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なでしこリーグ優勝争いの天王山は近年稀に見る好ゲームに。浦和が5年ぶりのリーグ制覇へ前進

松原渓スポーツジャーナリスト
浦和が天王山を制してリーグ優勝に前進した(写真:田村翔/アフロスポーツ)

【攻め抜いた90分間】

 エキサイティングな90分間の末に、浦和レッズレディース(浦和)が「三度目の正直」を成し遂げた。

 9月22日(日)に味の素フィールド西が丘で行われたなでしこリーグ第13節。優勝争いの鍵となる日テレ・ベレーザ(ベレーザ)との大一番は、今季2度の対戦でいずれも逆転負けを喫してきた浦和が3-2で勝利。浦和はこれでリーグ戦5連勝となり、2014年以来5シーズンぶりのリーグ優勝に向けて大きなアドバンテージを手にした。

 この試合は、両チーム合わせて15名の代表選手がピッチに立った。ベレーザは先発10名を含む11名、浦和は24日に追加招集が発表されたDF清家貴子を含めた先発4名が、10月のカナダ戦に臨むなでしこジャパンのメンバーに選ばれている。

 後半から霧雨が降る中で、両チームの集中力の高さは際立っていた。

 終了の笛が鳴った瞬間、ピッチに倒れこんだのは浦和の選手たちだ。その光景は、チャレンジャーとして力を出し尽くした90分間の壮絶な闘いを物語っていた。

「最高の結果だと思います」

 森栄次監督は取材エリアで開口一番、満面の笑顔で語った。

 この試合、FW菅澤優衣香、ボランチのMF柴田華絵という、チームの軸である2人をコンディション不良で欠く厳しい状況で迎えていた。

 その中で、19歳のFW高橋はなが2得点1アシスト。21歳のDF長嶋玲奈とMF遠藤優がそれぞれリーグ戦初ゴールと今季初先発でアシストを決めるなど、普段、出場機会が少ない選手たちが活躍し、総力戦で勝ち取った勝利だけに喜びもひとしおだ。

「選手たちが思った以上にハードワークしてくれて、普段の練習でやっている成果も出ていました。ベレーザに『3回負けるわけにはいかない』という意気込みで臨んだことも勝因だと思います」(森監督)

 ベレーザに対し、3月のリーグ第3節は1-3で敗れ、7月のリーグカップ準決勝は2-3で敗れた。2試合とも前半をリードして折り返しながら、後半に3失点を喫している。

 この試合も理想的な入りを見せた。コンパクトな守備で、ベレーザが作り出していく複数のパスコースを片っ端から封じ、高いラインの背後はDF長船加奈とDF南萌華のセンターバックコンビとGK池田咲紀子の的確な読みでカバーした。

 攻撃面では、リーグ戦で今季初先発の遠藤が躍動。リーグでは敵として、代表では味方としてプレーし、互いの特徴を知り尽くした選手同士が多い中、大一番で初先発を勝ち取った遠藤はベレーザの選手たちにとって未知数な部分もあっただろう。

 38分、その遠藤がドリブルで仕掛けて相手を引きつけると、裏に動き出した高橋がワンタッチで流し込んで先制。浦和が1点リードで前半を折り返した。

「後半も(前半同様に)マイボールの時間を長くして、できるだけ自分たちの時間を長くしようと伝えました。相手の時間はあるけど耐えて、とにかく点を取りに行こうと指示しました」(森監督)

 森監督は後半もリードを守りきろうとはせず、攻め抜くことを選択。その狙いは功を奏した。

 60分に連係ミスからFW田中美南に同点ゴールを決められたが、その後もタイトな守備から攻撃への素早い切り替えを徹底すると、71分には高橋のスルーパスを受けた長嶋が冷静に決めて再びリード。その6分後には、右サイドでMF栗島朱里があげたクロスを高橋が頭で合わせて3-1。

 終盤はベレーザの猛攻に晒され、MF三浦成美のゴールで1点差に詰め寄られたが、リードを守り切った。

【大一番で輝いた高橋】

 リーグ5連覇を目指すベレーザは、どれほど対策をされても、それを上回る強さを見せてきた。

 対戦相手は特定の選手を封じても勝つことはできず、たとえばカウンターを狙っても鮮やかに跳ね返される。そして、試合の流れによって後半はさらに一段ギアを上げてくる。

 そのように柔軟に、攻守において質の高い連係を見せるベレーザに対して、浦和が「つなぐ」ことにこだわった勝利にも価値があるように思う。

 浦和はフィジカルが強い選手が多く、昨年まではロングボールでシンプルに勝負することも多かったが、森監督はどの相手に対してもボール保持を優先させながら主導権を握ることを目指してきた。その積み重ねが、大一番で実を結んだ。

 リーグ戦の先発メンバーはある程度固定されているが、練習ではレギュラーとサブを分けずにチーム全体でレベルアップを図っているという。それが、出場機会が少ない選手たちの成長を促した面もあるだろう。

 その一人が、勝利の立役者となった高橋だ。

 試合後、取材エリアに現れた高橋の表情は落ち着いていた。

「(菅澤)優衣香さんの代わりになれるのかという不安もありました」と、目に見えないプレッシャーを感じていたと明かしたが、家族やチームメートから「自分らしくやればいいんだよ」と声をかけられたことでふっきれたという。

 高橋はスピードとパワーと高さ(168cm)を兼ね備えた有望株だ。昨夏のU-20女子W杯では飛び級で選ばれ、浦和のチームメートでもある南とともにセンターバックで全6試合にフル出場し、15得点3失点の堅守を支え、同大会初の世界一に貢献した。一方、浦和では今季、フォワードとサイドバックでも出場。リーグ戦は途中出場が多いが、3つのポジションでそのフィジカルを生かせる柔軟性は魅力だ。

「“便利屋”ではなく、どのポジションでも必要とされる選手になりたいと思って、練習からいい準備を心がけています」

 こう話すように、目指すのはユーティリティプレーヤーではなく、どのポジションでも“スペシャリスト”になること。普段から代表クラスの選手たちと練習でマッチアップしていることも自身の成長につながっていると語った。

 

 10月末からタイで行われるAFC U-19女子選手権への出場が濃厚だが、その前に10月6日のカナダ戦に臨むなでしこジャパンに初招集されており、ブレイクの可能性も秘めている。

【機先を制した“森マジック”】

 両監督の采配においても見どころの多い試合だった。

 森監督とベレーザの永田雅人監督の両者に共通していたのは、試合中に選手のポジションを入れ替えたことだ。両チームとも複数のポジションをこなせる戦術理解度の高い選手が多い。そのなかで各選手の個性をより生かし、先手を取るための采配の妙が加わったことで、試合はさらに見応えを増した。

 この試合で森監督のポジション変更はいつも以上に広範囲に及び、それが功を奏した。

 まず、前半20分前後に左サイドハーフのMF吉良知夏と右サイドハーフの遠藤を入れ替えた。森監督はその意図について、スピードとテクニックを兼ね備えた突破型の選手を両サイドに配置するベレーザに対して、右サイドバックの清家、左の遠藤のスピードでカバーする狙いがあったことを明かしている。結果的に、この変更によって遠藤が左サイドで果敢に仕掛けられるようになり、先制点の起点になった。

 また、60分に同点に追いつかれた直後には右サイドハーフに168cmの長嶋を投入。66分には169cmのFW大熊良奈と、ターゲットにもなれる長身の2人を攻撃のカードとして切り、MF安藤梢をボランチに下げた。

 この狙いについては、中盤で主導権を握られ始めていたと振り返り、「安藤は賢くて、動き出しが1歩、2歩(他の選手よりも)早いので(ボランチに)下げました」(森監督)と、その狙いを明かしている。

 浦和でトップ下やサイドを主戦場とする安藤にとって、ボランチのポジションは“ほぼ未経験”だった。それでも、安藤は広い視野で全体のバランスを取りながらベレーザに傾きかけた流れを押し返した。そして、長嶋の2点目の起点にもなっている。

「最初はボランチと言われてびっくりしましたけど(笑)、森さんのサッカーはポジションがあってないようなものですし、準備はできていました。流れを見て、まずは守備から入りました。自分がというよりは、みんなが頑張ってくれましたね」

 そう振り返る安藤の口調からは、新たなポジションでのチャレンジを楽しんでいた様子が伝わってきた。

 4度の女子W杯と3度の五輪を経験し、2011年女子W杯ドイツ大会優勝をはじめ幾多のタイトルを獲得してきた現役のレジェンドは、今季全試合に先発しており、浦和の躍進を象徴する存在と言える。

 

 また、今季FWからサイドバックにコンバートされ、サイドで輝きを放っている清家の活躍は目を見張るものがあるが、森監督は後半の流れによっては清家をセンターバックにする考えもあったことを明かしている。

「ベレーザと対戦する場合は、こっちが先に手を打っていかないと、待っているだけではやられてしまいますから。率先して手を打って、今日はたまたまそれがハマったというだけの話です」

 その言葉は、この勝利があくまで通過点であるというニュアンスを含んでいた。コンバートや試合中のポジション変更によって駆け引きを制する「森マジック」は、浦和のサッカーに新たな個性を与え、独自のスタイルを確立しつつある。

 この勝利によって、浦和は今季のリーグ戦で自力優勝が可能な唯一のチームになった。それでも、ベレーザとの勝ち点差や残りの試合数を考えれば、1試合も落とせない試合が続くことに変わりはない。

 スタジアムでその緊張感を味わいながら、ドラマチックになることは間違いない優勝争いを見届けたいと思う。

 次節、浦和は9月29日(日)、14時からホームの浦和駒場スタジアムで、6位のノジマステラ神奈川相模原と対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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