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新興国が新たな危機に―欧州6行の融資残高は170兆円

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ノーベル経済学受賞者のスペンス教授=NY大学サイトより
ノーベル経済学受賞者のスペンス教授=NY大学サイトより

FRB(米連邦準備制度理事会)が昨年12月18日に第3弾量的金融緩和(QE3)を1月から段階的に解消すると発表して以降、ブリックス(経済成長が著しいロシアと中国、インド、ブラジル、南アフリカ)や他の主要新興国ではドル資金引き揚げの思惑、また、中国経済のハードランディング懸念で、自国の株式や債券、通貨が急落し、新興国が新たな世界的な経済危機の火種になるとの危惧が広まってきた。2月22-23日に豪州シドニーで開かれたG20サミット (主要20カ国・地域首脳会議)でも新興国市場の混乱について議論されるなど新興国市場の動向に熱い視線が送られている。

インド経済紙ビジネス・スタンダードのプニート・ワドワ記者は2月19日付電子版で、米バンクオブアメリカ・メリルリンチ(BofA-ML)証券の最新調査を引用して、「いまや新興国市場は世界の金融市場の安定を脅かす最大のリスクとなった」と指摘する。同調査は総額で5910億ドル(約60.5兆円)の資産を運用する222人のファンドマネージャーを対象に行われたが、新興国の株式に対する投資判断をアンダーウェイト(ベンチマークより少ない組入比率)と見ている投資家の割合がオーバーウェイト(ベンチマークよりも高い組入比率)の投資家の割合より29%ポイント上回った。

また、全体の46%はFRBのQE3の段階的解消が新興国に及ぼす悪影響とは別に、中国経済のハードランディングと石油などコモディティ(国際相場商品)の急落も世界経済の最大のリスクになると見ている。この割合は前回1月調査時の37%から一気に高まったとし、その上で、BofA-MLは、「これまで安全な投資先として外国資金が流入していた新興国市場はいまや資金流出に直面しており、流運用資産額34億ドル(約3500億円)を誇る米大手投資グループ、グローバルエマージングマーケット(GEN)への投資も2月は過去最低を記録したと指摘する。最近、南アフリカとトルコの中銀は利下げで景気浮揚を狙ったものの、新興国への投資懸念を大幅に緩和することにはまだ成功していないともいう。

影響は限定的との見方も

ノーベル経済学賞を受賞したニューヨーク大学のマイケル・スペンス教授も、著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの2月20日付電子版で、「先進国の中銀が金融引き締めに動き始めたため、いま新興国は過去に流入した外国資金の流出でパニック状態となり、通貨安と物価上昇を引き起こしている」とし、「新興国は(こうした危機を乗り越えるために)経済改革に着手し、これまでの外国からの安価な資金導入に代わる国内での資金調達に転換する必要がある」と提言する。

また、同教授は中国経済に関しても、「中国は他の新興国と違い膨大な国内貯蓄があり資本規制もしっかりしているため、先進国の金融引き締めによる影響は受けにくい。しかし、中国のGDP(国内総生産)規模は他のブリックス諸国とインドネシア、メキシコを合わせたGDPに匹敵するため、中国の持続的安定成長が不可能になれば、先進国はもちろん、すべての新興国の経済に悪影響が及ぶ」と警告する。

また、ロシアのニュースチャンネルRTは2月4日付電子版で、「新興国市場の危機はブリックス5カ国とMINT(トルコやメキシコ、インドネシア、ナイジェリア)4カ国で起きており、米モルガンスタンレー・キャピタル・インターナショナルの試算では、これらの国に対する欧州の銀行のエクスポージャー(債務残高)は3兆4000億ドル(約350兆円)に達し、これは米国や日本の銀行を上回っている」とし、新たな欧州危機になると警告する。中でも、新興国への融資残高が大きいのはスペインのビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア(BBVA)とオーストリアのエルステ・グループ、英HSBC、スペインのサンタンデール、英スタンダード・チャータード銀行、イタリアのウニクレディトの6行で、合計のエクスポージャーは1兆7000億ドル(約170兆円)と、全体の半分以上を占める。

しかし、世界最大の債券ファンド投資会社ピムコのダグラス・ホッジ新CEO(最高経営責任者)は、英デイリー・テレグラフは2月16日付電子版で、「新興国の経済は全体的に、(1997年にアジア通貨危機が起きた)約20年前と比べると強じん性が増している。このため、新興国の通貨危機が世界規模で金融システムに深刻な影響を及ぼすことはない」と楽観的。同氏は、「新興国はアジア通貨危機の教訓を学び、再発防止のため、中銀の外貨準備を増強している。貿易黒字と、責任ある財政政策を通じて外貨準備を積み増してきた新興国は通貨危機にも耐えられるので、いったんは為替先物が売られて通貨安となっても再び、外国からの投資が戻ってくる」と見ている。

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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