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ウクライナ危機で対ロシア制裁―西側諸国も無傷でいられない

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ロンドンで講演するジョージ・ソロス氏=筆者撮影
ロンドンで講演するジョージ・ソロス氏=筆者撮影

ロシアの軍事介入と財政破たんによるデフォルト(債務不履行)の危機に直面している旧ソ連・ウクライナのクリミア半島(クリミア自治共和国)のロシア編入が3月16日の住民投票で決まったことで、住民投票は違法としてロシアの政治介入に反対していた米国とEU(欧州連合)を中心とした西側陣営はロシアとクリミアの20-33人の政府関係者の渡航禁止と米国での資産や銀行口座凍結を内容とした制裁に踏み切った。しかし、制裁がエスカレートすればロシアだけでなく、近接する欧州の経済にも打撃が及ぶ恐れがある。

クリミアの住民投票前から、ロシアのメディアは対ロシア制裁の悪影響について懸念を示していた。現地紙モスクワ・タイムズは3月12日付電子版で、「ロシア連邦貯蓄銀行(ズベルバンク)を始め、VTB(対外貿易銀行)やロシア開発対外経済銀行(VEB)などロシアの銀行はウクライナに約280億ドル(約3兆円)も融資しており、外国銀行の中では最大の12%もの融資シェアを占める。しかも、ロシア語圏のウクライナ東部では、石油・天然ガス大手ロスネフチやアルミ地金世界最大手UCルスアル、鉄鋼大手エブラズ、鉄鋼・石炭大手メチェル、携帯電話サービス大手モバイル・テレシステムズ(MTS)などのロシア企業は石油や天然ガス、石炭、鉄鋼や非鉄金属、化学、通信などさまざまなセクターで数十億ドルもの投資をしてきており、ウクライナ情勢を注視している」と伝えている。

また、同紙の3月6日付電子版では、「ロシア企業は昨年だけで520億ドル(約5.4兆円)の融資を欧米や日本の銀行から受けているが、ウクライナ危機が始まった結果、80億ドル(約8300億円)もの新規融資案件が中止になる恐れがある。ロシア企業の社債発行の利回りも平均で6.25%と、0.42%ポイントも一気に上昇している」と指摘する。ウクライナのヤヌコビッチ大統領が政権の座を追われ、ウクライナ情勢が悪化した2月以降、ロシアの代表的な株式指数であるRTS指数(ドル建て)は3月14日まで終わった週までに4週連続で20%以上も株価が下落し、2008年のリーマン・ショック後、世界的な金融混乱が続いていた2009年9月以来の低水準となっている。

ロシアのプライム通信は3月17日付電子版で、ロシア国営天然ガス大手ガスプロムは、ウクライナ・クリミア半島のロシア編入に対する欧米の対ロシア制裁の発動による悪影響を回避するため、ロシア産天然ガスを輸入している欧州の需要家に対し、天然ガスの販売価格の引上げの協議を開始したが、ロスネフチは、米投資銀行大手モルガンスタンレーの原油の現物取引事業部門の買収を目指しているものの、米国とEUはこの取引を承認しない可能性もあると伝えている。米英大手信用格付け会社フィッチ・レーティングスも3月21日、「クリミアのロシア編入は欧米のロシア制裁が拡大する可能性が高い」として、格付け見通しを「ネガティブ」に下げ、格下げの可能性を警告している。

しかし、制裁発動直後の3月17日のロシア株式市場は、対ロシア制裁に厳しい経済制裁が含まれなかったことから、主要株式指数のRTS指数(ドル建て表示)5%高と上昇。米証券大手バンクオブアメリカ・メリルリンチの調査部門のアナリスト、オサコフスキー・ウラジーミル氏は、3月18日付のロシアオンラインメディアのフィンマーケットで、「対ロシア制裁に厳しい経済制裁が含まれるとの見方は過剰反応だ。むしろ、ロシア株式市場は近く底を打ち、相場は回復する。また、西側が厳しい対ロシア経済制裁をとればロシアからの報復措置を受けるので、制裁は緩やかになる可能性が高い」と見る。

他方、ウクライナ危機は西側の銀行や企業にとっても最大の関心事だ。英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT』)のカミラ・ホール記者らは3月4日付電子版で、「西側の金融機関はウクライナ情勢の悪化と欧米による対ロシア制裁で予想される損失や対応について準備を進めている」とし、「最も影響が大きいのはオーストリア金融大手ライファイゼン・インターナショナルで、同行の昨年の税引き前利益の半分以上がロシアでの事業収益を占める。2番目に大きいのは仏ソシエテ・ジェネラル銀行で、ロシア国内に620支店と500万人の顧客を抱えている」とし、また、「米国の銀行もJPモルガン・チェースと米シティグループは今後の対ロシア投資の冷え込みでトレーディング収入が落ち込むと業績悪化の見通しを警告している。シティグループはロシア国内に100万人以上の個人顧客と3000を超す機関投資家を持ち、最近もロシア株式市場の潜在成長性に着目した証券担保ローンのサービスを開始したたばかりだが、今後はイベントリスク(予期できない出来事で金融商品の価値が大きく下げられるリスク)への対応に迫られている」としている。

また、ロシア政府は将来的に10兆ルーブル(約29兆円)の投資額に達すると推定している極東・シベリア開発に、今回の欧米による対ロシア制裁がどんな悪影響を及ぼすのか懸念される。しかし、ロシア国立研究大学高等経済学院(HSE)のアレクセイ・スコピン教授は、ロシアのオンラインメディア、ロシアン・ビヨンドの3月5日付電子版で、「将来の極東開発プロジェクトへの欧米からの投資は全体の10%にも満たない可能性が高いので、対ロシア制裁による悪影響は軽微だ。むしろ、日本と中国からの投資が大半を占める。しかも、日中両国はロシアとウクライナの関係には中立的な立場を守っているので、悪影響は考えにくい」と話す。

ソロス氏はロシア制裁に反対

今回のウクライナ危機については、ヘッジファンドのソロス・ファンド・マネジメントを率いる著名な投資家、ジョージ・ソロス氏がEUとロシアとの関係に基づいて大局的な観点から分析している。ソロス氏は3月12日にロンドンの欧州外交評議会本部で開かれた新刊本「EUの悲劇(The Tragedy of the European Union)」の発表会見(筆者も同席)で、ウクライナ危機について、「EUは(平和と繁栄を促進するための対等な主権国家の集合体を目指すという)本来のミッションに立ち戻り、対ロシアに制裁に踏み切るべきではない。それより、欧州に近いウクライナに対し、米国が第2次大戦後の欧州復興のために実施したマーシャルプラン(復興援助計画)を実施すべきだ」と提言した。

新刊本はドイツ週刊誌シュピーゲルが2013年9-12月に行った計4回のソロス氏へのインタビュー内容をまとめたものだが、その中でも、同氏は「ロシアはウクライナ危機で地政学的にみても、EUに対抗する大国として台頭してきたが、EUはロシアの台頭を警鐘(ウェイクアップ・コール)として早く気付くべきだった。ロシアにとってEUは重要なパートナーだが、ウラジーミル・プーチン氏が大統領に復帰してからは国内では反対勢力を締め付け、外には(シリアのアサド政権に武器を提供したように)欧米に非協力的な姿勢に変わっている」という。また、ソロス氏は「ウクライナは明らかにEU加盟に足るだけの条件は整っておらず時期尚早なこと。しかもEU自体が崩壊に向かっている状況下で新規に加盟国を受け入れる当事者能力さえを失っていることが、ウクライナ危機を引き起こした背景にある」と分析する。

さらに、ソロス氏は、「EUはウクライナに対し多くのことも要求しても見返りはわずかなため、ロシアにつけ込まれた。ただ、プーチン大統領もウクライナ国民が政権転覆を起こすという誤算を冒した」と指摘。また、同氏は、ウクライナ危機を背景となったEUの当事者能力の欠如、そしてEU崩壊の危機を回避するには、「ドイツがユーロ圏を離脱するか、ユーロ圏に残るなら重債務国への救済資金を出し惜しみせず、債権大国としての責任を果たすことが最善だ」という。また、「ウクライナ危機でプーチン大統領は内外への強硬姿勢をこのまま続けるか、または協力姿勢に転換するかの2者択一を迫られている」とも指摘、ウクライナ危機はEUとロシアにとって大きな転換期となりそうだ。

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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