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「1部で戦えるチーム」へーーなでしこ2部エルフェン、菅澤監督が示す手応え。リーグ女王との共通点とは?

松原渓スポーツジャーナリスト
今季のエルフェンは、同じ先発が続いたことがないという(筆者撮影)

 今季開幕前に、多くの新戦力が加入したちふれASエルフェン埼玉(エルフェン)。

 現在はなでしこリーグ2部で戦っているが、チームは過去10シーズンで1部昇格と2部降格を3回ずつ経験している。昨季就任した菅澤大我監督の下で「1部でも勝てるチーム」を目指し、腰を据えたチーム作りを進めているところだ。

 1月の取材から半年が経った現在、チームはどのように変化しているのかーー。7月中旬、埼玉県飯能市にある「ちふれ飯能グラウンド」を訪れた。

 エルフェンはリーグ前半戦を終えて首位に勝ち点4差の3位、リーグカップでは決勝進出を決めている。8月3日(土)のリーグカップ決勝に向けて、チームは士気を高めていた。

「決勝だから(特別なことをする)ということではなく、自分たちが積み上げてきたサッカーを出すだけです。それぞれの立ち位置や『こういう状況ではこう動く』ということなど、いろいろな戦術に取り組んできて、今はそれを組み合わせている段階です。カップ戦の決勝戦は初めてなので絶対に優勝したいですね。今までやってきた自分たちのサッカーをどれだけ出せるのか、内容にもこだわりたいです」

 そう話したのは、公式戦16試合で12得点を決めているMF薊理絵(あざみ・りえ)だ。

参考記事:

「1部で勝てるチーム」を目指すちふれASエルフェン埼玉。MF薊理絵が放つ13年目の輝き

 今季の開幕前には1部のカテゴリーで戦っていた選手たちが一気に8名加入。昨年から作り上げてきた土台を、その選手たちとともに強固なものにしてきた。

 完成度をより質の高いものにするために、個の成長は欠かせないエッセンスとなる。菅澤監督は、相手や試合の狙いによって選手の特徴を生かせる組み合わせを模索してきた。今季、同じ先発メンバーが続いたことはないという。

 日本代表選出歴がある20歳のMF長野風花も、新戦力の一人だ。

「(菅澤)大我さんのサッカーにも慣れて、体もだいぶ動くようになりました。個人的に筋トレも続けて、ゲームでやれることが多くなった手応えを感じていますし、ボールの持ち方が良くなって奪われなくなったことを実感しています。それはどのポジションでも活かせると思うし、そこからスルーパスや攻撃につなげていきたいですね」

 長野は、落ち着いて自分自身と向き合いながら取り組んでいる様子で、成長の実感をそんな風に語ってくれた。菅澤監督に、彼女の成長はどう映っているのだろうか。

「彼女は『なぜそこに立つのか』、『その(正しい)ポジションを探すためにどうしたらいいのか』ということをよく考えていますね。そういうこと(情報)を与えてあげることで、飛躍的に伸びていると感じます。ボールを前向きに発進する回数が増えたし、守備のポジショニングも良くなり、ボールがないところでのランニングや献身的な動きも増えました。体も相当強くなってきたと思います」

 まずはじめにプレーモデルを提示し、そこに行き着くための方法を様々な練習や映像を使ったミーティングで落とし込む。その中で個の成長を促していくチーム作りは、リーグ最多の代表選手を送り出している日テレ・ベレーザとも共通している。

 ベレーザの永田雅人監督と菅澤監督は、東京ヴェルディやジェフユナイテッド市原・千葉のユースなどで指導をともにしてきた20年来の指導者仲間だ。練習メニューのアイデアを発案して共有したり、それを磨き合う親しい間柄だという。

 両監督とも昨年からチームを率いており、女子のカテゴリーを指導するのは初めてだ。その指導法が日本女子サッカー界に新しい風を吹かせているのは間違いないだろう。

 

 練習後に菅澤監督にお話を伺った。

菅澤大我監督(7月20日練習後)

ーー1月に取材させていただいた時と比べて、各選手の判断のスピードがかなり早くなった印象があります。戦術の理解度が上がった手応えを得ていらっしゃるのではないですか。

菅澤監督:それはありますね。いくつかのオーガナイズ(戦術)を選手が理解してくれるような流れを作り、1月はその基本を教えている段階でした。去年からいる選手がベースになっているので、基軸となる戦術は、コート上で選手同士がやり取りしてくれています。去年の今頃は(戦術を理解してもらうのに時間がかかり、)にっちもさっちも行かない状況でしたが、今年はそういうベースがあるので、戦術的なことは早いスピードで浸透していると感じますね。

ーー新加入選手たちの反応や、戦術理解度についてはいかがですか?

菅澤監督:(自分の指導に対して)みんな聞く耳を持ってくれているな、と思います。最初は相当混乱していたと思いますが、パニックになっても自分の両隣に(戦術を)知っている選手がいれば、サッカーってなんとかなっちゃうんですよ。(味方の)「ちょっとこっちに行って」の一言だけで済むこともあるんです。そういう覚えかたもあるし、映像を見ながらのミーティングでは『これはこう』と、まるかバツかで表現しています。それを、比較的早く吸収してくれていると思います。

ーー練習内容についても伺いたいのですが、たとえばプレーエリアごとに細かくルールを設定されているのでしょうか。

菅澤監督:どのチームでも、まずはサッカーの中で起こるサイクルを理解してもらうようにしています。ビルドアップ、ゲームメイク、チャンスメイク、フィニッシュという風に局面を分けて、守備は前線、中盤、最終ラインの守備、最後(ゴール前)の守備という風に、ぐるぐるっと回るものを選手に飲み込ませるところからスタートします。「今はゲームメイクのこの場面だからあの位置に立って」という感じで、シチュエーションは比較的パッとイメージできるようになってきましたね。

ーーリーグカップ第10節(○3-0 vs スフィーダ世田谷FC)では、裏を狙う意識の高さや、少ないタッチ数で横幅を広く使ってボールを動かしていたのが印象的でした。

菅澤監督:まず、自分たちが全員で相手コートに入ることが理想です。相手コートに入れば、取られてもすぐに取り返せるので、その理屈をまずは知ってもらう。それがわかると、今度は少しずつ横軸でボールを動かせるようになります。そうなれば当然、相手は(自陣に)下がっていくのですが、今度はその横軸に対してどう縦軸を足していくか。「スピードを生かしながらゴールに迫る」ということに今はトライしています。攻撃のバリエーションを変えているので、カップ戦も含めて、連続で同じ(11人の先発)メンバーを起用したことは一度もないと思います。(レギュラーとして)いつも出ている選手にとってはストレスだと思いますよ。ただ、固定したら、今年(多くの新加入選手が入ってきて、)これだけの選手がいる意味がなくなってしまうから。一人が変わっただけでもサッカーは大きく変わるのでドキドキしますが、その中で今はいい具合に回っていると感じます。

メンバーは(試合の)ギリギリまで悩むときもあります。(試合に出せる力を持った選手が多いので、)普通の悩みではないから有り難いですね。

ーーチーム作りにおいて参考になさっているチームはありますか。

菅澤監督:マンチェスター・シティとかバルセロナ、ユベントスなどですね。ベレーザの永田監督とは20年以上一緒に指導をしていたので、見る映像やイメージするものが近いと思います。

ーーおっしゃるように、選手が戦術を理解するまでの難しさや個々の伸びしろに合った課題を与えていらっしゃる点など、永田監督との共通点が多い気がします。

菅澤監督:あれだけサッカー観が合う人はなかなかいないですね。自分が持っていないナガ(永田監督)の良さがあると思うし、向こうもそう思ってくれていたらいいですね。自分が新しい練習メニューを発明したら、永田と、ロアッソ熊本で一緒に仕事をしていた北嶋(秀朗/現・熊本ヘッドコーチ)にはすぐにラインで送って新作を分かち合っています(笑)。

※菅澤監督は16〜17年まで熊本の育成部門を指導(17年は総監督)していた。

ーー菅澤監督がイメージするサッカーから逆算して、現在の完成度はどのぐらいなのでしょうか。

菅澤監督:6、7割ぐらいでしょうか。でも、この割合がいきなり高くなることの方が危ないんですよ。うまくいかないことを経験しながら前に進まないと、濃度の薄いものしか出来上がりません。だから、状況によっては「今は言わないでおこう」ということもあります。失敗をさせて喜んでいるわけではないのですが(笑)、そこで選手が何を探すのかを見ているんです。選択肢はひとつではなくて、2つの選択肢のどちらを選んだのか?ということを突き詰めていくのが僕たちのサッカーですから、そもそも、その選択肢が見えていたのか?というところから入ります。(選手同士が)同じ絵を共有できるようになるまでには、失敗もさせないといけないんですよ。

ーー今後、1部に上がっても安定した戦い方ができる手応えを感じていらっしゃいますか。

菅澤監督:たとえば、常識のレベルを超えた強いプレッシャーを前線からかけてくるようなチームに対してはシンプルに裏を狙うかもしれませんが、それ以外の通常のプレッシャーに対しては、どのチームが相手でも、自分たちがやることは変わらないと思っています。

ーー今日は練習試合がありましたが、試合の合間に、選手同士で話し合う場面が多く見られました。あえて任せていらっしゃる部分もあるのでしょうか。

菅澤監督:女子の指導はこのチームが初めてですが、男子は選手同士がそんなに積極的にしゃべっているイメージがなかったので、女子はよく話をするからいいな、と思います。そこは触らないでおこう、と(笑)。ただ、一定のルールがある中で「こっちの方がいいよ」と言わなければいけないこともあると思い、選手たちの話に耳は傾けています。ただ、ほぼそういう(間違った方向に行く)話はないですね。

ピッチ上で選手間の活発なコミュニケーションが見られた(筆者撮影)
ピッチ上で選手間の活発なコミュニケーションが見られた(筆者撮影)

ーー8月3日のリーグカップ決勝は、リーグ前半戦では(1-2で)敗れたセレッソが相手です。初のカップ戦決勝をどのように戦いたいと考えていますか。

菅澤監督:1部に比べて2部はなかなか日の目を浴びないので、ああいう(1部の決勝の前に行われる)舞台で、我々のサッカーを表現できるチャンスがあることはすごく嬉しいことですね。セレッソさんとはサッカーのスタイルもまったく違いますが、その中でどういう風にプレーできるのかとても楽しみです。

ーー8月末に再開するリーグ後半戦は、やはり1部昇格が最終目標でしょうか。

菅澤監督:それは間違いありません。だからこそ、前半の9試合で見せてきたものとは別の顔をいくつか用意しています。結果を伴う形で、それを表現できるかどうか。もちろん勝ってほしいけれど、勝つことってすごく難しい。そこで(勝敗に関わらず、チームや選手の中に)残っていくものは技術と戦術です。1部に上がれなくても死ぬわけではなく、必ず来年があり、その次がある。確かなものを手にしながら結果を得られれば最高ですから、そこを追求していきます。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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