Yahoo!ニュース

英国で新型コロナ感染再拡大―全国ロックダウンは正しい選択か(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
2度目の全国ロックダウンの導入を発表したジョンソン英首相=英テレビ局スカイニュースより
2度目の全国ロックダウンの導入を発表したジョンソン英首相=英テレビ局スカイニュースより

英国はイングランド(スコットランドやウェールズ、北アイルランドを除く)で11月5日から12月2日までの1カ月間、3月以来7カ月ぶりに2度目の全国ロックダウン(都市封鎖)に入った。きっかけとなったのは政府の新型コロナ感染拡大阻止の規制強化に反旗を掲げた“マンチェスターの反乱”だった。しかし、ジョンソン首相の独断によるロックダウンの正当性をめぐり、保守党内で首相批判が高まっている。

ジョンソン首相は10月31日の国民向けテレビ演説で、2度目の全国ロックダウンに入ると発表した。原則として、特別な事情がない限り、「ステイ・アト・ホーム(自宅待機)」となるが、学校への通学や介護などリモートワークができない場合の職場通勤、さらには、診療目的の通院や生活必需品の購入のための外出が認められ、1回目のロックダウンに比べると、かなり自由度は高い。それでもロックダウンでバーやパブ、レストラン、ジムなど接待サービスを伴う事業所が全面閉鎖されるため、スナク財務相は雇用支援策として一時帰休となった従業員の給与の80%を支援する制度を来年3月まで延長する方針を明らかにした。

ジョンソン首相は2度目のロックダウンは経済への打撃が大きすぎるとして、10月中旬の段階ではまだロックダウンを回避する戦略に注力していた。それが10月12日からスタートした3段階規制の導入だった。英国全体の1週間の陽性率は10月6日時点で10万人につき125.7人、1週間前の63.8人の2倍となり、1日の新規感染者数も約2万人に一気に急増したことを受け、ジョンソン首相は10月8日、これまでの感染対策を見直し、3段階規制に切り替えると発表したのだ。10月12日には下院で法律として制定され、法的拘束力を持った。英国立統計局(ONS)によると、イングランドの1日当たりの新規感染者数は一時、10月23日時点で3万5200人と、5月初めの第一波感染時の1万1900人の約3倍を記録した。現在は5万人前後だが、それでも高水準に変わりはない。

3段階規制とは、イングランドを感染率に基づいて、最も規制が緩い第1段階の「ミーディアム(Medium)」とやや規制が強い第2段階の「ハイ(High)」、バーやパブの閉鎖(営業禁止)、別世帯との屋内外での交流禁止、移動制限など最も厳しい第3段階の「ベリー・ハイ(Very High)」の地域に指定するもので、経済への悪影響は第3段階が最も大きくなっていた。

3段階規制では、イングランドの場合、第1段階では2800万人が影響を受けるが、面積ではイングランドの大半の地域が指定され、7人以上の集会禁止(6人ルール)と午後10時以降のパブやレストランの営業が禁止される。第2段階では2830万人が影響を受け、屋内での別世帯との交流が禁止され、パブやバーは営業できるが、実際には閉鎖に追い込まれ大打撃を受けるとみられるため、スナク財務相は10月22日、第4次追加財政支援策を発表。第2段階地域にも給与の63%を補填する雇用支援制度(JSS)を適用するなど支援策を強化した。第3段階では1600万人が影響を受け、パブやバーが閉鎖されるというものだった。

しかし、この3段階規制の適用をめぐって、英国北西部に位置し、人口で3番目に大きなマンチェスター大都市圏(10州で構成。人口約280万人)のバーナム市長が反乱の狼煙を上げ、これをきっかけにイングランドが2度目の全国ロックダウンに向かうことになった。いわゆる、“マンチェスターの反乱”である。

バーナム市長は10月12日から同21日まで10日間にわたり、ジョンソン首相の悪評高い新型コロナ感染拡大阻止の3段階規制に強く反対し、英国メディアを巻き込んで徹底抗戦した。しかし、最終的には強制力を伴う政府の最後通牒には逆らえず、マンチェスターの反乱は失敗に終わったが、英国メディアは、市長は3段階規制という特定地域に限定したローカル・ロックダウン(来年4月までの最長6カ月間の都市封鎖)の問題点を浮き彫りにし、全国一斉のサーキットブレーカー・ロックダウン(2-3週間の短期都市封鎖)への道筋を付けたと高く評価。英紙デイリー・テレグラフ(10月21日付)は、「バーナム市長の抵抗により、ジョンソン首相の3段階規制システムがうまく機能するかどうかについての議論をオープンにした功績は大きい」と報じた。当時、マンチェスターなど他の地方自治体も英国メディアもパンデミックの専門家も首相の3段階規制ではこれから冬を迎え、新型コロナの第2次感染爆発を抑えられないと主張し、サーキットブレーカー・ロックダウンを支持し始めていたからだ。

マンチェスターの反乱は、第3段階地域がイングランド北部に集中していたため、規制が最も厳しい北部と最も緩い南部との格差が新たな社会問題となり、最大野党の労働党と与党・保守党の議員を巻き込んで政治問題化する中で起こった。反乱の発端となったのは政府からの一方的な第3段階への指定替えだった。マンチェスター大都市圏は当初、第2段階に指定されるはずだった。バーナム市長は深刻な経済損失が予想されることや、地元の病院のICU(集中治療室)ベッドの占有率は70%と、パンデミック前の昨年の同時期より低く、医療崩壊は起きない見通しにもかかわらず、「指定替えされるのは不公平で、3段階規制は欠陥制度だ」と批判。「政府はマンチェスターを実験的な3段階のローカル・ロックダウン戦略を試す炭鉱のカナリアにしている」(10月15日付テレグラフ紙)と猛反発したため、市長と首相との和解交渉は難航を極めた。

最終的にはジョンソン首相が一向に埒が明かないマンチェスターとの協議を打ち切り、強権を発動したが、地元自治体の協力がなければ感染防止規制は効果を発揮しないため、政府は懐柔策として、急きょ、第3段階地域のバーやパブ、レストランなど接待サービスを伴う飲食業界への経済支援を決め、マンチェスターにも6カ月分の支援金として8200万ポンド(約110億円、うち、6000万ポンドが経済支援分)、リバプールとランカシャーにもそれぞれ4400万ポンド(約59億円)と4200万ポンド(約57億円)を臨時交付することで決着を図った。

ジョンソン首相は10月20日の会見で、マンチェスター大都市圏に続いて、イングランド北部のサウスヨークシャーやウェストヨークシャー、ノッティンガムシャー、ノースイースト地方なども第3段階への移行について協議を行う方針を示した(10月23日までにサウスヨークシャーとウォリントンは第3段階に移行)。これに対し、労働党のスタマー党首は下院で開かれた党首討論で、「こうした感染の深刻さが異なる北部と南部の緊張を打破するためには公正な方法としてワンネーション(全国一律)のサーキットブレーカー・ロックダウンが効果的だ」(10月20日の英放送局スカイニュース)と主張した。

バーナム市長は労働党の影の内閣で保健相を務めた経歴があり、反乱の背景には労働党が前回の総選挙で失った選挙区の奪還を目指すという、政権与党・保守党との確執もあった。スタマー党首はSAGE(政府緊急時科学諮問グループ)が9月21日の会合で決定したものの、ジョンソン首相によって無視された、サーキットブレーカー・ロックダウンの導入を主張した。同じ労働党でも一見してバーナム市長とスタマー党首の意見が割れているようにも見えるが、バーナム市長は「第3段階地域に最長6カ月間も指定されると地元経済を殺すことになる」と反対し、しかも、国の給与支援制度が11月以降、従来の80%から63%に引き下げられることに強く反対し、適切な財政支援が必要と主張しており、最長6カ月も続く3段階規制より2-3週間と短期間で済むサーキットブレーカー・ロックダウンの方が適切と考えていた。(「中」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事