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悔しさを噛みしめたW杯から2年。Japan’s wayを追求したなでしこジャパンの進化とメダルへの道

松原渓スポーツジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

【19年W杯の課題は克服できたか?】

 東京五輪は、7月23日の開幕に先立ち、女子サッカー競技が21日にグループステージ初戦のカナダ戦を迎える。なでしこジャパンは6月18日のメンバー発表後、同月21日から7月4日にかけて、千葉で2週間の強化合宿を行った。

 選手たちは束の間のオフを挟んで再集合し、14日に国際親善試合のオーストラリア戦を戦った後、札幌ドームで行われる21日のカナダ戦へと向かう。

 強化合宿では、欧米の強豪国の強度やスピード感に慣れるため、男子高校生との合同練習やトレーニングマッチを実施。結果は、県立幕張総合高校(●0-1)、日本体育大柏高(○1-0)、県立八千代高校(△1-1)だった。対戦国の多くが採用する4-3-3のフォーメーションに対して、攻守で優位を取るための細部の調整や、動きとパスの精度を高めてポゼッションを安定させること。日本の弱点の一つでもあった立ち上がりの入り方などを修正した。FIFAランク9位の強豪で、東京五輪にも出場するオーストラリアとの一戦は、本大会に向けた試金石となる。

 東京五輪では、2019年6月のフランスW杯以降、積み上げてきた成果が問われることとなる。

 ベスト16に終わった同大会後、JFA(日本サッカー協会)による試合内容の検証や大会の総括が、データとともに報告された。このデータを元に作成した当時の記事を見直し、この2年間、東京五輪に向けてなでしこジャパンがどのような方向性の下で強化を進めてきたのか、改めて振り返ってみたい。

参照記事:フランス女子W杯を検証(2)データに見るなでしこジャパンの4試合。攻守に足りなかったものとは?

 なでしこジャパンは佐々木則夫監督の下、2011年のW杯で優勝した。ショートパスを主体としたパスサッカーと、組織的かつ粘り強い守備で内容面でも他国を魅了し、世界の女子サッカーのトレンドを変えた。それまで縦に速いサッカーが主体だったアメリカやアジアの国々がこぞって日本のスタイルを取り入れ、戦術面でも進化を遂げていき、日本は自分たちのアドバンテージがなくなっていく危機感に晒された。そうした中、16年にチームを引き継いだ高倉麻子監督が打ち出したのは、「フィジカル面で海外勢に対する弱さを克服すること」と、「日本人の良さを生かすサッカー=Japan’s Wayの追求」だった。Japan’s Wayとは、具体的には「技術力」、「持久力」、「組織力」を生かしたサッカーを指す。

 年代別のW杯で世界一を経験した選手たちが次々と引き上げられ、19年のフランスW杯では23人中17名がA代表での世界大会は未経験だった。

 結果は1勝1分2敗で、オランダに敗れてベスト16で敗退している。

 日本は1試合あたりの平均パス成功率と90分間あたりの総走行距離では24ヵ国中トップを記録。だが、決定力を欠いたこともあり、結果的にはその技術やスタミナの優位性を勝利に結びつけることができなかった。

 炎天下での試合が予想される東京五輪では、日本の運動量は大きなアドバンテージとなる。「守備で相手に走らされている状態」ではなく、主導権を握った状態でそのスタミナを生かしたい。

清水梨紗、三浦成美
清水梨紗、三浦成美写真:ロイター/アフロ

 フィジカル面では、日本は海外勢のスピードに苦戦してきたが、今年3月の合宿時に、なでしこジャパンのフィジカルコーチを務める広瀬統一コーチが語った話は興味深かった。

「身体が軽い方が加速力はありますから、たとえば信号でダンプカーと軽自動車が並んでいたとしたら、青になったら軽自動車の方が先に行けるわけです。日本人選手の体格が小さいことは、『加速力がある』というところでアドバンテージと受け取られることもあって、欧米の選手は、『日本人は速い』という印象を持っています。(五輪では)そういったアドバンテージをより最大化したいと考えています」

 長距離のスプリントでは、身体能力の高い海外選手にはどうしてもかなわない。だが、10m、20mといった短距離のスピードや、局面の俊敏性では優位性があり、そうした認識を持って強化を進めてきたことがわかる。ゴール前の動きだしや、予測を生かしたセカンドボールへの対応でも、そうした特徴が生きるだろう。

 フィジカル強化は、広瀬フィジカルコーチを中心に計画的に進められてきており、代表と各所属クラブが連携しながら選手は日常的に取り組んできたため、数値でもその成果が表れているという。一方、海外勢も欧州の強豪国を中心にリーグが発展し、プレー環境の向上によって選手たちのアスリート能力はさらに高くなってきている。自分たちの強みを生かし、マイナス面をカバーしていく力が問われている。

杉田妃和
杉田妃和写真:ロイター/アフロ

 19年のW杯以降、なでしこジャパンはコーチングスタッフに女子サッカーの指導経験が豊富な今泉守正コーチが加わり、テクニカルスタッフとして、11年のW杯優勝を支えた能仲太司氏がチームのサポートに加わった。チームを客観的に見る「目」が増えたことは、大きなプラス材料となっているはずだ。

 今泉コーチは、アメリカの大学女子サッカーの名門・フロリダ州立大学でアシスタントコーチを務めている。同大学ではドローンを使った練習撮影や、分析ソフトを使った最先端テクノロジーを生かしている。国内外で長く女子サッカーに携わってきた今泉コーチの指導歴と、そうしたデータを活用できる経験は心強い。

【攻守の積み上げの成果】

 19年のフランスW杯では攻撃面の課題として、「パススピード不足」や「コンビネーションの強度不足」、「決定力」などが上がった。

 東京五輪のメンバーは22名中17名がフランスW杯経験者であり、コンビネーションは確実な上積みが期待できる。また、チーム全体で取り組んできた筋力トレーニングによってパススピードとボールの飛距離が向上し、ロングボールや相手の裏を狙うフィニッシュの形も増え、攻撃の幅が広がった。これは、ロングボールが蹴れてビルドアップに長けたDF南萌華、DF宝田沙織など若手センターバックの台頭もある。

 とはいえ、ロングボールは失うリスクも高い。19年のW杯では、「パスの距離が長かったチームの多くは早期敗退している」という検証結果も報告されている。縦に速い攻撃で“本家”である欧米勢に対して効果的にロングボールを使うためには、「ゲームを読む力」や、セカンドボール回収率で上回らなければ厳しい。

 決定力については、個々の取り組みに委ねられるが、海外組が増えたことはプラス材料だ。海外リーグでのプレーを経験しているFW岩渕真奈、FW田中美南、FW籾木結花や、国内リーグでは圧倒的なパワーと得点力を誇るFW菅澤優衣香の決定力は、チームの命運を左右する可能性が高い。

 点が欲しい場面では、MF遠藤純がジョーカーになるかもしれない。遠藤は左サイドハーフでプレーすることが多いが、3トップの左や2トップもこなせる。千葉合宿では、県立八千代高校との試合で初めてワントップでプレー。終了間際に25mの長距離砲を決め、劣勢だった試合の空気を一変させた。

遠藤純
遠藤純写真:アフロ

 高倉監督は、「遠藤は、今伸びてきているなと感じる選手の一人」と話し、ワントップでの起用の意図として、「前での突破やシュート力を、決定的な仕事ができるポジションで見たかったのですが、オプションの一つとして(計算できる)、大きな収穫だったと思います」と、その力が世界でも十分に通用する手応えを掴んでいるようだ。

 守備に目を向けると、19年のW杯ではデュエル勝率やセカンドボールの回収率、セットプレーの守備などが課題として残った。

 当時と比べると、全体的なフィジカル向上がデータで示されており、デュエル勝率アップに期待できる。右サイドバックのDF清水梨紗は、「試合で、五分五分のボールをどれだけ自分のものにできたかは特に意識しています。W杯の反省としてコンタクトプレーの弱さがあったので、試合での自分の感覚とデータの数字を照らし合わせることもよくしています」と、日常的にコンタクトプレーの勝率を意識していることを明かした。

 流れの中では、コンパクトな形で、ゾーンで守る方針は変わっていない。ただし、昨年10月から、ピッチに4本の線を引いて5つのレーンに区切る方法を練習に取り入れたことで、守備のイメージを共有しやすくなった。「5レーン理論」は、ペップ・グアルディオラ監督がバイエルン時代に練習に導入したことで広く知られるようになったが、ポジショニングや選手同士の距離感を可視化しやすいメリットがある。そうした好材料が増えたことで、選手同士の練習中のコミュニケーション量は、W杯前と比べて着実に増えた。

 守備の構築を担う大部由美コーチは、「4-3-3の相手に対してミスマッチが生じるところも、マークの受け渡しがスムーズになりました。選手のサッカー理解が深まったことと、フィジカル面でアプローチの強さが高まったことの相乗効果が、目で見ても、数値でも現れてきました」と話す。

 今年に入ってから、強豪国と試合をしておらず、実際の成長度合いを見極めるのは難しい。それでも、千葉合宿中の男子チームとの試合では、安定した守備で失点を最小にとどめ、「守備の時間が長くても、失点はしない」という自信が感じられた。

 今大会は長く左サイドバックでプレーしてきたDF鮫島彩がメンバー入りせず、国際大会の経験が豊富な選手はディフェンスリーダーのDF熊谷紗希のみ。若い選手たちの大会中の成長ぶりも見どころとなる。

熊谷紗希(中央)
熊谷紗希(中央)写真:ムツ・カワモリ/アフロ

【前回W杯の教訓から考える、過密日程でのケガ予防】

 19年のW杯では、大会中に負傷者が複数人出るという想定外のアクシデントが起こった。それは、紅白戦や強度の高いトレーニングができないといった影響を及ぼした。

 W杯前は強豪国との国際親善試合を重ねていたが、世界大会はさらに強度が高くなる。その違いや、プレーする芝などの環境の違いも、W杯でケガ人が多く出た要因と考えられた。その点、今大会では多くの選手がW杯を経験していることが“免疫”になっているだろう。気象条件などの環境面では、開催国のアドバンテージがある。

 昨年まで選手たちがプレーしていたなでしこリーグは春秋制で、リーグ戦の合間に合宿を組んでいた。短期間の活動でも、集合するたびに所属チームが異なる選手たちのコンディションを合わせるのに時間がかかる。その点、今年はWEリーグが9月に開幕するため、3月から毎月、長期の合宿を組み、コンディションを含めたすり合わせができたことは大きい。ほとんどの選手がプロになり、ケガ予防や食事、休養といった観点からも改善が見られる。

 その上で、選手選考においては、「心身ともに健康であること、怪我をしていないこと」(高倉監督)が条件の一つとなった。千葉合宿では日によって別メニュー調整の選手もいたが、指揮官は「基本的には、大事をとって無理をさせないということです」と説明。「選手によって(コンディションの)段階は違いますが、基本的には初戦に向かって調整しています」と、全員が初戦には間に合う計算で調整が進められている。

 とはいえ、五輪は中2日の短期決戦だ。中3日から中5日だったW杯に比べて疲労が溜まりやすく、ケガのリスクも高まる。広瀬フィジカルコーチは、「2、3日プレーできない(ケガをした)場合、1試合ではなく2試合ぐらいできなくなる状況で、細かなケガすら(チームに)大きく影響を及ぼすので、その前提を元に選手のコンディションを見て、不安材料があれば軽んじることなく、スタッフ全員でコミュニケーションを取っていきます」と、慎重な姿勢を示している。オーストラリア戦は本番前最後の重要な試合だが、ケガだけは避けたい。

 初戦まで、2週間を切った。

 千葉合宿では、全員で2011年のW杯でなでしこジャパンが優勝した時の映像を見たという。センターバックの宝田は、「映像を見て鳥肌が立ちましたし、自分たちもそういう歴史を築いていかなければいけないなと強く感じました」と語っていた。

 2年前のフランスW杯の悔しさを糧に、今大会のなでしこは悲願のメダル獲得を叶えることができるだろうか。

 14日のオーストラリア戦は、この2年間の積み上げを念頭に置いて、たしかな手応えが感じられる90分間に期待している。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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