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「落ち込んでも必ず這い上がる」。ベレーザの韋駄天、植木理子がハットトリックで再復活の狼煙

松原渓スポーツジャーナリスト

【注目度の高い一戦で放った輝き】

 力強いガッツポーズ。緑の背番号9が輝いた。

 5月22日に行われたWEリーグのプレシーズンマッチ、大宮アルディージャVENTUS戦で、日テレ・東京ヴェルディベレーザのFW植木理子がハットトリックを記録。今季最多の2,856人の観客が入ったNACK5スタジアム大宮(埼玉県)で、ケガからの鮮やかな復活を印象づけた。

 昨季は例年よりもゴールが少なく、15試合でわずかに4得点。小さなケガが重なって10月以降はピッチに立てず、チームは3位でなでしこリーグを終えた。そして、リーグ女王の浦和レッズレディースとの手に汗握る決勝戦を制し、優勝した年末の皇后杯も、スタンドから見守るしかなかった。

「去年は正直、悔しいシーズンでした。WEリーグが始まる今年は、プレシーズンマッチでも去年の分まで結果を出したい気持ちが強かったです」

 気持ちを高めて臨んだプレシーズンマッチ初戦では、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースの鉄壁を破ることができず、0-1で敗戦。シュートの場面で力が入り、枠を外す場面もあった。だが、この試合ではしっかりとゴールネットを揺らし続けた。自身の3ゴールと、DF宮川麻都のゴールで4-0の快勝を牽引した。

 試合後のオンライン取材では、「この試合は(緊急事態宣言下のため、ビジター席がなく)自分たちのサポーターはいなかったのですが、お客さんがたくさんいる中で見てもらえるのはすごく力になります。やりがいがあって、楽しかったです」と、スッキリした表情で語った。

写真:松尾/アフロスポーツ

 前半30分の先制点は、MF三浦成美の低い弾道のクロスに対し、俊敏な動きでニアサイドでボールの落下地点に入り、力強い跳躍からヘディングシュートを突き刺した。

 植木の真骨頂は、スピードの緩急を生かしたドリブルからの突破やシュートだが、実はクロスにヘディングで合わせる形も得意だ。今季は非公開のトレーニングマッチでも同じような形でゴールしており、紅白戦でも頭で決めることがある。身長は162cmで特別背が高いわけではない。だが、相手DFと駆け引きしながら、速くて高い軌道のボールを額(ひたい)の芯で正確に捉えることができる。

 その理由は、幼少期の体験も大きいのではないだろうか。習いごとや遊びで、水泳やドッジボール、野球やテニスなど様々なスポーツをしていたという植木は以前、「小さい頃に、よく父と一緒に野球のフライを捕る練習をやっていました。『サッカーが上手くなるから』と言われて理由も分からずやっていたのですが、今となっては、落下地点の予測で役に立っているかもしれません」と話していた。

 アルビレックス新潟レディースの守護神で、クロス対応に安定感のある代表候補のGK平尾知佳も、幼少期に、父親とフライを捕る遊びをしていたことで、落下地点の予測力が鍛えられたと話していたことがある。植木も平尾も、無意識でやっていた遊びが、サッカー選手としての大きな武器になっているのだ。

 昨年、最も印象に残っているゴールを尋ねた時、植木は、2019年10月のINAC神戸レオネッサ戦で終了間際に決めた逆転ヘッドを選んだ。4,496名の観客が入った大一番で決めたそのゴールは、同年6月のフランス女子W杯で、メンバー入りしながら本番直前のケガで涙を飲んだ植木の復活を印象づけるゴールでもあった。

 観客、ヘディング、そしてケガからの復活――。大宮戦で植木が決めたヘディングは、筆者が味の素フィールド西が丘で見ていた、そのINAC戦のゴールと重なった。

 また、86分に決めた3点目のゴールにも強い既視感を覚えた。

 MF遠藤純のパスを受けて、ボールを右に動かしてカットイン。細かいタッチで右足を振り抜き、ゴール左隅にグラウンダーの鋭いシュートを決めた。ファーストタッチからシュートまでが早く、ペナルティエリア内なのでDFは寄せにくい。また、DFが死角になるためGKはどうしても反応が遅れる。緻密に計算されたゴールだ。

 植木は、同じようなゴールを2018年のU-20女子W杯フランス大会の準決勝、イングランド戦でも決めている。

 アシストは同じく遠藤で、映像を見直すと、カットインのコース取りからシュートを打つ位置、狙ったコースまで、不思議なくらいシンクロしていた(U-20W杯でイングランドを2-0で下した日本はその後、決勝でスペインを3-1で圧倒して世界一に輝いた)。

 だが、同じ形のゴールが生まれたのは偶然ではない。それは植木の言葉が証明している。

「カットインから決めたゴールは得意な形でした。ずっと練習してきた形が試合で出せたのは自信になります」

 狙い通りのゴールだったことを振り返り、植木は確かな手応えを口にした。

【プレッシャーの中でチャレンジした2020年】

 植木は小学校5年生でサッカーを初めてから、わずか6年でなでしこリーグにデビューし、その2年後には19歳で代表候補入りを果たしている。

「自分が技術面でうまいと思ったことはないです。だから、誰よりも『頑張る』ことだけは絶対にやろうと思ってきました。頑張ることは自分の気持ちの問題なので、その点は誰にも負けないようにしたいと思っています」

写真:松尾/アフロスポーツ

 貫いてきたその想いは、プレーにも表れている。

 ボールを持つと、まずは仕掛けて、ゴールを目指す。ゴール前ではラインギリギリのボールにも果敢に飛び込み、守備でも力をセーブすることなく、体を投げ出す。気持ちがこもったプレーは見ていて清々しいが、一方でそうしたがむしゃらなプレーがケガにつながることもあった。

 昨季は、FW田中美南やFW籾木結花など、前線の主力が抜けた中で、得点女王だった田中から背番号9を受け継いだ。植木は開幕から先発で試合に出続けたが、ゴールを目指すだけでなく、前線で起点になるなど、担う役割が広がった。そこに、リーグ5連覇のプレッシャーが重くのしかかった。

 チームの新たな戦い方に慣れるまでに時間がかかり、なかなか結果が上向かない。その中で、「自分がなんとかしなければ」という焦りがプレーの歯車を狂わせているように見えることもあった。

「自分が点を取らなければいけない、という気持ちが強すぎたかもしれません。今は背伸びをせずに、まずはチームが勝つために自分ができることを精一杯やりたいと思っています」

 リーグ戦の3分の1を消化した頃、植木は自分に言い聞かせるように話していた。しかし、その後はケガもあってベンチ入りできず、シーズンを通して期待された結果を残すことはできなかった。

 ケガ人が多く、苦しい台所事情の中でチームの得点力を支えたのは、植木が「頼れる先輩」と慕うFW小林里歌子と、年代別代表以来、ホットラインを築いてきた遠藤だ。2人はケガで抜けた時期はあったものの、小林は13ゴール、遠藤は8ゴールを決めた。

 今季、植木は小林、遠藤とともに4-3-3の3トップを形成し、試合の中で互いのポジションを入れ替えるなど、変化に富んだ崩しを見せている。昨季、点が取れずに苦しみながらもチャレンジを続けた。永田雅人元監督(現ヘッドコーチ)から直接指導を受けたり、昨季2トップを組んだ小林と、練習中から緻密にコミュニケーションを取りながらプレーの幅を広げた。その積み重ねが、植木のプレーにポジティブな影響を与えていることは間違いないだろう。

 今、取り組んでいるのは「ボールが入った時に、ワンタッチで前を向いてシュートにいくのか、パスを出すのかの判断を高める」トレーニングだという。3点目には、その成果が表れていた。

写真:松尾/アフロスポーツ

 代表のレギュラーで、植木にとって下部組織からの先輩でもある三浦は、隣の背番号の選手をリレー形式で紹介していく企画の中で、植木についてこう綴っている。

「感情豊かで落ち込むこともあるけど、必ず這い上がってくる強さもある。チームメイトだけど応援したくなるような存在です」

 代表からは1年以上離れている。だが、「誰よりも頑張る」という自分の信念を曲げることなく積み重ねる姿は、周囲にもいい影響を与えているようだ。三浦は、植木の変化を温かい視線で見守っている。

「練習から気迫が感じられますし、また理子変わったな、と感じています。その中での活躍だったので嬉しかったですね。これまではタイミング悪くケガをしてしまうこともありましたが、誰よりも真面目に取り組む姿勢は、チームメートみんなが尊敬できる部分だと思います」

 WEリーグが始まる今季は、一回り深みを増したプレーとバリエーションを増したゴールで、見る人を楽しませてくれるのではないかと期待している。

 ベレーザはプレシーズンマッチでここまで1勝1敗。次節は、5月30日に味の素フィールド西が丘で、アルビレックス新潟レディースと対戦する。新潟は、ここまで3連勝。11得点2失点と、攻撃力を爆発させている。見応えのある一戦になることは間違いない。

※表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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