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英政府、ワクチン1回接種戦略と段階的規制緩和で6月正常化目指す

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

ロックダウン(都市封鎖)を終わらせるための4段階のロードマップ(行動計画)を発表するジョンソン首相=首相官邸で行われた記者会見で(英スカイニュースより)
ロックダウン(都市封鎖)を終わらせるための4段階のロードマップ(行動計画)を発表するジョンソン首相=首相官邸で行われた記者会見で(英スカイニュースより)

英国は1日40万-50万人という世界でも例を見ない猛烈なスピードでワクチン接種を進めている。3月1日には1回目の接種だけで2000万人の大台を突破(3月10日時点で約2280万人)。4月15日までに新型コロナ感染による死者数の98%を占める50歳以上の全成人(3200万人)、そして7月までには18歳以上の全成人への接種(約1億回分)を完了させる計画だ。英国では2回目の接種まで12週間と、日本の3週間の4倍の間隔を空けることで1回目の接種を急拡大させている。日本のようにワクチン1瓶で6-7回分採取を可能にする注射器レベルの話ではない。英国のように短期間でいかに大勢の成人が接種できるかという意気込みの差は明白だ。

英国のこの戦略の有効性はイングランド公衆衛生局(PHE)が3月1日に発表した1回目の接種後の追跡調査結果によって証明された。米医薬品大手ファイザー製ワクチンの1回目の接種だけで80歳以上の高齢者の入院を回避する効果が80%超、また、1回の接種で感染後の死亡を防ぐ効果も85%もあったという内容だが、この結果を受け、ハンコック保健相は直ちに会見を開き、「2回目の接種まで12週間空けるという方針は変えない」と断言した。また、同席した政府のバンタム副主席医務官も同日の会見で、「ワクチン接種によって変異ウイルスを抑制でき、重症化を防げる。感染率の低下も促す」と指摘し、「(日本でも騒がれている)変異ウイルス問題は既存のコロナワクチンの接種を速めることで解決できる」と断言しているのだ。

また、ハンコック保健相は会見で、英国西部のグロスター州南部でブラジル型変異ウイルスが初めて発見されたことについて、「ロードマップ(行動計画)を見直す考えは無い」とした。ロードマップというのは、政府が2月22日に発表したロックダウン(都市封鎖)を終わらせるための4段階のロードマップだ。各段階は5週間間隔で設定され、第1段階では3月8日から学校を再開した。第2段階では4月から不要不急の外出禁止措置が解除され、一般の雑貨店の営業やパブ・カフェ・レストランの屋外営業が許可される。第3段階では5月からパブやカフェ・レストラン、美容院での屋内営業も許可され、最終の第4段階では6月から休暇を国内の近場で過ごすことが許され、夏のバカンス旅行が解禁される道筋が描かれている。

一方、ワクチン接種が順調に進む中、日常生活への早期復帰を促す手段として、英国内でワクチン接種証明書(パスポート)をめぐる議論が活発化してきた。しかし、ワクチンパスポートの必要性をめぐっては個人の行動の自由や民主主義、人権擁護の観点から賛成と反対の意見に分かれている。英紙デイリー・テレグラフの著名記者フィリップ・ジョンストン氏は2月16日付コラムで、「劇場やスポーツなどの大規模な集客を必要とする施設ではパスポートは必要になる。政府は若い世代がワクチン接種を避けた場合、変異ウイルスに感染することにより、高齢者や基礎疾患者が健康の危機にさらされることを懸念している。その観点からもパスポートは必要になる」と指摘した。

一方、ジョンソン首相は2月15日の会見で、「ワクチンパスポートの問題は割るのが難しいクルミのようだ。ワクチン接種と入場前の短時間で結果が出る感染検査(抗原検査やPCR検査など)の組み合わせに落ち着くだろう」と、慎重な構えだ。一方、英最高裁元判事で作家のジョナサン・サンプション卿はテレグラフ紙への寄稿文(2月15日付)で、ワクチンパスポートの導入の是非について、「パンデミックで最大の犠牲を払うのは一般の雑貨店やパブ、レストラン、劇場などではなく、民主主義だ。パンデミックは特別な措置を正当化するような特別な出来事ではない」と論じ、ワクチンパスポートのようなものが国家によって制定されることに拒否反応を示す。

テレグラフ紙のジョンストン氏(前出)も、「SAGE(政府緊急時科学諮問グループ)のメンバーで感染症数理モデルの専門家であるインペリアル・カレッジ・ロンドンのファーガソン教授が『中国ではロックダウンが効果を発揮したが、ヨーロッパではそうはいかなかった』と指摘しているように、中国は民主主義国家ではなく全体主義国家だからできたことであり、民主主義を大事にするヨーロッパでは難しいと信じている」とした。ただ、同記者は、「ワクチン接種は民主主義の自由とそうでない不自由とのトレードオフとなる。政府がワクチンを打たない人を経済活動から除外しない法律を定めない限り、ワクチンパスポートはあっという間に普及することになる」と悲観的にみている。

英政府はロードマップでワクチンパスポートの利用について2段階で検討する方針を示している。一つは海外旅行での利用だ。これはワクチンパスポートとPCR検査により、出入国管理を緩和できるかどうかという検討で、第3段階に入る5月17日までに結論を出し、夏休み旅行シーズンに間に合わせたい考え。現在、5月17日まで海外旅行は禁じられている。もう一つは国内での利用だ。これは接種の有無で他人を差別するという社会倫理の根幹的な問題に関わるとした上で、第4段階が始まる6月17日までに結論を出すとしている。

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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