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英国のEU離脱協議、泥沼状態に陥り貿易協定結べず “ノーディール”の恐れ(その2)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
会談後、写真撮影に応じるメイ首相とユンケルEC委員長=英スカイニュース放映より
会談後、写真撮影に応じるメイ首相とユンケルEC委員長=英スカイニュース放映より

北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)のアーリーン・フォスター党首は昨年12月8日早朝、英テレビ局スカイニュースのインタビューで、「(同月)4日の最初の合意案の表現をめぐって(メイ首相と協議し)、6カ所の大きな変更を勝ち取った。これで北アイルランドは英国本体と一体となってEUの統一市場と関税同盟から離脱できる。憲法上、また、政治的にも経済的にも英国本体との一体性が確保された」と述べている。これより先、同党首は4日の会見では、北アイルランドと英国との間のアイリッシュ海に国境や関税障壁を設けないために、「北アイルランドは英国と同じ条件でEUから離脱しなければならない。経済的にも政治的にも英国との規制の違いは受け入れられない。英国との一体が損なわれることは認められない」と述べていた。しかし、この懸念が解消されたことで、メイ首相はEUとの最終合意に踏み切ることが可能になったのだ。

また、メイ首相は12月8日の会見で、北アイルランドと英国との関係について(1)英国は北アイルランドと一体であること(2)北アイルランドの英国市場での立場を保護する(3)北アイルランドと英国本体との間に新たな国境を設けない(4)北アイルランドは英国本体とともにEUの関税同盟と統一市場から離脱する(5)グッドフライデー合意(1998年4月10日に英国とEU加盟国のアイルランド共和国(南アイルランド)の間で結ばれた、英国の北アイルランド6州の領有権主張を認める和平合意)を順守する(6)EU離脱後も北アイルランドと英国本体は欧州司法裁判所(ECJ)の管轄には入らないーの6項目を約束している。

しかし、DUPのフォスター党首は最終合意でも「規制の合致」(regulatory alignment)の文言が条件付きとはいえ盛り込まれたことが気がかりだった。それでも、協議を前進させるというメイ首相の説得に押され、国益優先で受け入れ難い提案を呑んでいる。それだけに、英国の一部の有力なメディアは、今後、メイ首相とフォスター党首への党内での批判が強まり、英経済界を敵に回している最大野党の労働党のジェレミー・コービン党首が漁夫の利を得て政権を握る可能性も出てきた、と伝え始めた。

また、離脱協議が次の段階に進んでも貿易協定をめぐっても完全な自由貿易協定の締結は難しく曲折が予想される。ブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏は12月8日、早くも英国との貿易協定はカナダとEUが結んだ自由貿易協定がモデルになる、と主張した。これに対し、デービッド・デービスEU離脱担当相は同月10日、英紙テレグラフのインタビューで、「英国はカナダ方式にプラス、プラス、プラスの貿易協定目指す」と宣言し、両者の意見はぶつかっている。閣内でもフィリップ・ハモンド財務相はノルウェーのようにEU非加盟国がEUとEEA(欧州経済領域)協定を結びEU単一市場にアクセスするという、かなりEU規則に合致させる方式を主張しており閣内でも調整が難航するのは必至だ。

英国とEUの最終合意文書に盛り込まれた「規制やルールの合致(regulatory alignment)」や35億-39億ポンドと推計される巨額な手切れ金、英国在留のEU市民の権利をめぐる訴訟で離脱後8年間もECJの調停介入を認めたことをめぐって、英国内では当初、英国がEUに屈した内容と見られ、UKIP(英国独立党)のナイジェル・ファラージ元党首は同月8日、「合意内容は屈辱的だ。16年6月の国民投票で離脱を決まったすべてのことが崩れ去った」と憤慨し、EU懐疑派や強硬離脱派から批判を浴びた。

しかし、英紙テレグラフが12月9日付のスクープ記事で、メイ首相の側近らが事前に離脱強硬派のボリス・ジョンソン外相とマイケル・ゴーブ環境相を含む一部閣僚に、北アイルランド国境問題の解決方法として、英国とEUの将来の貿易協議の枠組み合意の中で解決策を見出せなかった場合、EUの単一市場と関税同盟に関する規制(ルール)と合致させるという「規制やルールの合致」に英国はコミットする」との文言が盛り込まれたが、「これはアイルランドと北アイルランドを納得させるためのもので、英国にとって実害はない、と説明していた」と暴露した。

これはメイ首相がブリュッセルでユンケルEC委員長との最終合意を目指す直前の12月7日夜から8日未明にかけて、メイ首相の側近がEU懐疑派のボリス・ジョンソン外相とマイケル・ゴーブ環境相らに説明したものだ。この話し合いにはメイ首相のガビン・バーウェル官房長官も参加していたという。

また、北アイルランドは12月4日の合意案に盛り込まれていた「規制やルールの合致」については、北アイルランドの規制をEUに合致させることになれば、英国本体との間に国境や関税障壁ができ、英国本体との一体性が失われるとして反対していたが、同月8日の最終合意文書では、「規制やルールの合致」は北アイルランドだけに適用されるのではなく、英国全体に適用されるという認識で了解した。他方、アイルランド共和国のレオ・バラッカー首相も会見で、EUの「規制やルールの合致」は英国本体に適用されると信じて了解した、と述べている。

しかし、テレグラフ紙は、「英国の政府筋はメディア各紙に対し、「規制やルールの合致」は英国がEUの単一市場や関税同盟に離脱後も残るという意味ではない、と説明している。ジョンソン外相とゴーブ環境相らEU懐疑派にも「規制やルールの合致」は、「EU法に規定されていないため、(合意文書に盛り込まれていても)法的拘束力はなく、何の意味もないと説明した」と伝えている。

思い返せば、メイ首相が12月8日、EUとの最終合意に達したことを受けて、離脱支持派のリーダーであるゴーブ環境相もジョンソン外相もなぜか手放しで称賛した理由がここにあったのも頷ける。普通、問題だらけの合意文書であればEU懐疑派の重鎮2人が称賛するのはおかしな話だった。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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