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英国の猛スピードのワクチン接種はコロナ危機の出口戦略となるか(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
年齢別死者数のグラフで、50歳以上が死者全体の99%を占める=英スカイニュース

1月24日、マット・ハンコック保健相は英ニュース専門局スカイニュースのインタビューで、80歳以上(280万人)の約75%が1回目のワクチン接種を終えたことを明らかにした。一方、1月18日からは70歳以上の高齢者と基礎疾患者の計560万人への接種を開始している。政府は5月初めまでには50歳以上と基礎疾患者のすべての成人にワクチン接種を完了することを目指している。英紙デイリー・テレグラフのチャールズ・ハイマス社会部デスクは1月17日付で、「政府はこれらの50歳以上と基礎疾患者は新型コロナによる死者数の98%を占めている。これによりロックダウン(都市封鎖)を3月以降、終了することが可能になる」との見通しを報じた。スカイニュース(2月3日)も、「50歳以上と基礎疾患者は新型コロナ感染による入院患者の約80%を占める。これは50歳以上への接種がいかに入院患者数を減らし、NHS(国民保険サービス)への圧力を緩めるのに重要かを示す」と指摘する。

しかし、テレグラフ紙(1月18日付)によると、SAGE(政府緊急時科学諮問グループ)の専門家会議で、ワクチン接種を受けた人の29%が厳しいロックダウンなどの規制に「あまり従わない」と回答し、また、11%は「全く従わない」と回答していたことが明らかになった。これは数百万人がロックダウンなどの厳しい規制に従わないことを意味しており、この調査結果を受け、SAGEは今後数カ月にわたるワクチン接種の拡大プログラムの効果が減じられる可能性があると懸念を示している。

また、最近の明るいニュースはロックダウンやワクチン接種の効果により、2月5日時点の実効再生産指数が0.7-1(1日当たり感染者増加率は-5%から-2%)と、感染拡大が止まる「1」を下回り、ピークを過ぎたことだ。SAGEによると、1週間前の同指数は0.7-1.1、2週間前は1.2-1.3だった。

テレグラフ紙のサラ・クナプトン科学部デスク1月13日付で、「ロンドンは感染のピークを過ぎた可能性がある。ロンドンとサウスイースト地区の入院患者数は依然高水準だが、1月10日時点の1週間の入院患者数(週平均)が前週比131人減の5919人と、12月2日以来約1カ月ぶりに減少に転じ、第2波感染拡大はピークを脱し始める希望が出てきた」と報じた。また、疫学専門家も新型コロナの感染ペースがスローダウンしていると見ている。感染症数理モデルの専門家であるインペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授も1月14日の英放送局BBCラジオのインタビューで、「現在のパンデミックは一部の地域では制御されつつある」と語った。さらに、同教授は、「ロンドンでは特に検査陽性者数が減少してきている。これは入院患者が今後増え始めないことを示す。感染者数と病院入院者数は他の多くの地域では増加しているが、全国的に見ると、感染者数の増加は低下している」という。

■コロナ危機からの出口戦略

英国のワクチン戦略は他の欧州諸国やアジアとは一線を画しているという見方がある。テレグラフ紙のアンブローズ・エバンス・プリチャード国際経済部デスクは1月12日付コラムで、「新型コロナ・アクチュアリー・リスポンス・グループ(新型コロナ危機に起因する金融リスクを分析する銀行や保険会社の専門家チーム)のイーフェイ・ゴング氏らは、英政府の猛烈なスピードでワクチン接種を進める戦略によって、80歳以上の高齢者と介護老人ホームの入所者がワクチン接種を受ければ、死亡リスクが高い年齢層の3分の2をカバーできる。しかも、こうした接種は10日間で完了するという調査結果を発表したことは、いかに英国のワクチン戦略がEU(欧州連合)のような慎重なワクチン接種戦略とは一線を画す」と指摘する。

英国での1回目のワクチン接種数は2月5日時点で1日当たり44万1000人(1週間平均)のペースで進んでおり、2月9日時点での累計接種数は1260万人超(成人全体の24%)に達した。今後もこのペースが続けば、2月中旬までに1590万人(同30%)となる。また、英オックスフォード大学が運営するアワー・ワールド・イン・データ(Our World in Data)によると、2月8日時点でのEU加盟27カ国のワクチン接種は人口100人当たり0.85人(ブルガリア)人から8.89人(マルタ)の範囲。主要国はイタリアが4.53人、スペインは4.5人、ドイツは3.91人、ベルギーは3.64人、フランスは3.03人、オランダは2.42人だが、EUを離脱した英国は18.86人と、群を抜いて多い。ちなみに先進国では英国がトップで、2位が米国の12.68人となっている。

テレグラフ紙のジュリエット・サミュエル記者は1月15日付コラムで、「英国は昨年7月、EU(欧州連合)のワクチン調達計画への参加を見送ったが、もし、そのまま参加していれば、英国単独の米国とのワクチン交渉はEUによって潰されていた。EUは当初、米医薬品大手ファイザーと独同業大手バイオエヌテックとのワクチンの共同開発への関与に躊躇し、英医薬品大手グラクソスミスクラインと仏製薬大手サノフィの共同開発の承認を遅らせた。EUの国家主義的な産業政策が英国のワクチン調達プロセスを台無しにしていた」と、英国がコロナ危機から抜け出せなかった可能性があると指摘する。

英国ではすでに政策議論の中心はコロナ危機からの出口戦略にシフトしている。今後、英国のロックダウンからの出口戦略はどうなるのかについて、テレグラフ紙(1月24日付)は、「英政府は4月4日のイースター(復活祭)後、ロックダウンの出口戦略として、経済活動の再開を目指し、3カ月間の準備期間に入る。6月第2週に英国で開催するG7(先進主要7カ国)サミットまでにホテルや飲食店などの観光業への規制を解除する」と報じた。同紙のプリチャード国際経済部デスクも、「2月初めには状況が一変する。初期のワクチン接種が効果を発揮し、コロナ感染による死亡率が段々と低下するに連れて、はっきりしてくる。その時には英国は西側の中では最初に集団免疫を近づく。これは英国経済の回復とコロナ後の社会の復興への道を切り開く」と、英国経済の先行きを楽観的に見ている。

イングランド銀行(英中銀)のアンドルー・ホールデン主席エコノミストも1月20日のウェビナー(オンラインセミナー)で、「英国経済は4-6月期から新型コロナで失われた100万人の雇用者を吸収できるほど、景気がV字回復する可能性がある。世界的な金融危機時よりも大きな景気回復になる。政府は一時帰休者支援制度を終了させることが可能だ」と予想する。

また、プリチャード氏は、「出口戦略は市場(経済)にとっても大きな問題だ。米投資銀行ジェフリーズのストラテジスト、サイモン・パウエル氏らが指摘しているように、今後、世界は2つの陣営に分かれる。1つは東アジアやオーストラリア、ニュージーランドで見られる、規制を強化し、感染を完全に封じ込める陣営だ。もう一つは南北アメリカや欧州、とりわけ英国で見られる感染抑制の陣営だ。この陣営はワクチン接種で集団免疫を確立し、感染を抑止する戦略」と分析する。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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