ECBは「失われた10年」再来を回避できるか

マリオ・ドラギECB総裁=ECBサイトより
マリオ・ドラギECB総裁=ECBサイトより

欧州、なかでもユーロ圏の経済情勢は、日本が1990年代に経験した、いわゆる“失われた10年”に直面しているという見方が増えつつある。この言葉は、つい最近でもギリシャ危機に象徴される2012年の欧州債務危機のピーク時に囁かれており、今ふたたびという印象も無きにしもあらずだ。

マリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁は10月2日の理事会後の会見で、カバード債とABS(資産担保証券)の買い入れを最大1兆ユーロ(約148兆円)増やしたい考えを示した。しかし、米投資会社グッゲンハイム・パートナーズのスコット・ミナードCIO(最高情報責任者)は英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT紙』)の10月27日付電子版で、「ECBのバランスシート(資産買い入れ規模)は、長期流動性供給オペ(LTRO)の不胎化(国債購入と同額の資金吸収)ですでに縮小しており、今後も縮小し続ける。加えて、ECBは(企業の社債や国債といった)資産の買い取りを十分には行えず、ドラギ総裁が言うようにバランスシートを1兆ユーロ拡大するのは難しい。しかも、1兆ユーロどころか、現実的には少なくとも1.5兆ユーロ(約222兆円)が必要。それでも足りないぐらいだ」と述べ、ECBの景気刺激策の効果に疑問を呈す。

また、ミナード氏は、「ECBのバランスシートの縮小で、欧州のマネタリーベース(資金供給量)も縮小し、物価に下押し圧力を与えている。欧州は今後、流動性の罠(現金が銀行システムに滞留したまま、裾野の広い経済の中に染み出ていかない状態)に陥る危険性があり、“失われた10年”になる可能性は急速に高まっている」と指摘した。最近では、不胎化を中止することによって、事実上の量的金融緩和(QE)を実現しようという案がECB内で検討され、ドイツ連銀がこれを支持しているとの一部報道(1月30日付米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル)もあるが、ミナード氏は、「欧州のQEはいずれ実施されるにしても遅きに失し、経済のハードランディングは避けられない」と悲観的だ。

また、ロンドン証券取引所の諮問委員会のメンバーで『FT』のコラムニストであるジョン・プレンダー氏も、ECBのQE導入について懐疑的だ。同氏は11月11日付電子版で、「ドラギ総裁はバランスシートを1兆ユーロ増やすと言ったが、どうやって達成するのか不明だ。また、欧州のQEが米国のQEと同じ効果を生むと考えるのは利口ではない。米国の場合、QEのおかげで債券や株の価格が急回復し、その富裕効果で景気が回復した。しかし、欧州は元来、債券の役割は小さく、QEによって株価が上昇することはない」という。実際、国際金融協会(IIF)によると、ECBのバランスシートが2011年7月から2012年半ばまでで6割拡大した時、欧州の代表的な株価指数ユーロ・ストックス指数は逆に20%も下落し、バランスシートが1兆ユーロ縮小したときには株価は35%も上昇しており、相関関係はない。

プレンダー氏は、「問題なのは、ユーロ圏が米国の株高の富裕効果の恩恵をすでに受けており、株価が景気後退に直面しながらも上昇している。そんなときに、また、社債やソブリン債の利回りが歴史的な低水準となっているときに、欧州にQEを導入しても景気刺激効果が十分出るかは疑問だ。ECBのQEによる貸し出し増加や景気刺激は限定的に終わる可能性が高い」と否定的だ。

ドイツ経済はユーロを救えるか?

一方、『FT紙』のチーフコメンテーター、マーチン・ウォルフ氏は、「今のユーロ圏は欧州債務危機のピーク時より深刻な状況に陥っている。ユーロ圏には長引くリセッション(景気失速)に対処しうる仕組みができていない」と警告する。「欧州の政策担当者は異口同音にユーロ圏は生き残ると言うが、ユーロ圏の崩壊の可能性は債務危機当時よりも高まっている。2年前、経済予測の多くは景気回復を見込んだが、実際にはそうなっていない。ユーロ圏は債務危機という喫緊の脅威に対処する仕組みを作ったが、長引く不況から身を守る仕組みは作っていない。政策担当者もそうした仕組みを作ることにさほど熱心ではないからだ」と話す。

また、ウォルフ氏は、ユーロ圏の景気回復のカギを握るドイツの景気対策についても懐疑的だ。11月9日付電子版で、「ドイツ政府は先週(10月下旬)、財政支出を3年間でGDP(国内総生産)の0.1%(100億ユーロ=約1.5兆円)拡大するという景気刺激策を打ち出したが、なんと2016年になるまでは実施されない。ECBもバランスシートを1兆ユーロ増やすといったが、インフレ目標も達成できないのにうまく行くはずがない。たとえ達成できても大して変わらない」という。むしろ、同氏は、「リセッションが酷くなればフランスを始め、イタリアやスペイン、ギリシャなど債務危機の打撃が大きかった国では、ユーロ離脱を掲げる次世代のリーダーに国民の支持が高まる」と指摘する。

ユーロ圏の7‐9月期GDP伸び率が前期比わずか0.2%増となり、スタグネーション(景気停滞)が確認される中、フランスもイタリアも不況に晒され、頼みの欧州の超大国ドイツ経済も0.2%増と2期連続のマイナス成長は避けられたものの、低迷に変わりはない。大和キャピタル・マーケッツ・ヨーロッパのエコノミスト、ロバート・クネゼル氏とクリス・シクルナ氏も、11月13日付の自社ブログで、ドイツ経済の今後の見通しについては悲観的だ。「10-12月期GDPは前期比0.1%増となると見ており、弱い経済からの脱却はすぐには無理だ。2014年もわずか0.7%増と予想している。低成長に加え、インフレ率(10月0.7%上昇)もECBの物価目標(2%上昇)に届かず、ドイツに限らず、他のユーロ圏諸国もデフレ調整を余儀なくされ、ユーロ圏はマイナス物価に陥る危険性があり、ECBも流動性の罠に陥り続ける」という。

さらに、両氏は、「メルケル首相は財政の紐を緩めることには抵抗し続けるので、ドイツ国民にとって来年以降も平凡な経済成長に甘んぜざるを得なくなり、ECBにとってもデフレと景気後退のリスクが長期化することになる」と指摘する。

米ブルッキングス研究所のケマル・デルビシュ副所長は著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの11月14日付電子版で、「ユーロ圏の長期的な景気回復には構造改革が必要だが、短期的には失業率の上昇など痛みが伴うだけに、ドイツは率先して積極的な財政出動を行い、公共投資を拡大し、それが民間投資に及ぶようにすることが重要だ。ドイツは、フランスでさえも、過去最低の金利で外部資金の調達が可能な状況にあることを考えると、適切な投資計画はむしろ公的部門のバランスシートを強化する。また、財政緊縮を緩めても構造改革を遅らせることはない。さらにユーロ圏の経常黒字が3500億ユーロ(約51.8兆円)となっていることから、(ユーロ圏からの資本流出といった)“国際収支危機”が起こる心配もない」とし、ドイツの財政拡大への転換がユーロ圏経済危機のカギを握ると主張する。(了)