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川澄奈穂美の加入はカンフル剤になるか。大一番に敗れたINAC、常勝軍団復活に必要なこと

松原渓スポーツジャーナリスト
川澄(一番左)の加入はチームの刺激になるか(写真:keimatsubara)

【優勝を左右する試合の重み】

 柔らかい口調から発せられる一言一言が、毅然とした響きを伴っていた。

 8月23日、なでしこリーグの首位争いの行方を占う大一番となったINAC神戸レオネッサと浦和レッズレディースの一戦。開幕から3連勝と好スタートを切った後、引き分けが2試合続いていたINACは、第6節で首位・浦和との上位対決に臨んだ。結果は0-1で、今季初の敗戦。首位を堅守した浦和との勝ち点差は4に開き、順位は2位の日テレ・東京ヴェルディベレーザ、3位のセレッソ大阪堺レディースに次ぐ4位に後退した。

 試合終了直後に行われたオンライン取材に選手を代表する形で登場したのは、終盤の69分からピッチに立ったMF川澄奈穂美。この試合の1週間前、8月16日にアメリカのスカイ・ブルーFCから期限つきでの加入が発表された川澄は、この浦和戦がINACで4年ぶりの復帰戦だった。復帰の感想を笑顔とともに語ることは叶わなかったが、率直で熱い語り口は健在だった。

「私自身、今日の試合が優勝を決める試合、といっても過言ではないと思っていました」

 INACが浦和にリーグ戦で敗れるのは、2014年3月の開幕戦以来6年ぶりだ。川澄は、敗戦が意味する厳しい現実を、自分の胸に刻むように口にした。

 30試合以上あるJリーグと違い、なでしこリーグは18試合で優勝が決まる。序盤戦で取りこぼした勝ち点は、終盤の優勝争いに響く。特に、ホームのノエビアスタジアム神戸に優勝候補を迎えるこの一戦は、INACにとって是が非でも勝っておきたい試合だった。

 

「ここ数年のINACの試合を(映像などで)見ていて、優勝を狙うチームだとしたら、こういう(リーグ戦の)最初の方での取りこぼしがすごくもったいないな、という印象を受けていました。実際、ここ2試合の(4節と5節の)引き分けをネガティブに捉えないのであれば、今日のゲームは絶対に落としてはいけなかったですね。負けたら首位とどれだけ差が開くかは、みんながわかっていたと思います。もう少し、その重要性を気持ちで表してプレーすることも必要じゃないかなと思いました」

 合流して間もないこともあって言葉は抑え気味だったが、表情からはほとばしる悔しさが伝わってきた。

 17日に行われた川澄の復帰会見は、コロナ禍のなでしこリーグにとって明るいニュースだった。大学卒業後の08年にINACに入団し、11年のドイツ女子W杯で優勝に貢献し、帰国後の国内リーグが“なでしこフィーバー”に沸く中、INACのリーグ3連覇を牽引した。ピッチ上の存在感に加え、明るいキャラクターやメディアでの発信力、ファンサービスで見せる細やかな気遣いなども、川澄をリーグ随一の人気選手に押し上げた。神戸を「第二の故郷」と公言し、14年のシアトル・レインFCへの期限付き移籍を経て、16年から本格的にアメリカに拠点を移した後も、INACの状況は常にチェックしていたという。

 浦和戦の1週間前に発表された今回の移籍は、クラブ側が以前から本人にオファーを伝えていたことと、アメリカのリーグがコロナ禍の影響により、7月末に終了したことで実現した。17日の記者会見の壇上で、川澄は「タイトルを獲ることを強く思って入団しました」と、強い決意を口にしている。

 帰国したのは7月31日。14日間の隔離生活を経て8月17日から練習に合流し、急ピッチでコンディションを上げ、浦和戦の出場を果たした。

4年ぶりにINACのユニフォームに袖を通した川澄(写真:keimatsubara)
4年ぶりにINACのユニフォームに袖を通した川澄(写真:keimatsubara)

【「多様性」が秘める可能性】

 今季、INACはタイトル奪還のために、Jリーグの京都や浦和、神戸などを指揮してきたゲルト・エンゲルス監督を招聘。4年連続リーグ得点王のFW田中美南、代表歴のあるMF阪口萌乃ら、即戦力を他チームから獲得し、東京五輪が実施される予定だった今年の大型補強は話題になった。

 エンゲルス監督の方針の下で、新戦力が加わったチームが連係を構築するのに時間がかかることは予想できた。だが、18試合でタイトルを獲得するための補強をしたのだから、準備期間の少なさは勝てない理由にならない。

 優勝するためには、リーグ5連覇中のベレーザと浦和の昨季2強に「負けない」こと。その上で、他の7チームとの対戦では勝ち点3をコンスタントに積み上げておかなければ厳しい。昨季、長く首位を維持しながら終盤戦でINACに敗れ、最終的に2位でリーグ戦を終えた浦和は、上位対決の結果がもたらす影響を痛いほどわかっているはずだ。

 INACは、9月21日にアウェーの駒場スタジアムで行われる浦和戦で、この借りを返すことができるだろうか。

 リーグ優勝は13年、タイトルは16年の皇后杯を最後に遠ざかっている。その要因の一つが、今回のように上位対決で勝つことができていないことだ。ここ数年、タイトルがかかった試合ではベレーザと対戦することが多く、内容の良い試合もありながら、シルバーコレクターに甘んじてきた。昨年のリーグ戦は浦和に次ぐ3位で終えている。複数の決定機を作りながら敗れた23日の浦和戦も、そうした傾向の延長線上にあるように思える。

 優勝するためには何が必要なのか? 過去に遡って「INACの強みとは何か」を改めて考えてみたい。

 2011年から13年にかけてのINACは、澤穂希、川澄らをはじめとするドイツW杯優勝の中心メンバー7名のほか、韓国代表の大黒柱であるMFチ・ソヨン、リーグ得点王にもなったFWゴーベル・ヤネズなど外国籍の選手を擁し、圧倒的な強さでリーグ3連覇を達成。「常勝軍団」の呼び名をほしいままにしていた。

 様々なクラブの有力選手を獲得することでチームを強化してきたINAC。現在は育成にも力を入れているが、毎年、日本代表クラスの選手や有力な高卒ルーキーを獲得して戦力の新陳代謝を図っている。

 INACのもう一つの大きな強みが、リーグ屈指のプレー環境だ。

 3連覇当時も今も、所属選手はプロ契約か社員契約だが、後者でも仕事は免除されており、実質プロである。W杯優勝時の主力選手たちは、その研ぎ澄まされたプロ意識で試合や練習前後の準備とケアを怠らず、INACに入ってからはその恵まれた環境を生かして、30歳を超えてもパフォーマンスを高め続けた。

 勝負へのこだわりは、自分への厳しさとイコールだ。そうした選手たちが移籍や引退等で次々とチームを離れていき、INACは世代交代を迎えた。

 その後、過渡期を迎えたINACと入れ替わるようにして、ベレーザがリーグ女王に返り咲いた。

 ベレーザは下部組織のメニーナから多くの代表選手を輩出してきた育成型クラブのロールモデルであり、15年からリーグ5連覇中。生え抜き選手と、他クラブからの移籍やルーキーとして加入した選手のバランスが良く、若い才能も順調に育ってきている。浦和も同様にユース育ちの選手が多く、今季、下部組織出身選手の割合はベレーザよりも高い。どんなチームにもサイクルはあるものだが、個のレベルアップに加え、戦術的にも発展を遂げている両チームの成長カーブは右肩上がりだ。それに加えて他チームの継続的な強化もあり、リーグの全体的なレベルは以前よりも上がっている。

 それぞれが異なる背景を持つ強烈な個性の集合体であるINACには、長い時間を共有してきた選手が多いベレーザや浦和に比べて、一体感を作り出す難しさはあるだろう。

 多様性があるチームはまとまりにくい。その代わり、その強みを活かすことができれば大きく飛躍する可能性を秘めているはずだ。

【ステップ・バイ・ステップ】

 6試合が終わった今の段階で、エンゲルス監督の“色”は、まだおぼろげにしか見えていない。だが、浦和の守備陣とハイレベルな駆け引きを繰り広げたFW岩渕真奈とFW田中美南の2トップや、途中出場で攻撃を活性化したFW京川舞、優れた危機察知能力でピンチの芽を摘み続けたMF伊藤美紀、そして今季、正GKになったスタンボー華の長い手足を生かしたセービングなど、見所は少なくなかった。

好セーブが光ったスタンボー華(写真:keimatsubara)
好セーブが光ったスタンボー華(写真:keimatsubara)

 エンゲルス監督は浦和戦後に、「結果は違うけど、(内容は)おそらく今日は我々の(今季)一番いい試合だったと思います」と評価し、「ステップ・バイ・ステップで良くなる」と、確信したように語った。Jリーグでタイトルを獲った経験もあるエンゲルス監督の、多様性を活かす手腕に期待している。

 そして、選手たちが、監督の指示を待つだけではなく動き出すことが大切だろう。良い兆しはある。試合後のロッカールームでは、選手同士の話し合いで厳しい声が上がったという。川澄は加入したばかりの自分が厳しいことを言って良いのかという葛藤があった中で、「それを、ちゃんと言葉にして伝えてくれる選手がいた」と明かしている。

「(リーグ戦の)3分の1を終えて、(優勝の)チャンスがなくなったわけではないので。切り替えて、ロッカーで選手同士で厳しい話もしました。そういったところを、いかに明日の練習から出せるか、試合で出せるかが本当に重要になってくると思います。なんとなく『負けちゃった。でも内容はいいところもあった』ではなくて、劇的に、まずは本当に気持ちを見せて戦うところからやらないと、優勝は難しいなと思います」

 戦略、戦術、コンディショニング、技術、デュエル、試合中の修正力。勝負は様々な要素に左右される。川澄が指摘する「戦う姿勢」を改めて見つめ直すことは、流れを失っているチームを好転させる糸口になるかもしれない。

 INACの変化を中と外から見守ってきた経験豊富な川澄の加入が、チームにどのような効果をもたらすのかーー。ここからの好変化を期待せずにはいられない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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