスト8のなでしこジャパンは中盤がフラットな4-4-2だったが、上位国では、カナダは中盤がダイヤモンド型の4-4-2、スウェーデンは4-2-3-1。3位のアメリカは伝統の4-3-3で、4位のオーストラリアは3-4-3を採用した。試合中に流動的にシステムを変えるチームも増えている。戦術のトレンドは今後、どのように変化していくだろうか。

 2023年の7月にオーストラリアとニュージーランドで共催される予定のW杯は、出場国が24から32に拡大されることが発表されている。カナダとアメリカが共存する北中米カリブ海地域や、同じくFIFAランク上位国が揃い、さらにレベルアップしている欧州勢に負けじと、アジア勢の台頭にも期待がかかる。今大会で初めてベスト4入りを果たしたオーストラリアは、開催国として一層強化に力を入れてくるだろう。

 なでしこジャパンも、東京五輪を総括し、再び立ち上がるときが来た。23年W杯アジア予選を兼ねて、来年1月にインドで開催されるAFC女子アジアカップに向けて、新たなスタートを切る。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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