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猛烈プレスと鮮やかな4ゴール。なでしこリーグ1部で初勝利のスフィーダ世田谷FCは「成熟と挑戦」の年に

松原渓スポーツジャーナリスト
昨季2部優勝の実力を示した

【なでしこリーグ1部が各地で開幕】

 3月27日、28日に各地でなでしこリーグ1部が開幕した。

 コロナ禍で当初の予定から4カ月遅れの7月に無観客試合で開幕した昨季とは違い、今季は制限付きではあるものの有観客でのスタートとなり、各地で熱戦が繰り広げられた。

 今年はWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)発足に伴い、なでしこリーグも再編され、1部は12チームで毎節6試合が行われる。参加チームは、昨季1部の上位チームから、3部(チャレンジリーグ)のチームまで幅広いが、オフには選手が大きく動いており、前年の順位やカテゴリーの上下を覆す番狂わせが起こる可能性もある。

 開幕戦では、昨季1部の愛媛FCレディースと伊賀FCくノ一三重が、昨季はチャレンジリーグで戦ったアンジュヴィオレ広島とコノミヤ・スペランツァ大阪高槻にそれぞれ3-1、4-0で勝利。愛媛と伊賀は昨季から先発メンバーの過半数が変わったが、シュート数では共に相手を圧倒し、力を示した。

 一方、昨季チャレンジリーグのNGUラブリッジ名古屋が昨季2部のニッパツ横浜FCシーガルズに2-1で勝利し、昨季2部のASハリマアルビオンは、同1部のセレッソ大阪堺レディースと0-0のドロー。名古屋とハリマは共に、上のカテゴリーだった相手にシュート数で上回られながらも、粘り強い戦いで勝ち点をゲットしている。

 昨季2部同士のカードでは、日体大FIELDS横浜がオルカ鴨川FCに、FW李誠雅のゴールで1-0で勝利。そして、スフィーダ世田谷FCは、大和シルフィードをホームの駒沢陸上競技場に迎え、4-0で快勝した。

 試合前まで大雨が降り続いたが、駒沢陸上競技場のスタンドには、今季開幕戦最多の551人の観客が入った。メガホンや声を出しての応援はまだ禁止されているが、手拍子やハリセンを使った応援は可能だ。チケットは有料(一般1000円、中高生500円、小学生以下無料)で、家族連れや子供たちの姿も多く見られた。

 S世田谷と大和の対戦は、これまで1点が明暗を分ける拮抗した試合が多かったが、今季の開幕戦は、チームの成熟度の差がスコアの差に現れた印象だ。

 5年目の藤巻藍子監督がチームを率いる大和は、新たにJリーグの横浜F・マリノスから高橋和幸フットボールダイレクターを迎え、新任のフィジカルコーチやスポーツ栄養士も加わり、チームのサポート体制を強化した。一方、選手は昨季から約半数が入れ替わっており、新生チームとしてはまだ日が浅い。

 S世田谷は昨季、高い位置からボールを奪ってスピーディにゴールを目指すスタイルで、チーム創設20年目にして2部優勝を達成。12月の皇后杯3回戦では、1部のマイナビベガルタ仙台レディース(現マイナビ仙台レディース)に対してPK戦に持ち込む大健闘を見せるなど、充実したシーズンを送った。シーズン後、チーム創設以来長くチームを牽引してきた川邊健一監督が退任してGMとなり、新監督として、明治大学やユニバーシアード日本代表、Jリーグのグルージャ盛岡などで指導してきた神川明彦監督を迎えた。同氏は今季のS世田谷を「成熟と挑戦の融合」という言葉で表現。戦術面では、「いい守備から、いい攻撃へ」を合言葉に、初の1部挑戦での優勝を目指している。

神川明彦監督
神川明彦監督

 昨季2部でMVPに輝いたFW大竹麻友など、WEリーグのスカウトの目に留まってもおかしくない選手も何人かいたが、主力のほとんどが残留。各チームの選手が大きく動いた中で、主力の流出が最も少なかったのは、大きなアドバンテージだ。この開幕戦は立ち上がりから自信を持ってアクションを仕掛けた。

【理想的なゲーム運び】

 ボールを失った瞬間に奪い返し、シンプルにゴールに迫る――開始わずか55秒でMF竹島加奈子が決めた先制点は、S世田谷らしいゴールだった。伊賀から加入し、新戦力として唯一先発メンバーに名を連ねた竹島は、「大竹(麻友)選手から絶対にボールが出ると思いました」と、迷いのない動き出しで大竹から相手陣内右奥へのパスを引き出し、並走するDFをかわしてゴールから離れるようにボールを運ぶと、角度のない位置から利き足ではない右足で、飛び出した相手GKの頭上を越える技ありのゴールを逆サイドネットに沈めた。

竹島加奈子
竹島加奈子

 この先制点の後は徐々にゲームが落ち着き、試合は拮抗。少ないタッチ数でS世田谷のハイプレスをかわして、裏のスペースを狙う大和が主導権を握る時間帯もあったが、S世田谷はDF渡辺瑞稀とDF戸田歩のセンターバックコンビとサイドバックのDF根本彩夏、DF奈良美沙季の4バックが的確なラインコントロールと、1対1で奪い切る守備でシュートまで持ち込ませない。

 1点リードで迎えた後半は、大和の攻勢に粘り強く対応しつつカウンターを狙った。そうした中、追加点を狙って先に動いた神川監督が、56分に交代でMF中山さつきを投入すると、その策が的中する。

 63分、竹島の左からのクロスに、中山がダイナミックなダイビングヘッドで2-0。

 その後は、攻撃的な選手を次々に投入する大和に対し、S世田谷は前線からのハードワークで主導権を渡さず、85分には、相手陣内中央でセカンドボールを奪った大竹がロングシュート決めて3点目。さらに終了間際の89分には、大竹が競ったセカンドボールのこぼれ球を快足ドリブルで運んだ中山が、GKも含めて3人をかわし、この日2点目を叩き込んだ。持ち前の堅守に決定力が加わったS世田谷が、理想的な内容で試合を締めくくった。

【進化するスタイル】

 試合後、神川監督は、「横浜F・マリノスとの連携を生かして、攻撃的な素晴らしいサッカーを展開してくる大和シルフィードさんに対して、我々は、『いい守備から、いい攻撃へ』というキーワードでこの1週間、準備をしてきました。僕を除くスタッフの素晴らしい力がこの結果につながったと思いますし、勝利に与(あずか)らせてもらって光栄です」と、謙虚な言葉で初勝利の感想を語っている。

 連動したハイプレスは、昨季同様、S世田谷の強力な武器だ。攻撃面では全体的にパススピードが速いため、トラップが大きくなったり、パスミスもあるが、不思議と気にならない。ボールを失った後の守備への切り替えが早く、ボールを奪った瞬間に全員の矢印が相手ゴールに向かう、そのスピード感が真骨頂だからだ。

 個人に目を向けると、球際で圧倒的な強さを見せていたのが1ゴール2アシストの大竹麻友だ。ボールを奪いにくる相手を弾き飛ばすような力強いドリブルや、体を投げ出すことを厭わない献身的な守備でチームを支えるハードワーカーは、会場を何度も沸かせていた。

大竹麻友(写真は昨季)
大竹麻友(写真は昨季)

 ファーストプレーでゴールを決め、チームに勢いを与えた竹島加奈子は、この試合のMVPに選出された。守備の強度やハードワークなど、共通する要素が多い伊賀からの移籍で、S世田谷のサッカーにもスムーズにフィットしているように見えた。また、ワントップのFW堀江美月は、小柄な選手が多い日本のFWでは貴重な、高さと強さを兼ね備えたセンターフォワードで、1人で複数の相手に囲まれながらのボールキープが光る。

堀江美月
堀江美月

 守備面ではラインを押し上げるためカウンター攻撃を受けるリスクは高いが、1対1に強く、フィード力のある渡辺瑞稀の存在感が際立っていた。

 中盤では昨季、アンカーとして攻守を支えたMF瀬野有希(WEリーグのちふれASエルフェン埼玉に移籍)が抜けた穴をどう埋めるかは、懸念されるポイントだと思われたが、この試合ではMF三本紗矢香、MF樫本芹菜、MF長﨑茜ら、中盤の選手たちが流動的に動きながらスペースを埋めていた。

 こうした流動性を磨きつつ、一人ひとりのプレーエリアを広げることができれば、さらに攻撃のバリエーションが増えそうだ。また、この日の試合は雨の後で、初夏なみの気温が下がり、最後まで守備の質が落ちなかったが、真夏の時期は同じようにはいかないだろう。交代で2得点を決めた中山さつきのように、レギュラー陣を脅かす選手がさらに出てくることにも期待したい。

 サッカーのスタイルに共通点の多い伊賀との対戦では、どちらが主導権を握るか見応えのある試合になりそうだ。また、様々な相手と対戦する中で、神川監督が既存のスタイルにどのような変化やプラスアルファを加えていくのか興味深い。

 次節は、4月4日にアウェーのウインク陸上競技場(兵庫県)で、同じく1部初挑戦のASハリマアルビオンと対戦する。S世田谷は昨季、開幕3連勝で好調の波に乗った。ハリマは昨季なでしこリーグ2部で6位だったが、同じく開幕3連勝と、序盤で強さを見せていた。タイトル争いのキーファクターでもある開幕ダッシュを実現するのはどちらのチームか。

 試合はYouTubeの「なでしこリーグチャンネル」でライブ配信される。

※写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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