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英国の高インフレと高金利、長期化避けられず(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
BOEのアンドリュー・ベイリー総裁=英スカイニュースより

英国経済はインフレ抑制のための利上げサイクルの終わりが見えず、現在の高インフレ、ひいては高金利が長期化する公算が高まっている。低い生産性の伸びと高齢化という新たなインフレ圧力が背景にある。

長期の中立金利の水準である、いわゆる『Rスター』の水準が上昇していると主張するもう一人はイングランド銀行(英中銀、BOE)の元MPC(金融政策委員会)のメンバーで経済学者のチャールズ・グッドハート氏だ。

同氏は7月9日付の英紙デイリー・テレグラフで、「米中緊張の中で高まる保護主義や、高齢化に伴う労働力の低下が物価、ひいては政策金利を上昇させる重要な要因の一つだ」という。同氏は、長期的には英国の政策金利は4.5%前後で推移すると予想しているが、これは金融危機以来の高水準である現在の5%をやや下回る水準にすぎない。

ちなみに、BOEが5月会合で発表した最新の経済予測では2023年10-12月期に4.75%でピークに達し、その後、経済予測期間の最終時(2026年)に3.5%超に低下すると予想。利上げサイクルの最終金利を前回2月予測時の4.5%から0.25ポイント引き上げている。

2023年4‐6月期は4.4%(前回予測時は4.3%)、2024年4‐6月期は4.4%(同4.1%)、2025年4‐6月期は3.8%(同3.5%)、2026年4‐6月期は3.6%と予想している。

また、グッドハート氏は、「BOEの政策金利は1990年代からコロナ禍が襲来するまで、かなり着実に低下していた。多くのエコノミストは、高齢化社会が退職後に備えた貯蓄の増加を促し、その一方で、生産性の上昇ペースの鈍化により、このようなこと(金利低下)が起こったと考えている」とし、生産性の低迷で供給が増えず、過剰貯蓄で需要が増えず、成長率が低迷したことが過去の金利低下の要因だったと指摘する。

その上で、同氏は、「(英国では)1990年から2020年ごろまでの過去30年間は、歴史的に見ても非常に異例だった。ソ連の崩壊、中国の台頭、労働力の上昇などの地政学的な有利な展開により、通常よりもはるかに低い物価と賃金の上昇がもたらされた」という。

しかし、「今後は、過去30年間のスタンダード(標準)が続くことはなく、労働力がさらに逼迫し、労働力の確保がより困難という全く逆の状況に陥ることになる」と予想、高インフレと潜在的な賃金上昇圧力を受け、政策金利は上昇すると警告している。

グッドハート氏は、「(ウクライナ戦争に伴う)国防支出の増加や、ネットゼロ(環境保護)社会への移行に必要な巨額投資などもインフレ圧力を増大させる」と指摘する。英政府は今後5年間で国防支出を110億ポンド(約2兆円)増額する予定だ。

英国の人口高齢化がインフレを今後数十年にわたって高止まりさせる懸念も出てきた。

米資産運用大手ブラックロックの調査部門ブラックロック・インベストメント・インスティチュートは7月初めに発表した最新調査で、「人口動態の変化(高齢化)が構造的な巨大なインフレ圧力となり、今後、何年にもわたり、(英国を含む)先進国に新たなインフレ圧力をもたらす」と警告している。

テレグラフ紙のメリッサ・ローフォード経済部記者も7月9日付コラムで、「エネルギー価格の急騰ショックと賃金の急上昇の影響が後退したあとも、BOEは新たな巨大なインフレ圧力(高齢化)に対処しなければならない」と指摘する。

英国の人口の高齢化については、英国立統計局(ONS)によると、出生率の低下により、2020年から2045年の25年間で85歳以上の人口が170万人から310万人(全人口の4.3%)と、ほぼ倍増する見通しだ。

高齢化がインフレ圧力を高めるのは、「全体の人口に占める退職年齢者の比重が高くなるにつれ、労働力が低下、生産は縮小するが、消費は減らないからだ」(ローフォード氏)。ブラックロックによると、高齢者の消費量が減っているわけではなく、特にヘルスケア(医療や健康管理)やレジャーなどの分野での支出が増加すると見られている。

BOEのアンドリュー・ベイリー総裁も同じ考えだ。テレグラフ紙(7月9日付)によると、同総裁はフランスでの講演で、「英国の人口高齢化は経済に長期的な脅威をもたらす。今後数十年間にわたって政策金利に影響を与える」とし、また、「長期的には、インフレを数十年ぶりの高水準に押し上げたウクライナ戦争や新型コロナ危機よりも大きな影響を与える」と警戒している。

長期的なショックについて、同総裁は、「一つ目は世界の人口の高齢化。二つ目は、世界的な金融危機以降、生産性の伸びが非常に低いことだ」とし、「中央銀行がインフレを抑制し、金融の安定を維持する取り組みで、こうした2つのショックを無視するのは重大な間違いになるだろう」と述べている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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