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英国で新型コロナ感染再拡大―全国ロックダウンは正しい選択か(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
3段階規制のうち、最も制限が厳しい第3段階に指定されたマンチェスター大都市圏への財政支援8200万ポンドを示したグラフ=英スカイニュースより
3段階規制のうち、最も制限が厳しい第3段階に指定されたマンチェスター大都市圏への財政支援8200万ポンドを示したグラフ=英スカイニュースより

SAGE(英政府緊急時科学諮問グループ)は9月21日付の会合文書で、「全国の「R(リプロダクティブ)レート(再生産数:1人の感染者から何人に感染するかという比率)」は1.1-1.4(10月23日現在で1.2-1.4)で、新規感染者数は1日あたり2ー7%のペースで増えており、10-20日間で感染者数が2倍になるペースだが、7-8日間で2倍となる可能性があり、1日あたり入院患者数が10月末までに約3000人に急増する」と警告した。これは学校や大学を引き続き開放し、職場復帰や接待サービス・レジャー活動を再開すれば、近い将来、感染拡大ペースは加速すると見ているからだ。その上で、「もしRレートを1.6から0.8へと、半分に引き下げるには感染率を50%も引き下げなければならず、大きな困難と伴う」と苦言を呈している。

また、SAGEは、「家庭内(同一世帯)での感染が依然として高率となっており、二次感染の4-5割は家庭内で起きている」とした上で、「家庭以外では障害者施設や介護施設などで働くことが感染者数を増やすリスク要因となっている」と警告している。3月に実施した全国ロックダウンにより、Rレートは当時の2.5-3から2ポイント低下の0.5-0.7となった。これは感染率が75%削減したことを意味し、全国ロックダウンは効果があると主張している。

さらに、SAGEは、サーキットブレーカー、すなわち2-3週間、全国的にロックダウンを実施すればRレートは1以下に引き下げることができると主張している。「2週間のロックダウンで2週間分だけ感染悪化を防ぐことが可能で、もしロックダウンに加え、さまざまな制限が3月と同様に実施できれば28日間以上感染を遅らせることができる」としている。5月に1度目のロックダウンが解除された際、自宅待機ルールはなくなったが、学校や大学の閉鎖に加え、パブやレストラン、ジムも閉鎖、さらには接客サービスの禁止、別世帯との交流制限、自宅から職場への通勤禁止などはしばらく継続された。ロックダウンはそれだけでは効果が薄いため、同時並行の規制措置が必要となる。家でリモートワークし、別世帯との交流禁止、すべてのバーやレストラン、カフェ、屋内ジム、理髪店など接客サービスを提供するすべての店を閉鎖すること、さらには大学でのオンライン授業化が必要だとしている。

いずれにしても感染率を50%引き下げるにはサーキットブレーカーが必要となるのは時間の問題だった。ジョンソン首相は3段階規制の違反者に対し、1000ポンド(約13万5000円)、最大3万2000ポンド(約430万円)の罰金を科すとしたが、専門家にはそれだけで効果が十分発揮されるかは疑問視する見方は少なくなかった。

ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)の最新調査でも、「3段階規制のうち、第2段階に指定された地域では7人以上の集会禁止(6人ルール)と午後10時以降の飲食店の営業禁止が義務化されたものの、規制前に比べ接触者数が減少した効果はみられていない」(10月25日付英紙デイリー・テレグラフ)と結論付けた。6人ルールでは回答者全体の30%超が「減少」、26%が「増加」、残りは「変わらず」だった。午後10時規制では減少と増加が半々だった。また、他の規制でも接触者数は以前よりも0.7人しか減少しておらず、あまり変わっていないことも分かった。3月の全国ロックダウンでは接触者数は10.8人から2.8人と、8人も減少したことから全国ロックダウンがいかに効果的かを示す。

病院関係者もこうした政府の専門家の主張を支持した。NHS(国民保険サービス)のベッド数が枯渇するため、NHSの医療崩壊圧力を下げるためにはサーキットブレーカー・ロックダウンが必要だと主張し始めた。NHSプロバイダーズのクリス・ポプソン専務理事は「NHSのサービス提供はまさにパーフェクト・ストーム(究極の嵐)に直面している」(10月15日付テレグラフ紙)と語る。ポプソン氏は、「NHSがすべての患者をこの冬に治療するためには慎重な行動が必要で、その意味ではサーキットブレーカー・ロックダウンの導入は賛成だ」(同)と述べている。

こうした3段階規制への風当たりが強まる中、ついにジョンソン首相は当初、それまで無視していたSAGEのサーキットブレーカー・ロックダウン提案を受け入れ、2度目の全国ロックダウンに舵を切ったのだ。サーキットブレーカー・ロックダウンは自宅待機とともに、屋内での別世帯との交流禁止と、すべてのバーやレストラン、カフェ、インドアのジム、理髪店を閉鎖、大学でのオンライン授業の3点で制限される。SAGEによると、感染拡大リスクが高いのは学校や大学、家庭内と別世帯との交流、接待サービス業界と結論付けているからだ。

一方、北アイルランド自治政府は10月15日、1日の新規感染者数が1000人を超えたことを受け、4週間のロックダウンを決めた。ウェールズ自治政府もイングランドの第2段階と第3段階の地域からの移動禁止を決め、学校のハーフターム(休校)と重なる10月23日から11月6日まで15日間のサーキットブレーカー・ロックダウンに入った。また、スコットランド自治政府は10月25日までエジンバラとグラスゴーではバーとレストランを全面閉鎖とし、それ以降は独自の5段階規制を導入している。それぞれバラバラの規制措置を実施しているため、英国連邦を構成する4カ国間の移動禁止・制限が今後の課題となっている。

しかし、ジョンソン首相の全国ロックダウンの決定をめぐり、新たな問題が起きてきた。全国ロックダウン反対派からの揺り戻しだ。

10月31日、首相官邸で行われた政府の記者会見で、政府が全国ロックダウンを決めた根拠となった、ケンブリッジ大学のかなり古い調査結果が引用されたからだ。それによると、イングランドで1日の死者数は12月初めの時点で現在の4倍の約4000人になると予測しているものだった。しかし、このデータはケンブリッジの大学の直近のデータではなくかなり古いデータであることが分かっている。数理分析の専門家は、「ケンブリッジが3週間前に発表した第二次感染拡大による死者数の予想シナリオがなぜ採用されたのか」(10月31日付テレグラフ紙)と疑問を投げかけている。ケンブリッジ大学の最新のレポートでは死者数はもっと低くなっているからだ。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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