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鬼門・ベレーザ戦でまたしても…。タイトル争いから後退のINAC、「敵は己にあり」

松原渓スポーツジャーナリスト
中盤で守備を支える伊藤美紀(左はベレーザの長谷川唯)(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【積み重なった敗戦の重み】

 10月20日(日)に行われたなでしこリーグ第16節、2位の日テレ・ベレーザ(ベレーザ)のアウェーに乗り込んだ3位のINAC神戸レオネッサ(INAC)は、1-2で逆転負けを喫している。この結果によってINACは残り2試合で首位との差が「9」に開いたため、逆転優勝の可能性を失い、優勝争いはベレーザと浦和レッズレディース(浦和)の2チームに絞られた。

 今季リーグ最多の4,496名の観客が入った味の素フィールド西が丘で、試合直後の両ベンチ前には対照的な光景が広がっていた。

 3年連続リーグ2位のINACにとって、対ベレーザ戦は、もはや「鬼門」に近い。

 直接対決は17年5月以来勝っておらず、リーグ4連覇中のベレーザの壁を破らないことにはシルバーコレクター返上は見えてこない。

 今年の元旦に行われた皇后杯決勝以来、4試合連続で先制しており、内容面の差は縮まっているようにも思える。

 しかし、結果は残酷だ。

 皇后杯決勝は後半に追いつかれて延長戦の末に2-4で敗れ、今年5月のリーグ第7節は試合終了間際に同点に追いつかれて1-1のドロー。8月のリーグカップ決勝も後半で追いつかれ、延長戦の末に1-3。そして、この試合は土壇場の劇的な逆転弾を許してしまった。

 逆転を許したこれまでの2試合は決勝戦の舞台で、今回の試合は勝たなければ優勝の可能性がなくなる一戦。いずれもタイトルに関わる試合だっただけに、敗戦の重みは増した。

 試合後はサポーターグループの一人が拡声器を使用して鈴木俊監督に話し合いを求め、緊迫感が漂う場面もあった。この件ではその後、拡声器を応援以外の目的で使った行為が、サッカー協会が定める規定違反に当たることを当事者が認め、27日のホーム最終戦で入場を自粛することを発表している。

 なでしこリーグはJリーグよりも会場が比較的コンパクトで、スタンドの声は観客や選手本人にも届きやすい。そのため、心ない野次や威圧的な呼びかけによって傷ついたり、気分を害する人々や選手たちもいることを改めて心に留めておきたい。

 一方で、両サポーターの力強い応援が試合を面白くしていたことも、紛れもない事実だ。

 チームを愛するからこそ、交通費や宿泊費をかけて全国津々浦々に足を運び、チケットやグッズを買って熱い応援を送り続けるーーそんなサポーターの存在は大きい。

 INACのサポーターが今回のような行動に出たのは、筆者が知る限り初めてのことだった。

【対照的だった前後半】

 前半は、今季のINACの試合でも指折りの理想的なゲーム運びだったように思う。

 FW岩渕真奈、MF中島依美、MF杉田妃和が中盤でゲームを作り、左サイドの八坂芽依がスピードを生かして裏を狙う。両サイドバックの高瀬愛実とDF守屋都弥も積極的に高い位置を取って最終ラインを押し上げ、中盤ではMF伊藤美紀がセカンドボールを拾い続けた。右サイドを崩してクロスから守屋が決めた前半3分の先制点に続いて、19分にも右サイドの崩しからMF増矢理花が決定的なシュートを放っている。これはベレーザのGK山下杏也加のスーパーセーブに阻まれた。

 22分のショートカウンターは完璧だった。左サイドで奪われた後、相手陣内ですぐに奪い返し、増矢が中央にパスを入れて岩渕がスルー。中島のフィニッシュはわずかにゴールの右に逸れたが、奪ってからシュートまで2秒もかからなかった。

 粘り強い守備と奪ってからの切り替えの早さ、厚みのある攻撃ーーINACの強みが、前半は存分に発揮されていた。

 だが後半、MF長谷川唯、MF遠藤純、FW植木理子という代表選手3名を次々に投入し、じわじわとギアを上げるベレーザの追い上げは、高い集中力を保ち続けたINACイレブンにボディーブローのようにダメージを与えていった。

 ピンチの場面ではGK武仲麗依が抜群の安定感を見せ、ファインセーブを連発した。だが、それを追加点という形でバックアップできなかったのが痛い。 

 77分までに3人の交代枠を使い切ったベレーザの永田雅人監督に対し、鈴木監督は交代枠を一つ残している。67分にFW京川舞を投入し、後半アディショナルタイムにDF水野蕗奈を投入。水野の投入はセンターバックのDF三宅史織が足を攣ったための応急措置だったが、それによってマークのズレが生じ、ベレーザの逆転弾につながってしまったことを指揮官自身が認めている。

 勝たなければ優勝の可能性が消滅する状況や、これまでにも同じように相手の変化に対応できずに逆転を許してきた経緯を考えれば、もう少し早い段階でフレッシュな選手を投入して守備の活性化を図り、仕切り直す方法もあったのではないだろうか。

 ただし、鈴木監督はこれまでにも、力が拮抗する相手との試合で交代枠を残すことがあった。それは、ピッチ上の選手が自分たちの力で流れを変えるよう促し、委ねてきたからだろう。試合後の言葉からは、そのことが伝わってくる。

「ハーフタイムにはいつもの流れになっているから、後半もスイッチをしっかりと入れて戦う姿勢を続けなさいと送り出しました。後半、相手のペースアップに対して後手を踏んでしまったかなと…」(INAC公式サイトより/原文ママ)

 

 この言葉から読み取れるのは、決定的な場面を決めきれなかったことで、リズムや試合の流れを悪くするこれまでの流れになりかけている。だから適切な判断で悪い流れを断ち切り、球際でもしっかり戦うことを求めたーーだが、結果的にはそれが難しかった、ということだろう。

【敗戦の中で積み上げたもの】

 この試合で、特に前半は的確なポジショニングでピンチの芽を摘み、守備から攻撃への切り替えで存在感を発揮していたのが、ボランチとしてフル出場したMF伊藤美紀だ。レギュラーとして3シーズン、チームを支えてきた伊藤は敗因をこう分析した。

「後半はベレーザのトップにボールを入れさせる回数が多くなり、(自分を含む)中盤が下がり気味になってしまいました。その場面で後ろ向きにならず、ラインを上げられていれば押し込まれることはなかったと思います。(攻撃面では)前半はいい形が作れていて、あと2点、3点取れそうなシーンがありました。ただ、いつも(リードが)1点止まりなので、前半のうちに畳み掛けられるようになれば、自分たちのゲームにできると思うのですが……」

 ベレーザに対して1点差は、リードとは言えない。伊藤の言葉は、身に沁みていたはずの課題を改めて突きつけられたことを物語っていた。また、ベレーザ戦では後半に守備に綻びが出やすくなる理由について、伊藤はこう続けた。

「ベレーザは(相手のプレッシャーに対して)ボールを”逃がす”のがうまいので、(プレッシャーに)いってもパスを出されると思い、迷って思いきり(プレッシャーに)行けなくなることがあります。ベレーザの選手はミスが少なく丁寧に足下でつなぐので、自分たちのボールにするのに時間がかかってしまう。それがメンタル的にも影響していると思うし、相手をリスペクトしすぎている部分もあるのかもしれません」

 INACは第12節のアルビレックス新潟レディース戦や第15節の浦和戦など、持ち前の堅守を90分間機能させた試合はしっかりとものにしてきた。また、前節の浦和戦では失点後に選手同士で話し合い、修正を図る場面も見られた。

 そう考えれば、敵は己にありーーと言えるのかもしれない。

 

 とはいえ、以前に比べればボールを持てる時間が増えていることも実感しているからこそ、伊藤はポジティブな変化も感じているようだった。

「チームでも個人としても、ボールを失う回数が減りました。試合中に選手だけで修正する力は徐々についてきていると思うので、その雰囲気をもっと大事にして、若手だからとか関係なくそれぞれが思っていることをしっかり言い合っていけば、絶対に変わっていくと思います」

 個人に目を向ければ、リーグ戦では膝のケガからの復帰後、約3年ぶりとなる守屋のゴールに加え、加入1年目のルーキー、DF三浦紗津紀が存在感を発揮した。8月の対戦ではベレーザのエース、FW田中美南とのマッチアップでパワーや経験の差を見せつけられたが、この試合では体を張って食い止める場面もあった。

「自分は対人や球際の強さ、ヘディングが長所だと思っています。そこで負けないことを意識して今日も臨んだのですが、やっぱり(田中さんは)うまくて強いな、と思う部分が多く、自分はまだまだだなと感じました」(三浦)

 ベレーザとの対戦で悔しい思いを重ねた経験は、着実に積み上がっている。

 INACがベレーザに対してこの借りを返せる可能性があるのは、年末の皇后杯だ。渇望してきたタイトルに近づくために、残り2試合のリーグ戦にどう修正して臨むかは見どころだ。

 次節は10月27日(日)、ホームのノエビアスタジアム神戸で4位のジェフユナイテッド市原・千葉レディースと、最終節は11月2日(土)にアウェーの上野運動公園競技場(三重県)で伊賀FCくノ一と対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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