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英中銀、2024年の利下げ転換巡り市場とのミゾ深まる(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英中銀の主席エコノミスト、ヒュー・ピル氏=英中銀サイトより

英中銀のベイリー総裁はリセッション懸念が強まる中、景気支援の早期利下げを否定。金融政策金利を巡り、中銀に対する信頼性が失われる恐れが高まっている。日本の過度な円安政策も日銀の信頼性を損なう恐れがある。

■早期利上げ巡る市場とBOEの深い溝

 イングランド銀行(英中央銀行、BOE)の主席エコノミストであるヒュー・ピル氏が11月7日の公開討論会で、早期利下げの可能性に言及した翌8日、BOEのアンドリュー・ベイリー総裁はアイルランド中銀主催の講演に出席、来年の利下げの可能性について、「時期尚早だ」として真っ向から否定した。

 この発言により、市場の中銀に対する不信感が一気に強まっただけでなく、英国経済はインフレ期待の上昇、それにより、インフレが高止まり、ひいては政策金利高が長期化するという悪循環に陥る可能性が出てきた。

 最近ではBOE内で金融政策を巡って意見が衝突するのは珍しくない。市場とBOEのミゾだけでなく、BOE内部でも金融委員同士のミゾは深い。11月2日の金融政策決定会合では、9人の政策委員のうち、タカ派(インフレ重視の強硬派)のアンドリュー・ベイリー総裁ら6委員が据え置きを支持したが、超タカ派のジョナサン・ハスケルとミーガン・グリーン、キャサリン・マンの3委員は0・25ポイントの追加利上げを公然と主張して反対している。

 9月会合では据え置き賛成が5人、利上げ継続が4人で「クロス・コール(close call)」(きわどい判定)だったが、今回の会合では据え置き支持が1人増えて6人となった。BOEのMPC(金融政策委員会)が金融政策の決定で意見が割れたのは2022年9月会合以降、これで10会合連続となり、金融政策を巡り、依然、分裂状態が続いている。

■インフレ高止まりの長期化懸念

 BOEが金利据え置きを決めたもう一つの理由は最近のインフレ低下見通しだった。BOEは金融政策決定会合後の声明文で、「9月と7-9月期のインフレ率(全体指数)はいずれも前年比6・7%上昇に低下し、8月予測を下回った」とし、その上で、「インフレ率は物価目標の2%上昇を依然、大きく上回っているが、引き続き急激に低下し、2023年10-12月期には4・75%上昇、2024年1-3月期には4・5%上昇、2024年4-6月期には3・75%上昇になると予想される」とし、インフレ低下の見通しが強まったことを挙げている。

 ただ、BOEはインフレ率が物価目標に収束する時期について、「インフレ率は2025年末までに2%上昇の物価目標に戻る」とし、2025年まで時間がかかる見通しを示している。8月予測では2025年は1・5%上昇と予想していたが、最新予測では物価目標の達成ペースが遅れるとしている。

 また、イスラム組織ハマスとイスラエルの軍事衝突という中東紛争の勃発(10月7日)を受け、BOEは、「インフレ見通しに上振れリスクがある」と懸念を示している。声明文で、「(エネルギー価格や銀行危機など外部ショックが)賃金インフレと国内物価の上昇を引き起こす2次的影響が解消するにはかなりの時間がかかる。また、中東紛争を考慮すると、エネルギー価格によるインフレの上振れリスクもある」と、インフレ懸念を緩めていない。

 BOEは今回の会合で最新の11月経済予測を公表した。それによると、インフレ見通しについて、2023年は4・75%上昇と、前回8月予測の5%上昇から下方修正したが、2024年は3・25%上昇(前回予測は2・5%上昇)、2025年は2%上昇(同1・5%上昇)と、いずれも上方修正。2026年は1・5%上昇と、物価目標を下回ると予想している。

 他方、景気見通しについては、2023年は0・5%増(前回予測は0・5%増)、2024年は0%増(同0・5%増)、2025年は0・25%増(同0・25%増)と予想、2024年の成長率を引き下げたが、リセッションは回避するものの、スタグネーション(景気停滞)が2024-2025年の1-1年半続くと見ている。2026年は0・75%増と予想している。

 今後の金融政策のフォワードガイダンス(金融政策の指針)については、BOEは、「金融引き締め政策が労働市場や実体経済の勢いに何らかの影響を与える兆候が引き続き見られる。この引き締めサイクルの開始以来、金利が大幅に上昇していることを考慮すると、現在の金融政策スタンスは制限的」とした。

 その上で、BOEは前回会合時と同様、「雇用市場の逼迫や賃金上昇率、サービス価格の動向など持続的なインフレ圧力と経済の強じん性を示す指標を引き続き注視する」、「金融政策は中期的にインフレ率を持続的に2%上昇の物価目標に戻すため、十分長い期間にわたって、十分制限的である必要がある」、また、「さらなる持続的なインフレ圧力の証拠が見られれば、さらなる金融引き締めが必要となる」とし、利上げサイクルを完全に終了せず、追加利上げの可能性すらあることを示唆している。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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