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ギリシャ支援でIMFとEU決別か―今後の欧州危機対応に暗い影

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ラガルドIMF専務理事=IMFのサイトより
ラガルドIMF専務理事=IMFのサイトより

新たなギリシャ金融支援(第3次)をめぐって、EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)の関係に亀裂が生じるのは避けられない情勢となってきたとの観測が出てきた。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(『WSJ』)のマティナ・ステビス記者は10月10日付電子版で、「かつて、2010年5月のギリシャ第1次金融支援では、トロイカ(EUと欧州中央銀行(ECB)、IMFの3機関)としてチームを組んだEUとIMFの関係は、 “蜜月”時代からその後の3年間で“犬猿の仲”へと様変わりし、今度のギリシャ第3次金融支援をめぐって、両者は決別する時を迎えた」と指摘し、両者の不協和音が今後の欧州債務・金融危機への対応に暗い影を落としかねない状況になってきた。

このWSJ紙で、欧州出身のアントニオ・ボルヘス元IMF理事のコメントが引用されている。同氏は、EUとIMFの仲の悪さについて、「2010年4月に、IMFがギリシャ第1次金融支援に乗り込んできたときは、激戦地に投入されたアメリカ海兵隊のようで、不可欠な存在という印象だったが、その後の3年間で、ギリシャの公的債務や銀行再編、将来の成長率予測などをめぐって両者の意見が割れ、互いに激しく怒鳴りあう場面もあった」と述べている。

その怒りが頂点に達したのが、6月5日にIMFが発表した総額1100億ユーロ(約14.6兆円)の第1次ギリシャ支援計画に関する評価報告書だった。この中で、IMFは「公的債務問題への取り組みも、毅然として支援計画のスタートと同時に開始していれば、ユーロ圏の危機対応能力に不信感が生じることも、また、マイナス成長を助長することもなかった」と痛烈にEUを批判。これに対し、欧州債務危機でのIMFの役割に疑問を持ち、IMF不要論の急先鋒に立つ、EC(欧州委員会)のオッリ・レーン副委員長(経済・通貨担当)がAP通信の6月7日付記事で、「IMFだけが手を洗って禊をし、その汚れた水をEUにぶっかけるようなものだ」と反論したのは記憶に新しいところだ。

もともと、IMFがギリシャ支援に乗り出したのは、EUの盟主国ドイツがIMFの参画をギリシャ金融支援の条件としたためだ。しかし、今では両者の関係を見ると、「ドイツはギリシャ金融支援の全額返済を断念するようIMFから求められる一方で、IMFはこれ以上のギリシャ金融支援は国際金融機関としての信用を損なうとして関わりたくない」(WSJ紙のステビス記者)という冷え切った状態になっているという。IMFのクリスチーヌ・ラガルド専務理事自身も7月に、「今後のユーロ圏危機はIMF抜きで解決されるのがIMFにとってベストニュースだ」(WSJ紙)、と発言するほど。

WSJ紙のトーマス・キャタン記者らは10月7日付電子版で、IMFの非公開の“裏資料”を引用して、「IMFは2010年の第1次ギリシャ支援を最終的に承認したものの、IMF内部ではその効果をめぐって激しい議論があった」と暴露している。その上で、「IMFは今では、新たなギリシャ支援を支持するにはギリシャの公的債務を大幅に削減することが絶対条件と主張し、EU各国政府がギリシャ債権のヘアカット(債務元本の減免)に応じるよう求めているため、EUとの亀裂が起きている」と指摘する。一方、EUもIMFが 公的債務の対GDP比率を金融支援の判断基準とする、いわゆる「債務持続可能性分析」(DSA)の手法に固執することに批判を強めており、両者の亀裂は埋まりそうにもない。

IMF、EUに銀行の不良債権処理機関の早期設置を要求

ユーロ圏全体の債務・金融危機に対しても、IMFとEUの緊張関係が続いている。最近でも、IMFは10月9日に、「世界金融安定報告書(GFSR)」を公表し、その中で、EUの行政執行機関であるEC(欧州委員会)が10月7日に発表した単一破綻処理メカニズム(SRM)の執行機関を早急に設置するよう求めている。SRMは来年暮れからスタートするユーロ圏(18カ国)の全銀行の監督権限の一元化(銀行同盟)を補完するもので、破たんリスクの高い弱体銀行の閉鎖や救済を専門的に行う組織だ。

同報告書では「ユーロ圏の銀行は、債務危機の打撃を受け、融資リスクをカバーするため法人や個人の顧客に高い金利の貸し出しを余儀なくされており、その結果、銀行は融資した資金が焦げ付くという悪循環に陥っている。銀行の(不良債権が処理され)バランスシートが改善しなければ、ユーロ圏は低成長とバランスシートの悪化に慢性的に苦しむことになる」と警告している。

ロイター通信のダウ・ミエデマ記者は10月9日付の記事で、「IMFはSRMを早期に設置しなければ、欧州の景気回復が遅れ低成長が慢性的に長期化すると主張しているのに対し、欧州理事会法制局の専門家は銀行同盟の2番目の柱であるSRMが、強大な権限を持つことを禁じるEU法に違反するとして難色を示している。重債務国とその国の銀行の関係を壊し、全ユーロ圏の銀行に対処するという制度を発足すれば、誰がどの銀行を閉鎖、あるいは救済するのか、また、誰が(処理費用)を支払うのかという問題が生じ、政治や法律の問題となりかねないだけに、特に、EU最強国のドイツでは重大な懸念を示している」と指摘する。

IMFの試算によると、スペインの銀行は今後2年間で、主に建設・不動産企業向け融資の焦げ付きで1040億ユーロ(約13.8兆円)の損失が発生するが、すべて貸倒引当金でカバーできる見通しだが、イタリアでは1250億ユーロ(約16.6兆円)の損失額が貸倒引当金を530億ユーロ(約7兆円)上回るほか、ポルトガルは200億ユーロ(約2.7兆円)の損失額が貸倒引当金を80億ユーロ(約1.1兆円)超過する。両国とも超過分はいずれも銀行の営業利益で埋め合わせるため、大幅減益となる恐れがあり、融資の焦げ付きの増加に備えて貸倒引当金を一段と増額する必要があるとしている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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