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パウエルFRB議長、年内利上げに慎重姿勢も否定せず―ジャクソンホール講演で(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
記者会見に臨むジェローム・パウエルFRB議長=英スカイニュースより

FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は市場が注目する中、ジャクソンホール講演で、年内追加利上げに慎重姿勢を示しながらもその可能性を否定しなかったため、市場では年内の追加利上げを警戒し始めた。パウエル議長はタカ派とハト派の間で揺らぎ始めている。

FRBのジェローム・パウエル議長は先週末(8月25日)、世界各国の中銀総裁ら金融当局や大手金融機関のトップが参加してワイオミング州ジャクソンホールで毎年1回開かれるFRB主催の国際経済シンポジウムで講演、年内の追加利上げの可能性について、「米経済の見通しが『曇り空』(はっきりせず、不確実の状況)となっていることを考慮、慎重に行動する」とし、また、「今後の経済指標の評価を踏まえ、慎重に判断していく」とし、その上で、「さらに金融を引き締める(追加利上げ)か、または金利据え置きかは、さらなるデータを待つべきだ」と述べ、金融政策の見通しは今後のデータ次第で、予断を持たずオープンなスタンスであることを強調した。

しかし、その一方で、同議長は、「インフレ率を年率2%上昇の物価目標に戻すという使命に変わりはない」とした上で、「インフレ率は依然として高すぎる」と、強い懸念を示した。最近、インフレ率の伸びが鈍化しているものの、同議長は、「過去2カ月(6月と7月)の良好なインフレ指標は必要なことの始まりに過ぎない」とくぎを刺している。

また、同議長は、「適切と判断すれば、追加利上げの用意があり、インフレ率が物価目標に向かって持続的に低下していると確信できるまで、金利を制限的な水準で維持する」と述べ、追加利上げの可能性に含みを持たせた。制限的な金利水準とはインフレを抑制するために景気に打撃を与えることになる政策金利の水準を意味する。

さらに、同議長は、強すぎる米経済を冷やし、インフレ率を2%上昇に戻す上で、「制限的な金融政策が果たす役割が今後大きくなる可能性が高い」と述べ、追加利上げの可能性があることを示唆している。

ただ、パウエル議長は、「現在の金融政策は制限的であり、経済や雇用、インフレに押し下げ圧力をかけていると判断している」としたものの、「中立金利(インフレを引き起こさず景気を維持する金利)の水準を正確に特定できないため、(インフレ率を物価目標の2%上昇に戻すほど十分な)制限的な金利水準については不確実性があり、正確に特定できない」と指摘。その上で、「金融政策を引き締めすぎるリスク(高金利の経済への悪影響)と、引き締めが少なすぎるリスク(インフレの高止まり)とのバランスを取るという我々の取り組みを複雑にしている」と、金融政策のかじ取りの難しさを認めている。

また、パウエル議長は景気とインフレの関係について、「米経済が持続的にトレンド(長期の潜在成長率)を上回る追加の証拠は、インフレ上振れリスクを高め、金融政策のさらなる引き締め(追加利上げ)を正当化する可能性がある」と警告。さらに、「(インフレ率を2%上昇に戻すには)「経済成長がトレンドを下回る期間と、雇用市場の状況にある程度の緩みが必要になる」と述べ、強い経済だけでなく、雇用市場が緩和せず、タイトな状況が続く場合も追加利上げが必要になる可能性があると指摘している。

市場でも最近の米経済は強すぎで、インフレ圧力を高め、金利上昇を引き起こす、と懸念している。米国の1-3月期GDPが前期比年率換算2%増となったあと、4-6月期は同2.4%増に加速、さらに7-9月期はアトランタ地区連銀の経済予測モデル「GDPナウ」によると、同5.8%増と、経済成長が再加速する可能性がある。

この点について、ドイツ証券の首席エコノミスト、マシュー・ルゼッティ氏は米経済情報専門サイトのマーケットウォッチの8月19日付で、「最近の経済データは米国の経済成長が強すぎることを示唆している」とし、「そのため、FRBは最近の米国債の利回りの上昇を歓迎すると考えている」と指摘、年内にFRBが追加利上げに傾く可能性があると見ている。

米国債の利回りはFRBの政策金利の上昇を織り込む形で、上昇ペースを加速させている。ジャクソンホール講演でのパウエル議長の発言を受け、市場では、議長は追加利上げに慎重な姿勢を示しながらもタカ派のコメントに注目したため、8月25日の2年国債利回りは5.1%と、前日(24日)の5.016%から8.4ベーシスポイント上昇、2006年以来の高水準に急伸した。市場は年内の追加利上げを織り込んだ形だ。

また、パウエル議長は、これまでの累積的な利上げが景気とインフレに及んでくるまでのタイムラグ(遅れ)についても、「今後も大幅な遅れが生じる可能性がある」と述べ、FRBの過去1年半にわたる累積的な利上げの効果がまだ十分に経済に及んでいない可能性を指摘している。

この議長発言を受け、米投資銀行ゲートウェイ・インベストメント・アドバイザーズのジョー・フェレーラ氏はマーケットウォッチの8月25日付で、「パウエル議長がタカ派でありながらもややハト派的な一面をうかがわせた」と見ている。FRB幹部の間では金利上昇が経済全体にまだ十分に浸透していないと主張、最近の銀行危機による信用ひっ迫が予想以上に大きく米経済を冷やすと懸念する陣営と、逆に、金利上昇の効果の多くはすでに感じられていると主張する陣営に分かれており、後者は年内の追加利上げに積極的だからだ。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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