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激闘の末に掴んだなでしこリーグ1部残留。日体大がラスト20分間で見せた“挑戦者”の底力

松原渓スポーツジャーナリスト
日体大が1部残留を決めた(写真:KeiMatsubara)

【再び、1部の舞台へ】

 気温4℃。冷たい雨が降りしきるスタジアムで12月16日に行われた、なでしこリーグ1部・2部の入替戦第2戦。

 日体大FIELDS横浜(1部9位/日体大)とニッパツ横浜FCシーガルズ(2部2位/横浜FC)の“横浜ダービー”は、劇的なフィナーレを迎えた。

 同じ地域をホームとする異例の組み合わせとなっただけに、ホーム&アウェーの会場はニッパツ三ツ沢球技場と横浜市三ツ沢公園陸上競技場という、隣り合った2つのスタジアムが使用された。初戦は前者でアウェーの日体大が2-1で勝利。一方、第2戦は後者で、同じくアウェーの横浜FCが2-1のリードで試合終盤を迎えていた。

 このまま終われば3-3でアウェーゴールでも差がつかず、延長にもつれ込む。

 足をつっている選手もいる中、厳しい延長戦になりそうだと、勝負の行方に思いを巡らせた矢先の89分だった。

 日体大が得た右コーナーキックのこぼれ球を、MF平田ひかりが中央から蹴り込む。ふわりとした軌道が混雑したエリア内を越えて横浜FCのゴールネットを揺らすと、スタジアムは騒然とした雰囲気に包まれた。そして、どこかざわついた余韻を残したまま、数分後に終了を告げる長い笛が鳴った。

 ピッチ上に残酷なコントラストが描かれる。全てを出し尽くした選手たちの疲労感が、その対照をよりはっきりさせていた。 

 2試合合計、4-3。激闘の末に、来季1部で戦う権利を勝ち取ったのは日体大だった。

「(ピッチに)全て、置いてきましたよ」

 10番で主将、攻守の要となるボランチとしても日体大を牽引してきたMF嶋田千秋は試合後、精悍な顔立ちにホッとしたような笑顔を浮かべた。

日体大(上)と横浜FC(下)がホーム&アウェーで対戦した(写真:KeiMatsubara)
日体大(上)と横浜FC(下)がホーム&アウェーで対戦した(写真:KeiMatsubara)

【残り20分間の粘り】

 直近の2シーズンの1部・2部入替戦は、2部のチームが“下剋上”に成功し、1部に昇格している。今年も、着実に勝ち点を重ねて1部への挑戦権を掴み取った横浜FCの勢いは、降格圏をさまよう苦しいシーズンを過ごしてきた日体大にとって脅威だったはずだ。

 だが、日体大はその勢いを受けて立とうとはせず、挑戦者としてこの2試合に臨んでいた。

 2戦目の入り方にもそれは明らかだった。横浜FCが勝つためには2点以上が必要だからこそ、日体大は「引いてカウンターを狙う」戦い方も選択できたはずだが、小嶺栄二監督は初戦の後にその考えをきっぱりと否定している。

「失うものは何もないですし、どんどんチャレンジしていこうと伝えています。守る90分間は選手もしんどいと思いますし、僕もしんどいですから。次(第2戦)は相手も攻めてくると思いますが、チャレンジしたいと思います」(小嶺監督/初戦後)

 “誤算”もあった。

 球際のテクニックやポジショニングの質では日体大に分があり、初戦同様にボールを持てる時間は長かった。だが、肝心なところでミスが出てゴールが決まらない。ボールを奪われると、5バック(日体大)と4バック(横浜FC)のシステムのミスマッチによって生じた中盤のスペースを、横浜FCのボランチ、MF山本絵美にうまくコントロールされた。 

 横浜FCの攻撃は、2部で得点王にも輝いた172cmの長身FW大滝麻未を起点とし、縦に速い攻撃に特徴がある。だからこそ日体大は彼女へのパスを封じ、ゴール前では複数で対応するなど、初戦からしっかりと対策を立てて臨んでいた。だが、第2戦では前述の理由もあり、そのパスの“出どころ”を絞りきれなくなっていた。

 そして、73分に横浜FCが大滝のアウェーゴールで合計スコアで並ぶと、そのまま一気に逆転に向かう流れを引き寄せるかに見えた。

 だが、ここから日体大がチャレンジャーの底力を発揮する。横浜FCの勢いに飲まれることなく、最終ラインはDF大賀理紗子を中心に落ち着いた対応を見せ、攻撃ではリスクをかけて攻め抜いた。

嶋田千秋(写真:KeiMatsubara)
嶋田千秋(写真:KeiMatsubara)

「これは、勝てるかもしれない」

 嶋田がそう直感したのは、80分過ぎに訪れた、とある場面だったという。その瞬間、それまで降り続いていた雨がピタリと止み、雲間から明るい太陽が差し込んだのだ。

 その直感には根拠があった。試合後、嶋田は最大の勝因として「最後まで勝ちたいという気持ちを持ち続けたこと」を挙げている。延長に入ることは一度も頭をよぎらなかったという。どこかで気持ちの天秤が“守り”に傾けば、試合の流れは違うものになっていた可能性もある。

「この1年間チャレンジャーであり続けてきたことがみんなの中に染み付いていたと思うし、忍耐力では相手を少し上回れたんじゃないかなと思います」(嶋田)

 1部に昇格して1年目の今季は僅差で敗れることが多く、「1点の重み」を痛みとともに刻み込んできた。その中で耐えるべき時間帯や、体を張るべき局面を学んできた。そして、ピンチの後にはチャンスが訪れるということもーー。

「守りに入ったら負ける」。2試合を通じて共有してきたその強い気持ちが、4つのゴールに結実していた。

【攻守を支えた両翼】

 2試合を通じて日体大の攻守に活力を与えていた一人が、左サイドバックのMF今井裕里奈だ。初戦の立ち上がりこそ堅さからミスもあったが、前半の早い段階で相手の間合いに慣れると左サイドを制圧。

 第2戦は最終ラインで体を張り、中盤でボール奪取に関わり、チャンスとみれば前線にも飛び出すといった具合に、相当な仕事量をこなしていた。中でも効いていたのがドリブルだ。

今井裕里奈(写真:KeiMatsubara)
今井裕里奈(写真:KeiMatsubara)

「周りの選手に対して自分がどう関わるかを常に意識している」という今井のドリブルは、その先にパス、クロス、シュートなど、いくつもの選択肢を見せながらゴールに迫っていく。だからこそ守備の選手は的を絞りにくいのだろう。今井は体の使い方やトラップなどのテクニックでも観客を湧かせていた。

「外から中央に(ドリブルで)入った時に、ワイドの選手もFWも中盤の選手も見えていました。いくつかの選択肢があった上で、最後は自分でシュートを打とうと思っていました」(今井)

 そう振り返った初戦の勝ち越しミドルは、1部の舞台で磨き上げてきた一つの成果だろう。2試合連続ゴールで残留の立役者となった右サイドバックの平田と共に、攻守の起点となる両翼の活躍が光った。日体大が来季、1部で戦っていく上でも強力な武器になりそうだ。

【再び1部への挑戦権を得るために】

 横浜FCはあと一歩のところで1部昇格への道を断たれた形となったが、山本は、厳しい現実を冷静に受け止めていた。

「ここで勝てなかったということはまだ1部でやる力も足りないと思うので、もう一度2部で力をつけて、1部に行けるチャンスを自分たちで掴み取りたいなと思っています」

 穏やかな表情で、山本は静かに言った。透き通った瞳に涙はなく、静かな覚悟があった。

 代表選手として2003年の女子W杯や04年のアテネ五輪などを経験し、アメリカ、イタリアなどでのプレー経験もある36歳のベテランMFは、現在はチームの下部組織に当たる横須賀シーガルズで、100人を超える育成年代の選手たちをまとめる代表の立場でもある。

 未来のなでしこリーガーたちを送り出す夢のある立場でありながら、自身も現役選手として再び1部の舞台を目指している。

「神野(卓哉)監督にサッカーを教えてもらったり、いろいろな話を聞いて、去年よりも今年の方が自分が上手になっていると思えるので。まだまだ上手になれるのかな、と思えた一年でした」(山本) 

 今季は、リーグ杯や皇后杯を含めて公式戦30試合中25試合にフル出場。なでしこリーグは仕事とサッカーを両立させている選手がほとんどで、若くして引退を決断する選手も多い。そんな中、チームの垣根を越えて多くの選手に希望を与える存在として、来季の活躍にも期待したい。

 フランスのオリンピック・リヨンでUEFA女子チャンピオンズリーグ制覇を経験するなど、山本と同じく海外経験豊富な大滝も、今後が楽しみな選手だ。東京五輪の代表入りを明確な目標に掲げるストライカーは、「私は一人で突破していく力が弱いので、そういうところをもっと鍛えて、苦しい局面も打開できるようにこだわりたい」と、2年後に向けて再スタートを誓っていた。

 昇格、降格、残留ーー。悲喜こもごものドラマが繰り広げられた今季のなでしこリーグも、この入替戦をもって2018年シーズンの幕を下ろした。

 年末年始は皇后杯、そして全日本高校女子サッカー選手権大会に全日本大学女子サッカー選手権大会と、注目の大会が目白押しだ。移籍市場が活発になるオフシーズンに向け、各チームの動向からも目が離せない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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