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不登校だった子たちも週5日通学する高校に行ってきた

前屋毅フリージャーナリスト
クラーク国際で使っている「ピアアシスタント」のテキスト       撮影”筆者

 不登校だった子たちが登校するのに大きな役割を果たしているが、1年生時に受講が義務づけられている「ピアアシスタント」の授業である。見学させてもらった日、それは「デートゲーム」から始まった

| 不登校だった生徒がいるとはおもえない光景

 1週間のカレンダーが表示されたタブレットを手に教室を歩きまわり、クラスの子たちと予定をすりあわせて「デート」の日を決めていくように、教員が指示する。デートといっても男女と決まっているわけではなく、男男でも女女でもいい。そうしないと、クラスの男女比からしても1週間の予定は埋められない。

 突然の指示に、戸惑いながらも、生徒たちは動きはじめる。どんどん予定を埋めていく子もいれば、要領がつかめずに困った顔をしている子もいる。そこに誰かが話しかけてきて、予定が決まってしまう場面も、あちこちで見うけられた。そのうちワイワイ、ガヤガヤと笑い声も交えながら予定の交換がすすんでいく。

 全員の予定が埋まったところで、教員が自席に着くようにうながす。そして、「次は月曜日から順番に実際にデートしていきます」と言った。いわゆる「デート」をするわけではなくて、「会話」するのだ。自己紹介、趣味など、なりゆきでそれぞれがテーマを決めて会話する。入学してから2ヶ月弱しか経っていない時期だから、お互いのことをあまり知らないはずで、ここでも最初は硬さがとれないようだった。

 しかし時間が経つうち、経験をかさねるうちに、どんどん会話に慣れて、盛り上がっていく。あちこちで大きな笑い声も聞こえてくる。

 その様子を見ながら、「ほんとに不登校だった子たちが多くを占めているのか?」とおもってしまう。その情報をもちあわせていなかったら、ごく普通の高校1年生の楽しげなクラス風景にしか映らなかっただろう。

| 多様で個性的なコース

 ここは「学校法人 創志学園」が運営する「クラーク記念国際高等学校」(以下、クラーク国際)の横浜キャンパスだ。クラーク国際は本校を北海道深川市に置き、3つ以上の都道府県から生徒を募集することができる「広域通信制高校」である。全国に50ヶ所以上の施設があり、そのなかのひとつが横浜キャンパスなのだ。

「通信制」なのでオンラインで学ぶコースもあるが、多くの生徒は毎日、通学している。制服もある。

「横浜キャンパスには、全校で約550人が在籍しています。その6割から7割くらいが不登校経験者です。しかし、ほとんどが週5日の登校日には通学し、卒業していきます」と言うのは、キャンパス長の大平嘉彰さん。

 クラーク国際は「不登校経験者専門」ではない。不登校でなかった生徒も、3割から4割いる。大平さんが続ける。

「もちろん、学習指導要領に則った授業をしています。ただ通信制高校は、もともとが働きながら高校を卒業するための制度なので、全日制に比べると授業時数は圧縮されています」

 そのぶん余裕があるので、全日制高校ではできないことができる。横浜キャンパスには、週5日通学のコースとして、全日制の普通科のような「総合進学コース」にネイティブによる英語での授業が週最大10時間ある「インターナショナルコース」、なかなか全日制にはない「eスポーツコース」や「プログラミングコース」もある。

 さらに、国内トップリーグに所属するラグビーチーム「三菱重工相模原ダイナボアーズ」と提携した「スポーツコース 女子ラグビー専攻」というコースもある。そして、予備校講師が授業を行い、難関大学入試突破を目指すのが「特別進学コース」だ。ほかのキャンパスには、まだまだ、いろいろなコースが設けられてもいる。

 こうした多様性のなかに自分たちの可能性を求めて、不登校経験者でない子も入学してくる。もちろん、不登校経験者の子にとっても魅力だし、週5日通学するモチベーションにもつながっている。

| 一対一対応の教育

 多様性のなかで、不登校経験者を意識しているのが今回、見学させてもらった「ピアアシスタント」の授業といえる。ピア(peer)は「仲間」、アシスタント(assistant)は「支援者」を意味する。教え合い助け合って、一緒に問題を解決するためのコミュニケーションスキルを身につけることを目指している授業だ。

 不登校だった生徒を不登校ではなかった生徒が支援することを教える授業か、と誤解してしまいそうだが、そうではない。不登校経験者もそうでなかった生徒も、自分を伝え、相手を理解することで、お互いがコミュニケーションの根本そのものを考え、学ぶ授業である。そこから信頼関係も生まれ、不登校経験者でも週5通学できる環境がつくりあげられていく。

 冒頭の授業での「デートゲーム」も、まさに正しいコミュニケーションを学ぶ一歩なのだ。このゲームのあとに、授業は自己理解についての講義へとすすんでいった。

 教員が話をしているときに、さまざまな反応が生徒からはある。学校によっては、「うるさい、黙っていろ」と教員が注意するのではないかとおもえる場面もあった。しかしクラーク国際の授業では、教員は生徒の反応を無視せず、叱らず、それにもうまく応えながら授業をすすめていく。太平さんが説明する。

「さまざまな要因で不登校になっています。その一人ひとりの特性を教員は理解して授業に臨んでいますから、その特性も活かしながら授業ができます。うちの学校の教育の基本なんですが、『一対一対応教育』なんです」

 集団も大事にしながら、一人ひとりを否定しない、一人ひとりと向き合う教育である。そのために教職員全員が、生徒一人ひとりを理解する努力をしている。不登校だった生徒だけへの対応ではなく、不登校ではなかった生徒へも同じだ。クラーク国際では、学校生活全体で、その基本が貫かれている。不登校経験者はもちろん、そうではなかった生徒にとっても、それが悪い結果につながるはずがない。

 文科省は、「誰一人取り残すことのない『令和の日本型学校教育』の構築」を掲げている。しかし、それが実践されているといえるのだろうか。クラーク国際の授業を見せてもらって、「ここには文科省も多くの学校も学ぶべきことがある」とおもえた。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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