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英国、移行期間終了後も数年間、EU関税同盟の期限延長に方針転換(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

今年3月、ロンドン市長公邸でEU離脱協議方針について演説するテリーザ・メイ英首相
今年3月、ロンドン市長公邸でEU離脱協議方針について演説するテリーザ・メイ英首相

英紙デイリー・テレグラフは5月16日付電子版で、「英国のテリーザ・メイ首相は2019年3月末のEU離脱後の激変緩和に向けた2020年12月末の移行期間終了後も一定期間、EU(欧州連合)の関税同盟に残る用意があると伝える」というスクープ記事を報じた。これはEU加盟国である南アイルランドと英国領の北アイルランドとの国境問題の解決をめぐって、EU残留支持派と離脱支持派に分断された閣内の意見を統一するため、メイ首相が開催した閣僚会議で決まったものだが、同時に、EUが求めているバックストップオプション条項(EU離脱後も北アイルランドにEU単一市場・関税同盟ルールを合致させることでハードボーダーを避けるという解決方法)に代わる新バックストップ案といわれるものだ。英国は近く同案をEUに提示するとみられる。

 しかし、この報道を受けて、英EU離脱派は関税同盟の期限延長は英国が恒久的に離脱できなくなるのではないかとの懸念を募らせている。保守党の60人の陣傘議員からなるブレグジット欧州調査グループのジェイコブ・リースモッグ代表もその一人だ。同氏は5月16日付のテレグラフ紙で、「政府が退却姿勢を示せば、ズルズルと関税同盟に居残り続けるようになる。我々は明白な最終目標(離脱)から離脱時期の延長(移行期間)、そしてさらに終わりがない延長に向かっている」と嘆く。

 南北アイルランド国境問題を解決する新バックストップ案は2つの案からなる。一つは、英国がEUに代わってEU向け製品への関税を徴収するという関税パートナーシップ案で、メイ首相とソフトブレグジット(穏健離脱)派が支持している。もう一つは、センサー搭載カメラやGPS(全地球測位システム)などのITを駆使して国境検査や関税手続きを最大限簡素化するマキシム・ファシリテーション案で、デービッド・デービスEU離脱担当相やボリス・ジョンソン外相らハードブレグジット(強硬離脱)派が主張している。

 これらの案は南北アイルランド国境問題にとどまらず、広くEUとの将来の貿易関係の在り方と密接に関わっている。ただ、両案とも解決すべき技術的な問題があり完成まで3-5年くらいかかることから、2023年までEU関税同盟に残る必要がある。当初、離脱派は関税同盟に残れば他国との貿易協議ができなくなるとして強く反対していたが、最終的にはEUの関税同盟ルールに従うが、単一市場ルールには従わないという妥協でしぶしぶ了承している。しかし、移行期間終了後の数年間、関税同盟にだけ残り、単一市場から離脱し「ヒト、モノ、カネ、サービスの移動の自由」というEU規制を避けるという都合の良い提案がEUに受け容れられるとは考えにくい。また、歳入関税庁(HMRC)は従来の関税制度に代わってマキシム案を採用すると、企業は毎年、最大200億ポンドの負担を背負いこむことになる、と試算したことから経済界は猛反発しているという問題もある。

 英国は3月下旬、EUとの将来の関係の在り方を決める第2段階協議の最初の交渉テーマとなった、2019年3月末のEU離脱後の激変緩和に向けた移行期間の設置で合意し、次のテーマである貿易協議に移行した。貿易協議は南北アイルランドの約500キロにわたる国境を鉄条網や検問所などを設けて厳重に警備する、いわゆる、ハードボーダーを回避するというEUとの合意と表裏一体の関係にある。これはEU加盟国である南アイルランドと英国領の北アイルランドとの間の将来の貿易の在り方をめぐる問題になっているからだ。つまり、南北アイルランドの国境問題が解決すれば、英国とEUの貿易問題も一挙に解決するという図式だ。しかし、メイ首相は昨年12月の第1段階協議で南北アイルランド国境問題の解決策としてバックストップオプション条項をEU離脱条約に盛り込むことには合意したが、閣内一致した2案のいずれかを軸に貿易協議で包括的合意を達成することによって、同条項の適用を是が非でも回避するという方針は変わらない。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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