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英国、集団免疫論争でコロナ感染対策が出遅れ=ロックダウン解除早くて5月か(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
コロナウイルスに感染し自宅で自主隔離中に容体が悪化し、4月5日に緊急入院したジョンソン首相。その後、9日にICUを離れ一般病棟に移り歩けるまでに回復。12日には退院し、現在はチェッカーズの首相別邸で休養中だ=BBCより
コロナウイルスに感染し自宅で自主隔離中に容体が悪化し、4月5日に緊急入院したジョンソン首相。その後、9日にICUを離れ一般病棟に移り歩けるまでに回復。12日には退院し、現在はチェッカーズの首相別邸で休養中だ=BBCより

話は3月中旬の感染拡大初期の段階に戻るが、当時、ボリス・ジョンソン首相が一番心配したのは感染者の拡大が右上がりの急カーブ過ぎて国営の医療サービス機関NHSが治療に追い付かず医療崩壊となることだった。現在も医療崩壊の回避は最優先事項だが、その回避策として、英政府は当初、集団免疫戦略(免疫獲得者がかなりの数に増えた集団内では感染は拡大しないという予防方法)に固執していた。

結果的には初動段階でこの戦略に固執したため、感染拡大の阻止で出遅れることになったのだが、その後、政府の集団免疫戦略の是非をめぐって、連日、英国メディアを巻き込む科学論争が巻き起こった。結局、ジョンソン首相は世論に押される形で、3月16日の会見で180度方針転換の発表を余儀なくされる羽目となった。

論争のきっかけとなったのはその4日前の3月12日の政府の緊急事態対策委員会「コブラ」の会合後の緊急記者会見だった。ジョンソン首相は冒頭、「我々はより多くの愛する人たちを失うことになる」と述べ、急速なウイルス感染の拡大で家族や友人を失うことへの思いを吐露。同席した2人の主席医務官と主席科学顧問とともに従来の「封じ込め」戦略から感染拡大のピークを平準化させる「遅延」戦略に移行すると発表した。

しかし、その内容はフランスのエマニュエル・マクロン大統領やドイツのアンゲラ・メルケル首相が早々と戦時対応を宣言し、外出禁止令(フランス)を出したのとは対照的に、英国は集団免疫を核とした、いわゆるミタゲーション(緩和)戦略だった。政府は免疫保持者を増やすため、あえて学校の一斉休校や感染地のロックダウンなどより強力な措置は取らなかったのだ。

これに対して、200人以上の科学者が「政府のミタゲーション戦略では感染が拡大し、その結果、多数の死者が出る、極めてハイリスクだ」(3月14日のスカイニュース)として、政府に抗議の書簡を送り、方針転換を迫った。かつてジョンソン首相が記者時代を過ごし、政権寄りの報道で知られるテレグラフ紙でさえも政府の戦略に懐疑的な記事を掲載し方向転換を迫った。

現在、英政府は4段階の感染阻止戦略を示している。ミタゲーションは感染が社会全体にまん延し、国営の医療サービス機関NHSの対応能力を超えた場合の最悪シナリオを意味する。しかし、スカイニュースは3月16日の放送で、「ジョンソン首相は主席科学補佐官が率いるSAGE(政府緊急時科学諮問グループ)から得たアドバイス(集団免疫戦略)は感染を遅らせる措置としては直感的にやや理解できなかったものだった述懐した」と報じたほど、違和感があった。

つまり、首相は十分な集団免疫が作られれば感染スピードや感染ピークの時期を遅らせることができるというSAGEの助言を当初、半信半疑ながらも受け入れたということだ。そうだからこそ、首相は「学校を一斉休校したり、大きな集会を禁止したりしても国民が思うほどよく拡大を止める効果はない」と述べたのだ。

スカイニュースは同17日、全国教職員組合「NASUWT」のクリス・キーツ事務局長代理の話として、「教師をウイルス感染した児童から保護する情報など学校に関する具体的な指示がないため、現場ではパニックが広がっている」との悲痛な訴えを伝えた。かえってパニックを広げる結果となったのだ。

その後、感染者数が1日で676人増えて2626人となった3月18日、ジョンソン首相は会見で、すべての学校(大学を含む)を20日から無期限で一斉休校すると発表したが、そのとき、すでに英国メディアの関心はロンドンのロックダウン(都市封鎖)に移っていた。93歳と高齢なエリザベス女王も同19日、バッキンガム宮殿からロンドン郊外のウインザー城に退避し、ロンドンの地下鉄も同20日から金・土曜の運転停止、治安維持のための2万人の軍隊派遣と、着々とロックダウンの準備が進められて行った。当初、ジョンソン首相は、「適切な時期に適切に対応する」と言うだけで、「そうした(ロンドン封鎖など)の可能性は否定しない」と述べている。

ジョンソン首相が欧米各国の厳しい規制を取らないのは大衆迎合的な政治的決定とは一線を画したいという考えがある。首相は3月16日の会見で、「欧米各国の感染者数を示すグラフは右肩上がりの急カーブだが、英国はまだ初期段階にあるので対応が違う。我々は科学的根拠に基づいて対処している」と釈明していた。今の日本のように初期段階にあった。ただ、日本と違う点はその一方で、「あらゆる措置をアンダーレビュー(検討対象)している。そうしたこと否定しない」とも述べており、戦略転換に柔軟な臨機応変な姿勢を示していることだ。状況が刻々と変わるコロナウイルスとの戦いに「日本方式」だとか、「絶対」とかいう戦略はない。

英国が3月23日にロックダウン宣言を行うまでは、政府のウイルス対策は国民への「アドバイス」(助言)にとどまっていた。欧米のような法的強制力のある禁止令ではない。警察の権限も小さく、取り締まりも緩やかだった。しかし、英国メディアや専門家はそれでも十分効果を発揮するとみていた。特に、科学者は「感染者の家族ぐるみの14日間の自主隔離」の助言は感染阻止の効果が高いと指摘していた。

強制力はないものの、既存の1984年公衆衛生法の健康保護規則2020により、感染の疑いがある人は14日間隔離され、逃げ隠れした場合、身柄を拘束され強制隔離される。また、従わなかった場合、1000ポンド(約13万5000円)の罰金、それも拒否すれば刑務所送りとなるからだ。

また、感染した疑いがある人は検査を受けなければならない。過去の接触情報や旅行履歴などを情報提供しなければならず、うそをつくと罰金が課せられるという規定があるので政府の助言に従わざるを得ない。ただ、その後、ロックダウン宣言以降は3人以上の集会禁止や自宅待機など厳格なソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)のルールに違反した場合、警察は罰金(60ポンド(8000円)、最高960ポンド(13万円))で取り締まる権限が与えられ、強制力が引き上げられている。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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