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英国、集団免疫論争でコロナ感染対策が出遅れ=ロックダウン解除早くて5月か(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英テレビ局スカイニュースは3月14日、政府の集団免疫戦略の根拠となったデータをすっぱ抜き、科学論争のきっかけを作った=スカイニュースより
英テレビ局スカイニュースは3月14日、政府の集団免疫戦略の根拠となったデータをすっぱ抜き、科学論争のきっかけを作った=スカイニュースより

英テレビ局スカイニュースは3月14日、政府の集団免疫戦略の根拠となったデータをすっぱ抜き、科学論争のきっかけを作った。それによると、SAGE(政府緊急時科学諮問グループ)代表のパトリック・バランス主席科学顧問は「集団免疫によるウイルス感染を阻止するには人口(6640万人)の6割に相当する約4000万人が感染する必要があり、うち、3200万人は軽症だが、800万人は重篤となる」と政府に説明したという。しかも重症患者のうち、50%が病院で治療を受ける必要が生じるという内容だ。

また、政府にウイルス関連情報を提供している医学研究で著名なインペリアル・カレッジ・ロンドン大学の予想でも「楽観的なケースで25万人が死亡し、治療のために必要なベッド数もNHS(国民保険サービス)の保有数の8倍に達し能力の限界を超える」となっている。いかに唐突な形での集団免疫戦略の方が感染者や死者が多く医療崩壊の可能性が高いことが分かる。

また、英紙デイリー・テレグラフ紙も3月14日付で、「バランス氏は、集団免疫はコロナウイルスが拡大している時、国民をウイルスから守るのに役立つと主張している」という記事を掲載した。同氏は集団免疫で感染のピークを低く抑え、ピークを平準化する、それは完全に制圧しなしことが目的だとしている。集団免疫は国民の大半がマイルドな軽い症状を発症し、ある程度の集団免疫を作り上げる。それによってウイルスに対する免疫抗体を作る。同氏は将来の感染拡大(第2波の感染拡大)を起こさないための集団免疫を作るためには、イギリスの人口の約3分の2、すなわち4000万人が感染する必要があると報じた。

しかし、その一方で、同紙は、「ロンドン大学ワクチンセンターのベアテ・カンプマン教授は老人をウイルスから守るためにそのコミュニティの集団免疫を高めることにより、そのコミュニティ内の感染が低下する。しかし、重篤な病気を持っている人にとっては最もリスクが高い手法と警告する。健康な人がウイルスに感染して100%免疫ができるとは言えない。もし老人ホームでウイルス感染を放置すれば悲惨なことになるだろう」と警告した。

その上で、スカイニュースは3月16日、「インペリアル・カレッジは、ミタゲーション戦略ではなく、ソーシャル・ディスタンシングによるサプレッション(ウイルス増殖サイクルの遮断)戦略がベストとしている。しかし、これは感染拡大のペースを遅らせる戦略のため、ワクチンができる18カ月間継続しなければならない。過去に実施された例がないので国民の反応が予測できないのがリスクだ」という。「これでは十分な集団免疫を作ることができず、ワクチンができるまで続けなければ新たな感染ピークを迎えるのが欠点だ」と指摘した。

また、英紙ガーディアンも3月16日、「サプレッション戦略だと死者数は2万人以下、あるいは数千人にとどまる」と報じた。しかし、「政府が今回発表したソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)の措置は今後、少なくとも5カ月かそれ以上、続ける必要がある。これは(非現実的で)社会を困惑させることになる」という。また、「この規制措置を解除すれば再び感染が起こる。WHO(世界保健機関)はかなり感染を抑制し、時間を稼ぐことができると主張しているが、集団免疫の創出はほとんど進まなくなる」と懸念を示した。

WHOは英国の戦略に批判的で、テドロス事務局長は検疫検査を拡大するよう要求する会見を開いたが、政府との温度差は歴然だった。英政府のクリス・ホイッティ主席医務官は「これまで4万4000人を検査してきたとし、これはかなりの数になる」と豪語した。このころ、スコットランドのエジンバラや西ミッドランズのウォルバーハンプトンなど一部地域でドライブスルーの簡易検査が始まったが、大半は感染の疑いがある人が対象で、まだ一般的ではない。ただ、ジョンソン首相は3月18日の下院本会議で、NHSによるコロナウイルス検査を1日2万5000人のペースで加速する方針を示し、ようやく、本腰を入れ始めた。現在は4月末までに1日10万人の検査体制に拡大するとしている

政府は3月中旬時点で、感染者はすでに5000-10000人になっていると予想し、あと数週間でロンドンは感染ピークを迎えると警告していた。これを受け、ロンドンのサジク・カーン市長は3月17日、スカイニュースのインタビューで、「地下鉄やバスなどの公共輸送サービスを停止したいが、緊急サービスに従事している医師や看護師の通勤利用を考慮し、金・土曜だけ減らす」と発表。また、政府はウイルス感染の津波襲来に備え、不足している人工呼吸器の製造をロールスロイスや本田技研、英建設機械大手JCB、F1のマクラーレン・レーシングにまで製造を要請した。NHSでは8000個しかなく絶対的に不足しているからだ。コロナウイルスは肺炎を起こすため、人工呼吸器は患者の生命の維持に不可欠となっている。3月21日までにベッドも新たに8000床、退職した医師と看護師の計4500人も確保した。

一方、政府は3月11日に新年度予算案を発表し、総額300億ポンド(約4兆円)のウイルス感染対策と景気支援策を発表した。うち、ウイルス対策関連費は店舗休業や工場閉鎖、労働者の無給休暇(一時帰休)などへの損失補填や減税を中心に120億ポンド(約1兆5000億円))が支出される。このほか、政府は景気対策としてHS2(新幹線網の第2期延長工事)などで1000億ポンド(13兆5000億円)の長期インフラ投資、さらに、リシ・スナク財務相は3月17日に企業を救済し、リセッションを回避するため、英国のGDPの15%に相当する3300億ポンド(約45兆円)の政府の融資保証制度を導入すると発表した。さらに、3月26日にはロックダウン(都市封鎖)に伴う自営業者への休業補償として平均月収の80%、2500ポンド(約34万円)を上限に給付する雇用維持制度の導入も明らかにした。

テレグラフ紙は4月9日付で、エコノミストは英国経済がウイルス感染やロックダウン(都市封鎖)の悪影響により4月末までに20%ダウンすると予想していると報じた。また、英国立経済社会研究所(NIESR)も9日、1-3月期は前期比5%減、4-6月期は15-25%減との見通しを示している。さらに、米金融大手JPモルガン・チェースは英国の失業率は現在の4%弱から13%に上昇すると予想。これは1980年代や1990年代のリセッションとなった金融危機よりも悪い数字を予想している。

スカイニュースの著名ニュースキャスターのソフィ・リッジ氏は英紙メトロのコラムで、「コロナウイルスでブレグジット(英EU離脱)の存在はすっかりかすんだ。今後はウイルス対策でジョンソン首相の真価が問われる」と言い切った。また、「これまで全く無名だったスナク氏が財務相となり、大胆な財政出動を示したことで、次期首相の有力候補になった」と評している。コロナウイルスの感染拡大は経済だけでなく、今後の英国の政界地図さえも塗り替えかねない大きな問題となっていることを示す。

政府はコロナウイルス感染拡大のピークが今週中に来ると見ており、6月初めからの段階的なロックダウン解除に向け、4月16日に専門家が参加した緊急事態対策委員会「コブラ」を開催する予定だ。会議ではいつロックダウンをどのような形で解除するのか、地域別の解除か、段階的な解除か、製造業など業種に絞った部分解除か、政府はさまざまな選択肢について検討を開始する。また、感染の第2波の到来にどう対処すべきかにも焦点を移す。4月10日付のテレグラフ紙によると、まず、最初に学校から再開し、次に小規模な店舗の営業が再開され、人が多く集まる大型店舗は最後となる。会社通勤や友人・親戚との集まりなどについては引き続きソーシャル・ディスタンシングの規制を受ける見通しだ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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