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英国とEUの第2段階交渉、移行期間めぐり早くも暗礁に乗り上げ(2)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

テリーザ・メイ英首相は3月2日、ロンドン市長公邸でEU離脱協議方針について演説した
テリーザ・メイ英首相は3月2日、ロンドン市長公邸でEU離脱協議方針について演説した

EU(欧州連合)との第2段階協議で、メイ英首相は再び北アイルランド国境問題をめぐって新たな決断に迫られている。これは、南アイルランド(EU加盟国)が2月6日に、離脱交渉がノーディールに終わった場合(つまりEU関税同盟に加わらない場合)、英国のEU離脱後、北アイルランドに対しEU関税同盟・単一市場のルールの適用を認めるとした英国とEUの第1段階協議での合意(「EU規制ルールの完全合致」)を英国のEU離脱法に規定するよう要求していることが分かったからだ。もともと、英政府は北アイルランドには自治権が委譲されており、北アイルランド自治政府が独自の権限でEUルールの合致を決めることができること、また、南アイルランドとある程度の関税取り決めを結ぶことで国境問題は解決されるとみていたが、南アイルランド政府が合意実現の保証を求めてきたことで、英政府は思惑が外れた格好だ。

 南北アイルランドの国境問題は、EUが英国に対し“第3の選択肢”を離脱合意文書に盛り込むよう要求して意見が平行線となっている。EUのブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏は2月9日、英紙ガーディアンに対し、「英国は真実を伝えることが大事だ」と語り、その上で、「英国がEU離脱後、関税同盟と単一市場を離れれば、国境検査は避けられなくなるということ。第2に英国はアイルランドの特殊事情を考慮した特別の解決策を示すことを約束している。我々は解決策を待っている。そうでないなら、第3の選択肢は現在も未来も北アイルランドに対し関税同盟と単一市場のルールと合致させ続けることだ」とした。さらに、同氏は、「それが南北アイルランドの協力関係やアイルランド全体の経済、グッドフライデー合意を支えることを可能にする。この第3の選択肢を離脱合意文書に盛り込むことがどんな状況になろうともハードボーダーを設けないことを保証するためには必要だ」と述べている。

 また、英国がEUから言われているのは、第3の選択肢を離脱合意文書に盛り込む一方で、サンセット条項(見直し条項)も入れ、もし、EUと“寛大な”自由貿易協定が結べることができるか、あるいは思いもよらぬ解決策が見つかった場合、第3の選択肢を将来の時点で無効にするという考え方だ。これは英国とEUが第1段階協議で合意した移民問題の紛争処理で欧州司法裁判所(ECJ)の判断を8年間優先することで移民問題を解決できたように、期限を定めることで英国内の残留支持と離脱支持の保守党や閣僚の双方から了解が得られるという手法だ。英放送局BBCのローラ・クエンスバーグ政治部デスクは2月5日の電子版で、「これ(移民問題の解決)が前例となり、今後のEUとの第2段階協議の問題を乗り越えられる」と指摘する。

 ただ、先週(3月16日)、新たな動きがあった。英紙デイリー・テレグラフが、「英国とEUの双方の交渉担当幹部がテレグラフ紙に対し、移行期間協議は北アイルランド国境問題の進展と結ぶつけられることはない、と語った」と報じたことから、3月22-23日のEU加盟27カ国の首脳会議で第2段階協議の開始が承認される可能性が出てきた。北アイルランド国境問題はその翌週の3月26日から始まる英・EU間の事務レベルの集中協議に先送りされる見通しとなったことを意味し、これは英国にとっては一歩前進となる。

 国内的には、強硬離脱派のリーダーで影響力が大きいボリス・ジョンソン外相が第2段階協議の行方を変える重要な発言を行っている。同相は2月14日のロンドン市内での講演で、「EUの関税同盟に残るメリットは群を抜くほど大きなものではなく、また、明白なものでもない」と批判し、EUや南アイルランドからの圧力攻勢に屈服しそうになるメイ首相を“援護射撃”したからだ。この発言は今後のEU協議で英国が攻勢に転じるきっかけを作ることになった。英放送局BBCも同日、この外相発言の大きさについて、「保守党の重鎮ジョン・レッドウッド議員(元閣僚)は、このジョンソン発言は政府が自主独立の貿易政策を断念しEU法を受け入れ、EUとの新たな関税同盟を模索するすると信じているソフトブレグジット(穏健離脱)の議員を驚ろかせるには十分だと指摘した」と報じたほどだ。

 また、ジョンソン外相は講演で、メイ首相が1月17日にランカスターハウスでの講演で示したブレグジット原則を支持する考えも強調した。BBCは「これで最も安堵したのはメイ首相だ」とも指摘した。ブレグジット原則とは、主に(1)EUの関税同盟の正規メンバーになり続ければ、英国は他国と独自の貿易協議ができなくなり、EUとはできる限り摩擦のない貿易関係をEUと築くため、全く新しい関税同盟、または関税同盟の準メンバー、あるいは関税同盟の一部を維持する(2)EU単一市場を去るーことだが、メイ首相は終始一貫して、EU移民の出入国管理と欧州司法裁判所(ECJ)の影響力の排除を最優先課題と主張し続けている。

メイ首相、離脱戦略の閣内統一目指す

 メイ首相はEUとの移行期間交渉を有利に運ぶため、強硬離脱派と穏健離脱派に分断された閣内の一本化に取り組んだ。2日間にわたった大論争の末、ようやく閣内統一に成功したが、この間に結論は二転三転するという荒っぽいものだった。1日目の会合は2月21日、バッキンガムシャー州チェッカーズの首相別邸にブレグジット関係閣僚10人を招集して開かれた。しかし、この会合では強硬離脱派のジョンソン外相と穏健離脱派のフィリップ・ハモンド財務相の論戦に終始し溝は埋まらなかった。しかし、それにもかかわらずメイ首相はこの討論で十分にガス抜きができたと判断し、そそくさと会合後の21日夜、EUに英政府の移行期間交渉に関する英政府のガイドラインを提示した。このあたりがメイ首相の抜け目ないところだ。

 ガイドラインでは首相の持論である2019年3月のEU離脱後の「人の移動の自由」を認めないないという主張には敢えて触れず、(1)移行期間に期限を定めず事実上無期限とする(2)EUの同意なしに他国との貿易協定に調印しない(3)移行期間中のEU新法に従うーとしいう、どちらかといえばEUに寄った内容だった。しかし、これには強硬離脱派が驚きメイ首相に修正を求めた。強硬離脱派の急先鋒であるUKIP(英国独立党)は、「これでは離脱後も英国は長期にわたって欧州司法裁判所(ECJ)の監督下に置かれる」と猛反発。保守党の60人の陣傘議員からなるブレグジット欧州調査グループのジェイコブ・リースモッグ代表も「無期限とするのはブレグジットを名ばかりにし、民主主義を捻じ曲げるものだ」と、相次いで抗議の談話を発表した。

 強硬離脱派の批判が強まる中、2日目の会合が2月22日に開かれた。今度は一転して強硬離脱派に軍配が上がった。2回目の会合はメイ首相が前日の会合に引き続き、今度は閣僚11人からなる「ブレグジットに関する閣内小委員会」を首相別邸で開催した。8時間にも及んだ長丁場の討論のあげく、「移行期間中はEU法の法令順守は分野ごとに選択して決める」という方針で閣内の意見を一本化した。この意味について、テレグラフ紙は翌23日、ジェレミー・ハント保健相のコメントを引用し、「EU法に従わないということで一致したことは強硬離脱派の勝利だ。英国は離脱後、関税同盟には残らない。つまり、独立した主権国家として他国と貿易協定交渉ができることを意味する」と伝えている。

 猫の目のように目まぐるしく変わるメイ政権の交渉方針の決定に、同紙は、「メイ首相は(深謀遠慮なのか、それとも、単に愚かなだけなのか、閣僚の討論中)何も言わない。これではメイ首相は何を望んでいるか誰も分からない」と嘆く。メイ首相の“迷走”はまだ続きそうだ。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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