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ユーロ圏危機、峠を越すも依然“薮”の中

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
IMFのラガルド専務理事=IMFサイトより
IMFのラガルド専務理事=IMFサイトより

ユーロ圏経済は、多額の債務を抱えていた銀行界の業績もようやく上向き始め、企業からの借り入れ需要も増える一方で、経営破たん、あるいは、破たん寸前の企業の社債や不動産などを安値で買い取るディストレスト資産投資も活発化し、一部では不動産バブルの様相も呈してきた。しかし、ユーロ圏の経済成長率は改善の兆しは見えるものの依然として低調で、高失業率とデフレ懸念、さらにはエネルギー価格の高騰でエネルギー多消費型産業の国際競争力が低下するなど景気の不安材料も多い。欧米のメディアや有識者の論調を探ってみた。

EU(欧州連合)のEC(欧州委員会)が1月30日に発表した1月のユーロ圏景況感指数(BCI)は、ドイツの景況感の回復もあり100.9と、前月(昨年12月)の100.4を上回り、2011年7月以来2年半ぶりの高水準となった。これは9カ月連続の改善で、ユーロ圏18カ国の景気回復の勢いが増してきている。米経済通信社ブルームバーグも同日付電子版で、「エコノミストはユーロ圏の昨年10-12月期GDP(国内総生産)伸び率は7-9月期の前期比0.1%増を上回り同0.2%増になったと予想している」と指摘する

しかし、一見、景気回復の兆しが見え始めた欧州経済だが、欧州の経済団体ビジネス・ヨーロッパの会長で、イタリア最大の複合企業マルチェガリア・グループの共同代表であるエンマ・マルチェガリア氏は、英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT』)の同日付電子版で、「ユーロ圏域内の金融危機は最悪期を脱した。今年は、内需は力強くはないものの拡大していく。企業の設備投資もこれまでの抑制から3%の伸びとなる」としながらも、「ユーロ圏の経済成長はまだぜい弱。特に南欧諸国では中小企業は設備投資資金の調達で困難な局面が続いて依然、信用収縮が続いている。この困難を克服するには早期に銀行同盟(ユーロ圏の全銀行の監督権限の一元化)を実現することだ」と、手放しでは喜べないと話す。

また、ECB(欧州中央銀行)は1月30日に発表した銀行貸し出しに関する2013年10-12月期調査で、「ユーロ圏域内の信用収縮は終わりに近づいている」とし、「今年は、銀行の貸し出しや企業の借り入れ、設備投資が拡大していく可能性がある。今年1-3月期は、企業の銀行借り入れはより楽になり、企業の借り入れ需要も上向く」としている。同調査では、「融資基準が厳しくなった」と回答した企業の割合と「楽になった」と回答した企業の割合の差が2%ポイントと、前期の5%から縮まり改善を示している。

しかし、実態をよく見ると、必ずしもすべての企業の資金調達が楽になったわけではない。FT紙のサラ・ゴードン記者は1月30日付電子版で、「ECBによると、オーストリアの企業の100万ユーロ(約1.4億円)当たりの借り入れ金利は年平均3.2%だが、スペインは6.1%と高い。この南北格差は2012年5月の4.3%ポイントからは縮まったとはいえ、まだ2倍近く2008年の金融危機以前の0.9%ポイントの格差には戻っていない」という。南欧の企業の資金調達が困難だけではなく、「大手の優良企業は低金利の融資がいくらでも受けられるが、ユーロ圏周辺国の脆弱な中小企業は資金難で苦しんでいる。この背景には各国の金融当局が銀行に対し貸し出しを増やすことより自己資本の強化を優先して指導しているためだ」と指摘する。

投機活発化で不動産バブルの恐れも

他方、投資分野では欧州への資金流入が活発化している。FT紙のケイト・アレン記者は1月16日付電子版で、米会計大手プライスウォーターハウスクーパース(PWC)と米不動産調査研究機関アーバランド研究所(ULI)の欧州の最新の不動産調査結果を引用して、「ここ1、2年で、ユーロ圏債務危機で地価が暴落したスペインやアイルランドなどのディストレスト資産への投資需要が急増。地価が高騰し不動産バブルの恐れが出てきた」という。事業用不動産サービス世界最大手CBREの調査でも昨年の欧州の商業不動産投資額は前年比21%増の1540億ユーロ(約21.4兆円)となった。アレン記者は、「この背景には各国の量的金融緩和で、世界の投資家が安く資金を調達できることがある。中でも中国からの不動産投資は昨年1年間で3倍増の30億ユーロ(約4200億円)に上った」と指摘する。

ユーロ圏危機が峠を越したとはいえ、IMF(国際通貨基金)のクリスチーヌ・ラガルド専務理事は1月28日、ブリュッセルで開かれた大手シンクタンクの欧州政策センター主催の講演会で、「欧州はプラス成長へと転換し、危機は峠を越した。しかし、長期にわたる高水準の失業率(昨年11月時点で24.2%、スペインとギリシャは50%超)、特に、南欧の25歳未満の若年労働者の高い失業率が改善されるまでは、ユーロ圏の危機は終わったとは言えない」と話す。その上で、「景気回復を果たすには、雇用市場の流動化を進め、高水準の債務を削減し、各国は銀行同盟に最終合意する必要がある」という。また、同専務理事は1月25日のスイス・ダボスで開かれた世界経済フォーラムでも「ユーロ圏のインフレ率はECBの物価目標(2%上昇)を大きく下回っており、デフレリスクはユーロ圏経済の脅威になりうる」と警告している。

デフレ懸念に関し、米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルのマーカス・ウォーカー記者らは、1月26日付電子版で、「インフレの低下で、スペインとイタリアなどのユーロ圏周辺国では債務を削減し国際競争力を高めることが困難になっている」と指摘する。同紙によると、ベルギーの経済調査機関ブリューゲルは、ユーロ圏のインフレ率が1%上昇に鈍化すれば、スペインとイタリアは国際競争力を維持するため、インフレ率を0%に引き下げる必要があり、その結果、賃金や所得が伸びず、家計や企業、国の債務削減が困難となり、スペインでは債務残高は対GDP比120%、イタリアは同140%に膨らむと試算している」という。

さらに、FT紙のピリタ・クラーク記者は1月29日付電子版で、「IEA(国際エネルギー機関)によると、欧州の天然ガスや電力などエネルギーコストが米国を上回り、少なくとも今後20年間は、欧州で3億人の雇用を抱えるエネルギー多消費型産業は国際競争力の低下で輸出市場の3分の1を失う」とし、エネルギー価格の高騰が景気回復を遅らせると警告している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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