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英国で新型コロナ感染再拡大―全国ロックダウンは正しい選択か(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
保守党の造反議員から2度目のロックダウンが12月2日以降も延長した場合、これまでにない大きな造反に直面すると警告を受けているジョンソン首相=英テレビ局スカイニュースより
保守党の造反議員から2度目のロックダウンが12月2日以降も延長した場合、これまでにない大きな造反に直面すると警告を受けているジョンソン首相=英テレビ局スカイニュースより

英ケンブリッジ大学が10月28日に発表した最新予測では、「来週(11月2-7日)の死者数は1日平均240人、11月末で約500人」と予想しており、旧データの1日4000人とは大違いだ。英オックスフォード大学CEBM(エビデンスに基づく医療センター)のカール・ヘネガン教授は、「ケンブリッジの古いデータは現在の実態を反映していない。政府はなぜケンブリッジの古いデータを採用したのか理解できない」(10月31日付英紙デイリー・テレグラフ)と述べ、古いデータに基づいて政治決定されたことに苦言を呈している。

英国のテリーザ・メイ前首相の下でEU(欧州連合)離脱相を務めたデービッド・デービス下院議員もテレグラフ紙のインタビューで、「今回のような誤解を招く予測を使うことは初めてではない」と指摘する。実際、3月に1度目の全国ロックダウンを実施した際、医学研究で定評がある英名門大学インペリアル・カレッジ・ロンドンの理数モデルでは可能性として死者数が10倍に急増すると予想していた。

また、英政府は2度目の全国ロックダウンを正当化する根拠として、SAGE(英政府緊急時科学諮問グループ)が7月30日に発表した新型コロナ感染の最悪シナリオを引用している。これは死者数のピークがクリスマスまで、場合によっては来年3月まで続くというもので、8月から来年3月までの第2波感染拡大期間中、死者数は7月末時点の4万5365人の2倍の8万5000人に達すると予測した。これに対し、保守党の元党首であるダンカン・スミス下院議員もテレグラフ紙のインタビューで、「SAGEの予測はロックダウンの決定を狙って行われたホームワークで、ロックダウンを正当化するデータを慎重に選んだ」と批判している。

スティーブ・ベーカー下院議員(元EU離脱相)も同様に、「国民を意図的に惑わしている。政府は全国ロックダウンの決定を撤回すべきだ」と主張している。「死者数に関する数理モデルは間違っており、実際にはかなりの幅があることを示している」とし、ケンブリッジ大学やSAGEの古いデータに基づいて議論することに強い懸念を示している。

また、保守党の造反議員はジョンソン首相が拙速に2度目の全国ロックダウンを決めたと批判している。保守党のロバート・シムズ元院内幹事長はテレグラフ紙のインタビュー(10月31日)で、「3段階ルールが導入されて20日間しか経っておらず、効果が出るまでの時間的な余裕を与えなかった」と批判。また、デズモンド・スワイン保守党議員も「今回の全国ロックダウンを主張した閣僚はまるで首を失った鶏のようだ」と揶揄した。さらには、イングランド銀行(英中銀、BOE)の元金融政策委員であるアンドリュー・センタンス氏も、「政府はパニック政策を追求するあまり、全国ロックダウンを選択してしまった」と嘆く。

首相の進退問題を決めるほど権威のある保守党の1922年委員会のチャールズ・ウォーカー副委員長も英放送局BBCのインタビュー(10月31日)で、「全国ロックダウンを実施すれば、接客サービス業は消滅する。経済的大打撃で年金も支払えず、雇用もできず、税金の値上げもできず、軍や警察への資金支援もできなくなる」と述べている。また、保守党のデズモンド・スウェイン下院議員は、「全国ロックダウンはすべての人々を貧しくし、貧しくなった人々がさらに貧しくなる。全国ロックダウンを決めたことにより、より多くの人々が思ったよりも早く命を落とすことになる」(テレグラフ紙)という。

こうした政府の感染拡大阻止の対応が遅れた結果、全国ロックダウンという最悪の事態となったとの批判に対し、政府側のナディン・ドリーズ保健省政務次官は10月31日のツイートで、「もし我々の手に未来が見えるクリスタルボール(水晶玉)があれば、どれだけ多くの60歳以上の高齢者が感染し、その結果、病床数が足りなくなるという深刻な事態を3週間前に予測できた」と述べ、ひんしゅくを買った。これは政府が最悪の事態を早く予測できなかったことを認めたもので、裏返せば、全国ロックダウンの道しか残されていなかったということだ。

政治の外でも政府の全国ロックダウン導入に対する批判は強い。英コンサルティング大手ヨーロッパ・エコノミクスのアンドリュー・リリコ取締役はテレグラフ紙の11月9日付コラムで、「首相官邸は全国ロックダウンを正当化する根拠が崩れているにもかかわらず、全国ロックダウンが経済や社会に打撃を与えているとは認識していない」と指摘する。同氏によると、3月に実施された1回目の全国ロックダウンには合理性があった。感染者数が1日当たり25%のペースで増加していたため、感染者の2割が入院し、英国のNHS(国民保険サービス)が数週間以内に崩壊するという差し迫った危機感があったからだ。しかし、「今回の2度目の全国ロックダウンではこうした合理性がない。1日の感染者数の増加ペースはわずか3%で、感染者のわずか3%が入院すると推定されるため、NHSの崩壊は考えにくい」という。

また、ロンドン大学キングス・カレッジの遺伝疫学の専門家であるティム・スペクター教授らの最新調査(10-11月に新型コロナの感染検査を受けた1万3208人と、週100万人の陽性者追跡データに基づく調査)によると、感染率が最も高いイングランド北部とスコットランドでも感染者数が減少してきており、英国全体の「R(リプロダクティブ)レート」(再生産数:1人の感染者から何人に感染するかという比率)は現在、「1」と、2回目のロックダウンが目標としている数値を達成したとしている。同調査はテレグラフ紙が11月6日付で報じた。同調査では、英国全体の新規感染者数が11月1日までの2週間の感染者数でみると、高齢者の介護施設を除き、1日平均4万2049人と、その1週間前の1日平均4万3569人を下回っている。同教授は、「今回の調査はNHSの将来の見通しを示すものだが、2週間以内に感染者の入院者数が減少し、また、4週間以内に死者数も減少することを意味しており、第2波感染のピークはすでに過ぎた兆候がある」と主張する。ジョンソン首相は2度目のロックダウンにより、Rレートを1以下にすると豪語したが、ロックダウンを拙速的に強行したことになりかねない。同教授は、「我々は国民に対し、2度目のロックダウンを終わらせ、12月を健康で乗り切るため、感染拡大阻止の規制措置を順守し、できるだけ早く感染者数を減少させるよう求めている」と総括する。

保守党造反派の抵抗は一向に衰える気配はない。英紙デイリー・メールは11月8日、「ジョンソン首相は保守党の議員から2度目のロックダウンが12月2日までに終わらず、それ以降も延長した場合、これまでにない大きな造反に直面すると警告し、圧力をかけられている」と伝えた。

英国立統計局(ONS)の最新データ(10月13日発表)によると、6-8月期の失業率は前期(3-5月期)の約4.1%から約4.5%に急上昇した。これから冬を迎え、感染拡大が懸念されるだけに失業者の拡大は避けられず、景気の悪化が懸念される。政府はロンドン交通局に10億ポンド(約1350億円)の救済案を条件付きで提示した。条件は混雑割増料金(congestion charge)対象区域を拡大することや料金値上げ、幼児と年金受給者への無料パスの廃止などだ。ロンドン市民にとって厳しい冬となるのは必至だ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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