Yahoo!ニュース

英航空・観光業界、空港の2週間自主検疫規制を総スカン=エアブリッジ導入必至(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
メイ前首相は6月3日、下院で「政府はなぜ世界各国からイギリスを鎖国する代わりに、雇用を守り、英国を世界のビジネスに開かれた国としないのか」と2WQ規制の導入を批判した=英スカイニュースより
メイ前首相は6月3日、下院で「政府はなぜ世界各国からイギリスを鎖国する代わりに、雇用を守り、英国を世界のビジネスに開かれた国としないのか」と2WQ規制の導入を批判した=英スカイニュースより

国境警備の現場でも批判の声は強い。2WQ(海外からの入国者(英国民の帰国も含む)に対する入国後2週間の自主検疫)規制の開始直前、内務省は全国8万人の国境警備官に58ページの手引書を配布したが、ISU(国境・入管・税関職員労組)のモレトン広報担当者は、「実に滑稽極まりない茶番劇だ」(6月8日付テレグラフ紙)と、酷評する。入国者は港や空港で、氏名や滞在中の住所をオンライン登録しなければならないものの、国境警備官が違反者に1000ポンド(約13万円)もの罰金を科せるのは名前が『ミッキーマウス』などと、明らかにウソと分かる申告をした場合だけで、申告内容が真実かどうか確かめる方法がなく、いい加減だからだ。

モレトン氏は、「ヒースロー空港では警備官に対し、出来る限り、乗客が空港でオンライン入力した全データを確認するよう指示しているが、英仏を隔てるドーバー海峡では船舶の入港前に乗客が事前にオンライン登録していなかった場合、港で使えるタブレット端末はわずか1台しかなく、しかも、感染防止のため、タブレットの消毒が義務化されているので、入国審査場で長蛇の列ができる」と嘆く。

こうした中、英紙デイリー・テレグラフが2WQ規制の撤廃に関するスクープ記事を6月11日付で掲載した。これは「クアッシュ・クアランティン・グループ(年間100億ポンド(約1兆3000億円)の観光業界500社で構成)は政府幹部から非公式に、3週間後の6月29日に2WQ規制が見直され、同日から海外で夏休みを過ごす旅行者向けにエアブリッジが導入されるという確約を得た」という内容だった。これを受け、同グループは2WQ規制の撤廃を求める差し止め訴訟手続きを中止する可能性があるとした。

しかし、その後、政府はエアブリッジ(感染拡大リスクが低い国からの旅行者は2WQ規制が免除される制度)をいつから、どのように導入するか明確にしなかったため、BAなど航空3社は6月11日、ロンドン高等法院に2WQ規制の差し止めを求める訴訟を正式に起こしている。「航空3社はエアブリッジが導入されるまでの暫定措置として、政府が3月に導入した、感染リスクの高い国からの旅行者に限定して自主検疫を義務化する規制の再導入を求めている」(6月12日付ガーディアン紙)。

航空業界や観光業界は6月末までにエアブリッジが決定されるよう政府に求めており、BAは7月のフライトの50%まで、ライアンエアーも7月のスケジュールについて通常の40%のフライトを目指している。イージージェットは従業員全体の33%をレイオフ(一時解雇)しているが、7月から9月の間でパンデミック前の通常水準のスケジュールの30%の運行を計画している。

英航空業界団体「エアラインズUK」のアルダースデール理事長は6月1日、政府に対し、45カ国とエアブリッジ協定を結ぶよう提案し、交渉相手国のリストも提示した。エアブリッジは感染リスクが低いギリシャやスペイン、イタリア、フランスなどからの旅行者に対する2WQ規制を免除するものだが、政府はエアブリッジの導入には法律上のテクニカルな問題により時間がかかるとしている。また、しかし、フランスは6月15日から入国を再開したが、英国が2WQ規制を実施しているため、英国からの入国者に2週間の検疫を義務化している。ギリシャとスペインは7月1日から外国からの航空機の乗り入れ制限を解除するが、「イギリスはエアブリッジ協定の締結が可能な基準(新型コロナ感染)に達していない」(6月1日付テレグラフ紙)と警告しており、時間がかかりそうだ。

実際、5月末時点のイングランドの1日当たり感染者数は約5600人と、1週間前の8000人からややペースダウンしたが、まだ高水準で、「専門家の意見を無視して政治的にロックダウンが早く緩和された」(5月30日の英テレビ局スカイニュース)との批判も起きているほどだ。他方、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のデービッド・ヘイマン疫学教授は、「新型コロナウイルスに似た2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の大流行はワクチンが無くても半年間で自然消滅したことを例に挙げ、今回の新型コロナも7月に消滅する」(6月5日付テレグラフ紙)という論調も出始めた。もしもこれが正しければ、世界経済がV字回復する可能性がある。

さらに追い打ちをかけているのはスペイン政府が6月10日、国内の空港が現在、負担している新型コロナ感染予防費用を航空会社に請求することを認めたことだ。「この費用はスペイン全体で数百万ユーロにも達し、今後、航空運賃の急騰や航空会社の経営に大打撃を与える恐れがある」(6月10日付英紙デイリー・メール)という。ただ、エアブリッジ協定については、国によって温度差があり、ポルトガルは年間約210万人のイギリスの旅行者が訪れているため、6月末までに英国とエアブリッジ協定で合意したい考えだ。しかし、英国側はポルトガルは感染リスクがまだ高いとしてエアブリッジ協定の対象から除外する見通しだ。

もともと、2WQ規制は英国内で5万2000人(6月9日時点)が新型コロナで死亡しているにもかかわらず、ジョンソン首相右腕と言われるドミニク・カミングス上級顧問がブレグジット(英EU離脱)戦術の一環として固執しているものだ。しかし、同氏は3月23日のロックダウン(都市封鎖)の最中、外出制限令を破り、家族とドライブ旅行したとして国民から辞任を求められている。国民の批判はカミングス氏を更迭しなかったジョンソン首相にも及んでおり、英調査会社サバンタによると、日本と同様、首相の支持率は5月26日時点で、4日前の19%からマイナス1%と、一気に20%ポイントも低下した。最大野党・労働党のスタマー党首の12%を大幅に下回り、政府支持率も14%からマイナス2%と、16%ポイントも低下している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事