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英国経済、インフレ高止まりで年内リセッション説が台頭(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁=英スカイニュースより

長期金利が急騰、トラス前首相の電撃辞任以来の悪夢再現

先週(5月25日)、英国の債券市場で長期金利の指標である10年国債が暴落、債券価格と反対方向に動く利回りが4.37%と、G7(先進主要7カ国)中、これまで最高だったイタリアの4.35%を抜き、最高水準に達するという不名誉な記録を打ち立てた。これは2022年9-10月のリズ・トラス前首相の政権崩壊の引き金となった利回り急伸(4.5%)に匹敵する。コロナ禍が始まった2020年3月時点の10年国債の利回りはわずか0.4%と、G7の中で4番目に低かったのとは雲泥の差だ。

トラス前首相は就任直後、総額450億ポンド(約7.8兆円)の大規模減税を柱とした「ミニバジェット」(補正予算)を発表したが、財源の裏付けがなく、国債増発に頼ったため、債券市場から拒絶され、国債暴落という形でしっぺ返しを受けている。英国の長期金利の急上昇を受け、ロンドンの金融街(シティ)では英国経済は早ければ今年末にもリセッション(景気失速)に陥るとの懸念が台頭してきている。

長期国債の暴落の引き金となったのは、前日(5月24日)に発表された4月のインフレ統計だった。インフレの全体指数は前年比8.7%上昇と、前月(3月)の同10.1%上昇から減速したものの、市場予想(同8.4%上昇)を上回る強い伸びとなった。さらに、コア指数は3月の同6.2%上昇から4月は同6.8%上昇に加速。これを受け、市場ではイングランド銀行(英中央銀行、BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁によるインフレ抑制はもはや困難で、インフレ率の高止まりが長期化、その結果、BOEが政策金利の引き上げを当分、継続せざるを得なくなり、住宅ローン金利も急伸、景気が悪化するというシナリオを描いたからだ。

英紙デイリー・テレグラフのサイモン・フォイ記者(ロンドン金融街担当)は5月25日付で、「シティで最も有力な資産運用会社の一つであるリーガル・アンド・ジェネラルが英国経済の先行き不透明(リセッションの可能性)を理由に、英債券市場への長期投資を停止したと発表したことも英国の借り入れコストが2007年に始まった世界的な金融危機以来、16年ぶりにG7の中で最高水準に達する要因となった」とし、リーガルの英債券市場離脱の方針が金融市場の混乱を高めたと指摘する。

米債券市場の混乱を受け、政策金利の上昇は避けられないと見て、英国最大の住宅ローンの貸し手であるネーションワイド・ビルディング・ソサエティーが直ちに住宅ローン金利を最大0.45ポイント引き上げた。0.45ポイントの引き上げにより、一般的な25万ポンド(約4300万円)の住宅ローンの返済コストは月約60ポンド(約1万0400円)増加する計算だ。

他のEU(欧州連合)加盟の主要国のインフレ率がピークを過ぎて、低下傾向にあるのとは異なり、英国でインフレ率が高止まりしているのは、BOEのベイリー総裁が指摘しているように食品価格の高止まりが主な要因。これに加え、値動きが激しいエネルギーと食品を除いたコア物価指数もアパレルなどを中心に高止まりしていることも要因で、4月のコア指数は31年ぶりの高い伸びとなっている。

英大手投資会社アブドン(旧・スタンダード・ライフ・アバディーン)のファンドマネージャーのルーク・ヒックモア氏は5月26日付のテレグラフ紙で、「(4月の)コア指数の上昇は市場のサプライズとなった。インフレ率は長期にわたって高止まりする可能性がある。今後、BOEに金融政策の発動(利上げ継続)を強いることになる」と指摘。また、「ひいては住宅ローン金利の高騰につながり、国民の収入が大きな圧力にさらされる。今年末か、来年初めにはリセッションが来るだろう」と警告している。

BOEの金融政策委員であるジョナサン・ハスケル氏も5月25日、ワシントンでの講演で、「政策金利のさらなる上昇は排除できない」と述べている。市場では政策金利は現在の4.5%から年末までに5.5%に1ポイント上昇(0.25ポイントの小幅利上げであと4回の利上げ)になると予想している。

シティではリセッションが来るにしても、軽い程度を予想しているとはいえ、IMF(国際通貨基金)は前日(5月24日)、英国はリセッションを回避できるとの最新の景気予測を発表していたのとは様変わりだ。IMFは最新の景気予測で、2023年の英国経済の成長率見通しを0.4%増と、従来予想の0.3%減から大幅に上方修正、英国経済は今年、リセッションを回避できるとした。IMFのクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事も5月24日、ロンドンでの講演で、最新の経済予測を引用、「上方修正はエネルギー価格の下落と、英国のEU離脱の悪影響の緩和、金融の安定性の改善によるものだ」と述べている。

BOEも前回5月11日の金融政策決定会合で、リセッションは回避できると判断していた。ベイリー総裁も会合後の会見で、「半年前は長く浅いリセッションを予想していたが、それ以降、エネルギー価格は下落し、経済活動は予想よりも好調だ」とし、リセッションは回避できると述べている。BOEが5月11日の金融政策決定会合で発表した最新の経済予測では2023年を0.25%増と、従来予想の0.5%減から上方修正している。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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